※百合です。









きれいねぇ。



化粧をして余所行きの着物を着た猪々子になおみが感嘆の息を吐く。きれいだねぇ。猪々子ちゃん。囁くように紡がれる言葉に猪々子はくすぐったそうに笑いながらなおみの手を取った。


「なおみが、そうやって私を誉めてくれるから、私はきれいになろうと頑張れるの」


あなたのために、とか細い声がなおみの鼓膜を揺らす。
泣きそうだ、と確証はないが思う。猪々子ちゃん、泣きそう。


「猪々子ちゃん…」


吐息のように声を洩らしたなおみに猪々子は苦しそうに眉を寄せる。それと同時に握られた手にも力が籠っていくのもなおみは感じ取った。


「なおみも、私がきれいって言ったら、きれいになって、それで私のもとからいなくなる?」

「……猪々子、ちゃん?」



そんなの、いや。

ぽとぽとと猪々子の瞳から涙が零れ落ちる。化粧が崩れるのも構わずに、泣きながら嫌々と首を振って駄々を捏ねる猪々子になおみは困ったように眉を下げる。猪々子ちゃん。諭すように呼ぶ。猪々子ちゃん、猪々子ちゃん。何度めかに猪々子がぐずりと鼻を鳴らして息を吐いた。ずっと握っていたなおみの手を離す。



「我が儘だってわかってるのよ」


でも、でもね。


「なおみを誰にも渡したくないの」

「猪々子ちゃん…」


ごめんね、面倒くさい女で。
ごめんね、女同士なのに。


「気持ち悪い、よね。でも、私はなおみが好きなの」


猪々子が肩を落とす。
叱られて落ち込み、途方もなくなった子供のような姿に放っとけなくなり、なおみは思わず猪々子を抱き締める。柔らかくて小さな身体は震えていた。ふわりと香油の匂いが鼻を擽る。背中を撫でるなおみに猪々子は懸命にしがみついて彼女の肩に己の額を押し当てる。


「渡したくないのよ…」


再び告げた猪々子になおみは微笑む。

ぎゅう、と猪々子を強く抱き締めて離し、彼女の顔を覗き込む。
涙で白粉は剥がれていたが、それでも猪々子はきれいだとなおみは思う。彼女を誰にも見せたくないとさえ。そしてたまらなくいとおしい、と。

不思議なことに、好き、と言われてなおみは気持ち悪いとは感じなかった。はて、この想いは親愛だろうか。首を傾げるが違う、と胸の内がうずく。


「………なおみ…?」


不安げな表情でなおみを見る猪々子にふにゃりと相貌を崩す。



ああ、そうか。私も。



「私も、猪々子ちゃんを誰にも渡したくないな」



涙を拭いながら笑いかけるなおみに猪々子も瞳を大きくさせた後、それはきれいに笑った。










***

猪々なおが好きです。
なおみちゃんが可愛くて仕方ない猪々子ちゃん。
どこかに仙→なお←猪々子とか無いですかね…。