※FBネタ




余韻を見届けるように銀板に添えられていた手が離される。それを合図に高尾は閉じていた目を開けた。そこら辺から適当に引っ張ってきた椅子の背もたれの上で組んだ両手に、まるで居眠りの体制で預けていた頭を起こして、かわりにその上に顎を乗せたまま、目の前のピアノに座り楽譜をめくる緑間をなんとはなしに見やる。目を閉じる前より、室内はオレンジ色をたくさん吸い込んだようで、足元を見れば両足とも橙の手を伸ばした西日の中に包まれている。演奏が途絶えた音楽室にはカチリカチリと一切乱れることのない一定のリズムを刻むそれしか、音を発しているものはなかった。


緑間がピアノを弾けると知ったのは、ついこの前である。
1年時にのみある選択科目というやつで、音楽か美術の2種類。高尾はどちらでもよかったので、どうせならと緑間と同じ科目を選択することにした。ミスったかなーと思ったのは、来る秋の文化祭で、全校生徒の前で合唱をしなくてはならないと知った時だ。ちなみに美術の方はというと、作品展示だけらしい。合唱は隣のクラスとの合同クラス対抗で、ピアノ伴奏もそのクラスの中で決めないといけないらしい。伴奏決めの話し合いの際、誰か弾ける女子いるのかな…と上がる手のひらを待っていたら、全く手の上がる気配がない。あれ?弾ける人いないの?とざわつき始めた教室の雰囲気を打破したのは、驚いたことに緑間だったのである。机の上に突っ伏していた身体をガバリと起こして後ろに向ける。相変わらずシャキッとした姿勢で席についている緑間は、なんだ、と視線で問いてきた。

「真ちゃんて、弾けんの、ピアノ」
「小学生から習っているが」
「マジか」
「この状況で嘘をいう必要がどこにあるというのだよ」

確かにそうだが。
話し合いはクラス委員のもと、曲名やら練習日程やら淡々と進んでいく。人前で合唱というよりも先輩たちの前での合唱は面倒だし、適当に歌えばいいかなと思っていたが、選択科目を決めた時のように緑間が伴奏をするならと、話し合いの最後の議題であるクラスの指揮者に立候補していた。



そうして二人は合唱練習とは別に居残り練習をしているわけだが。
緑間のお手並みといえば、これが、なかなかなのである。合唱で生徒が弾く伴奏の記憶は高尾の中にいくつかあるが、その中でも一番だろうというのは明らかだった。思い返せば何度かお邪魔した家の中に大きなグランドピアノが鎮座していたのだが、勝手に緑間の母か家族のだれかが弾くのだろうと結論付けて、緑間に聞くこともしなかった。コイツはバスケに全てを注いでいるから、それ以外での彼の特技など想像もつかなかったのだ。そしてそれを知ろうとしなかったその時の自分を、ただ純粋に、もったいないことをしていた、と。この頃高尾はそう思い返している。

最初はただ悔しくて彼を見返してやろうと、本当にそれだけだった。けれど隣に立ち続けて時間を経ていくうちに、ふと気づけば、彼の持つものひとつひとつがどうしようもなく眩しくなっていた。そうしてもっと彼の事を知りたいと新しい何かを見付ける度に毎回思う。思って、なぜ彼はそれを始めたのか、それが好きになったのか、その後付けまでも求めてしまっている。


(愛の反対は無関心って、いうじゃんね…じゃあこんなに知りたいと思うってのは、そういう事だろ…?)



「高尾」

ふつふつと思考の海に沈んでいた高尾はいつの間にか閉じていた瞼をパチリと上げた。思ったより考え事に没頭していたらしい。

「そこで寝るつもりならさっさと家に帰れ。邪魔なのだよ」
「違ぇよ。真ちゃんのピアノが上手すぎて聞き入ってたんだよ」
「…、出まかせを」

案の定不機嫌になっていた緑間の視線とかち合う。実際聞き入っていた事は本当だから、素直にそう伝えれば、一瞬、う、と息を詰めた緑間はどこかどうすれば分からないように視線を彷徨わせて、眼鏡のブリッジに指を這わせた。バスケ以外での純粋な賛辞に意外と慣れていないというのも最近分かった事だ。照れんなって。照れてないのだよ!そうやって少しからかうだけですぐむきになる顔だって。やっぱり高尾の目にはきらきらと輝いて、心臓の奥をくすぐって仕方がない。


いい加減本当に怒って、音楽室から追い出されかねないと、椅子から立ち上がりピアノの傍に近づく。自分の楽譜を広げつつ、制服の袖を捲ったりして指揮の練習の準備をしながら高尾はまた思案する。指揮に立候補した本当の理由は、本番でもピアノを奏でているお前の姿を見ていたかったから、なんて。全てを告白した時先程の焦りなんてまるで無かった事の様に澄ましたあの表情はいったいどうなるのだろう。


(けれど今はまだ、もう少し、このままで)


もどかしいようなこの距離を今はまだそのままにする為に、高尾はもう少しだけ、心の中に仕舞っておくことにした。



「準備はいいか?」
「おう。真ちゃん、」
「なんだ」
「本番、優勝しような」
「フン、当然なのだよ。お前こそ本番にヘマをするなよ」
「へー、へー。お前の足を引っ張ることはしねぇから心配しなさんない。これでも家で自主練までしてんだぜ?んじゃ、ま、一曲お願いします」


視線が合わさり、呼吸が重なる。音が始まる。


いつかのその先も、こうして隣に居れたらいいのに。

夕暮れの中、彼の指先から絶えず生み出される輝きに包まれながらそう願わずにはいられなかった。






黄昏スターダスト
ねがいごと、ひとつ




きっかけの話。

真ちゃんに搭載されている萌え属性が多すぎてつらい。



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