オレの麗しくも可愛い恋人はかなりの天邪鬼である。今流行の言葉で言い換えれば所謂ツンデレというやつだ。普段、何様俺様女王様な緑間は自分の意見は通って当然のワガママっぷり。だが時たまこの“ワガママ”に甘くたちの悪い毒のような、そりゃもう可愛くてしょうがないこいつの隠れた本音がくっついているのだ。
クラスメイトや部活仲間から『緑間係り』という有難い称号と共に可哀想な被害者認定されているおかげか、或いは、こいつもよくやるよな、的な呆れも込めて頻繁に耳にする台詞が、

「お前、なんでアイツと一緒にいるんだ?」

分からなくもないのが痛いところ。



ルックスは文句なしの美人。成績優秀。おまけにスポーツも出来るとくれば人気者になっても当然だが、変わった口調にちょっと難ありな性格、更におは朝信者の要素が追加されれば一気に変人扱いだ。馬鹿だな、そこがコイツのカワイイ所に他ならないのに。まぁ他人に気付いてもらっても困るだけなんだけど。

前置きが長くなったが、最終的にオレが言いたい事は、真ちゃんとお付き合い(勿論二重の意味で)していく為には、その隠された本音に気付いてあげる事に限るということだ。そして度々発揮される所謂ツンデレが、オレが緑間にどっぷりとハマった原因と言える。
自分がこうもギャップに弱かったという事実を、オレは現在大いに噛み締めている最中である。



緑間の爆弾はいつだって不意打ちだ。
いや、不意打ちだからこそ威力も効果も半端ないんだけど。心臓に悪いっていうか。もし狙ってやってんなら性質が悪いなんてもんじゃない。今時の小悪魔もビックリだな。つらつらと考えながら平静を取り戻す為の現実逃避は、オレを呼ぶ緑間の声で強制終了させられる。いつも通りに部活が終了して、当番制の整備その他諸々も終わらせて、さぁ帰るか!と着実に忍び寄る冬の空気を掻き分けるようにして、意気揚々とチャリアカーを停めてある駐輪場まで来た所が、まんまとオレは被弾したらしい。もはや形だけになりつつある運転係を決めるじゃんけんの為に右手をこぶしに変えて差し出した時だった。

「今日それは必要ないのだよ」
「え?じゃどうすんの。歩いて帰んの?」
「無論そのつもりだ」
「…珍し。どうしたんだよ。なにかあんの?」

「今日は両親が二人とも家にいない」
「ふぅん。で?」
「仕方ないから、お前に今日の夕食を作らせてやっても構わないのだよ」
「…は、…ちょっ!え?」
「わかったら早くしろ。こんな寒い中突っ立ったままで風邪を引くなど、馬鹿のする事なのだよ」

話は終わったと言わんばかりに颯爽と歩き出した背中を慌てて追いかけた。少しだけ早足になりながら必死に頭を回転させる。えぇっと、今日親がいない、だから晩飯がない、ので、オレが作る。それから、歩いて帰るし、リアカーは置いていく…てか、

「真ちゃん、この際晩飯作るのは別にいいとして、それってオレん家でいいんだよな?」
「お前の家の方が近いからな。お前はわざわざ遠い距離を歩いて帰るのか?」
「や、帰んねーけど。一応必要だろうが確認は。それよか飯の後は?家まで帰んなら送るけど」
「夕食の出来次第では、課題の面倒を見てやらん事もない。有難く思うのだよ、高尾」

え……それって…。
前を見据えたままずれてもいない眼鏡をテーピングに巻かれた指が押し上げる。その行動の意味を理解して、それだけでこの上から目線にも程がある台詞をオレのお花畑状態の脳みそは『カワイイ』と判断するあたり、相当な末期だ。



* * * * *



家に帰れば、緑間を気に入っている高尾家に熱烈な歓迎を受け、オレが作りはしなかったが夕食もどうやらお気に召していただけたようで、宣言通り課題も強制でこなされた。明日土曜で休みなんですけど…前日でいいじゃんという弁明はさらりと流れていった。
妹ちゃんに構ったりしているうちに夜も更けて、良い具合の時間帯になったので、先に緑間を風呂に入れて、諸々の雑務を終わらせる。入れ替わりにオレが風呂に入って、これからの時間にひそかな希望と下心を持って浴室を後にした。

そして現在、この我が城とも呼べるやや狭い自室で我が物顔でオレのベッドを占領しているのは緑間真太郎、その人である。

ベッドの横に並べて敷かれた布団がなにやら寂しく見えるのは気のせいか。部屋の主を差し置いて無断で寝心地がいい方を占領して先に寝るってどうよ、と思うが緑間がリラックス出来るならまぁいいかと溜め息一つで切り替える。最初からそっちを使ってもらおうとは思っていたし。てかよく考えたら緑間が泊まりの時はいつもベッドを使わせていたから眠くなって先に寝てしまっただけかもしれない。少しばかり、いや、大いに残念ではあるが、今日は大人しく寝るしかない。未練たらたらだが、無理矢理起こしてへそを曲げられでもしたら、その後の労力は途方もない。そう、明日は土曜日。焦る事はない。心の中に広がった落胆を見ないよう乱暴に追いやって、ヤケクソ気味に天井の照明から吊るされた紐を引こうとした、時だった。

「さむいのだよ」

後ろに傾く重心。原因を振り返ったオレの視界に広がったのは、既に眠ったとばかり思っていたその人が、僅かにぼんやりとした目線を送りつつオレの上着の裾を引っ張っている光景だった。

勿論初冬のこの時期に、緑間に寒い思いをさせるようなヘマをやらかすなんてするわけがない。毛布に羽根布団、暖房だって起動させてある。
先程述べたように、天邪鬼を絵に描いたような性格であるコイツが言いたい事といえば、つまりはそういう事で。チクショウ、ベタすぎるくせにツボにクリーンヒットとか卑怯だぜ真ちゃん。惚れた弱みも大いに含まれてんだろうけど!

いまだ離す気配のない裾はそのまま、じっと見上げてくる深緑の瞳は、緑間という人間を構成する何よりも雄弁である事を、きっと誰よりも知っている。コイツは口数が少ない分、目で語る。当然目力は半端ない。美人なので更に二割増し。普段は眼鏡というフィルターがある分威力は抑えられているが、今に限って瞳を隔てるそれがない。当たり前だ、寝る前にそんなの掛けてるやつなんていない。雄弁の瞳はまっすぐにオレを射抜く。答えを知ってて、それでもはぐらかしたのは、緑間の声で、直接その答えが聞きたいと思う、オレのちょっとしたワガママだ。

「えー…じゃあ、暖房の温度上げるか?」
「いい」
「は?寒いんだろ?ならもう一枚毛布重ねるか?」
「いらん」
「いらないって…もー何だよ。どーしたいのお前」
「オレは、さむいと言っているのだよ」

なんとかしろ、高尾。なんて、馬鹿、お前、そんな顔して言うような台詞じゃねーっつうの!勝てるわけねぇだろ!あーもう知らね!
赤くなった顔を隠すみたいに乱暴に照明を落としてベッドに潜り込む。ついでに、元今夜のオレの就寝スペースから枕だけ持ち上げて緑間のそれの横に並べる。こっちがわざわざ我慢してあげようとしてたの、ぶち壊したのはコイツだ。

「どーなっても知んないぜ。待ては苦手だかんな」
「その辺は問題ないのだよ」

途端両手が温かい何かに捕えられる。何かって、明るくなくても分かる。緑間の手だ。しかも風呂上がったまま、テーピングしてない、し。

「手が動かせないなら何も出来ないだろう」

フフンっていつもみたいに笑ったのが気配で分かる。つか、ちょっと待て、コイツから手、握ってくると、か、うわ。なにこれ。明日はなにか起きるのか、心臓破裂で死亡とかか?マジ有り得る。何?デレ期?デレ期ですか真ちゃん殺す気か!いや、とっくの昔にイチコロですけど!
一人でぐるぐるしてる間にも緑間はまるで懐いた猫みたいに身体をすり寄せてくる。首筋辺りにコイツの髪が触れて微妙にくすぐったいがそれどころじゃない。今すぐ抱きしめたいが手も離してほしくないというジレンマに悶えているうちに落ち着く場所を見つけたらしい。もぞもぞするのを止めた。おい、一生懸命我慢してるオレは放置ですか、あ、ですよねー。


「高尾」
「何?どした?」

「…たかお」
「聞こえてって」

「…たか、お…」
「うん、」

「………、…」
「……?…緑間?」


ちょっぴり不貞腐れていたら不意に名前を呼ばれる。何度返事をしても呼ばれ続ける名前に疑問を浮かべつつ反応していたら、突然声が途切れた。怪訝に思いながら視線を落とせば、混乱したままのオレを置いてもう夢の世界へ飛び立った後で。

更に放置!?マジ、何コイツ。ありえねー。しかも何、その寝顔。人の名前呼びながら寝るとか。襲うぞ。言ったしね!待ては苦手って、な……あーくそ!出来るか!!無駄に安心した顔しやがって!

胸の内で高々と掲げた白旗を、目一杯振り回して、身体の中の空気が全部出るんじゃないかって位大きな溜め息を吐く。オレはとうとう降参を認めた。全く、敵わない。不意打ちばかりで負けっぱなしだ。普段全然可愛くないし、ツンツンだし、ワガママだし、空気読めないし、アホだし、電波だし。今更口でこき下ろしたところで、結局最後はこれにしか辿り着けないのだ。仕方ないから、今日は大人しい恋人を演じてあげよう。そのかわりに、小さな寝息を立てるくちびるに、キスを一つだけ。それくらい許せる範囲だろ?

「おやすみ真ちゃん。また明日」

クンっと引かれる握られたてのひら。
穏やかなままの口元。あたたかい。


あぁ、やっぱオレ、緑間のこと、すげぇすきだわ。




(言い換えれば、手をつないでほしいの)
(だから、その…キスしてほしいって事!)
(…つまりは、……あなたを愛しているの!)





真ちゃんのツンが行方不明。季節感?ナニソレおいしいの?
タイトルはベヨ姐さんのスタイリッシュ戦闘曲から。意訳が当時とってもツンデレだったので。



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