「プリン食いてーなぁ」


休日の昼下がり。
何をするでもなく二人してソファーでダラダラと過ごしていた。
私の手元には本田さんに借りた少女漫画、ギルはよく分からない料理番組を見ている。


「ふーん。お小遣いあげるから買っておいで〜。あ、ついでに私の分もよろしく」

「…いいよなぁ手作りプリン。焼きプリンとか食べたいぜ」

「コンビニ限定の焼きプリン美味しいってエリザ言ってたよー」

「てーづーくーりーのーぷーりーんーがーいーいーなぁああああ!!!」

「…………はぁ…」





     4月30日(金)




『アロー?』

「あ、もしもしフランシスさんですか?」

『どうしたの〜名ちゃん。お兄さんの声が聞きたくてたまらなかったのかな?』

「断じて違います」

『…そんなに即答しなくても…』

「大した用はないんですけど、フランシスさん美味しいプリンの作り方とかご存知じゃないですか?」

『プリン?』

「なんかギルが食べたいらしくって…。フランシスさんなら美味しいプリンの作り方ご存知じゃないかなぁと…」

『なるほどねぇ〜。なーんだ、名ちゃんギルと上手くいってるみたいでお兄さん安心したよ』


電話の向こうでフランシスさんがニヨニヨとにやけた顔をしているのが目に浮かぶ。


『実は今菊の家に居るんだよね、俺』

「え、なんで本田さん家に!?」

『なんだかよく分かんないけどベタ塗りとか手伝わされててさぁ…ついうっかり出来るって言っちゃったのがダメだったんだよなぁこれが…』

「ご愁傷様です」

『だからこっちに来て菊ん家でお兄さんと一緒に作ろうか。菊ー、台所借りてもいいよな〜?』


電話の向こうで本田さんの「名さんにこのフリフリエプロンを着ていただけるのなら構いませんよ」という声が聞こえ、「oui。相変わらずいい趣味してるなぁ菊!!」「ピンクのフリル王道萌え!!」と言葉が続いた。

どうしよう、ものすごく行きたくなくなってきた。


『そいうわけだからこっち来てくれる?あ、ギルは別に連れてこなくてもいいから』

「連れて行きますから」

『いやいや、お兄さんとしてはむさ苦しい男はこれ以上要らない』

「じゃあピヨちゃんも連れて行きます」

『うーん…嬉しいけどそれちょっと違うんじゃない…?』


じゃあまた後でと電話を切り、ギルに「本田さん家で作るよ」と声をかけてベランダに居たピヨちゃんを肩に乗せる。
友達と一緒に居たのか、私がベランダに出るとビックリして他の子達は飛んで行ってしまった。
あれが普通の鳥の反応なんだよねぇ…


「なんだよ、ピヨちゃんも連れて行くのか?」

「男だらけはむさ苦しいんだって」

「でもピヨちゃんオスだぜ?」

「可愛いからいいじゃん」

「まぁ確かにピヨちゃんは世界一かわいい小鳥だけどな!」




  



「こんにちはー!」

「いらっしゃいませお二人とも。おや、本当にピヨちゃんも連れてきてくれたんですね」

「ええ」

「ふふ、ぽち君が喜びますね。さあ中へどうぞ」

「お邪魔しまーす」


本田さんの家に着き、声をかける前にどかどかと家の奥に入って行くギル。
まるで近所の子供が勝手に上がりこんでくるような光景だなぁ…
まぁ本田さんから見るとギルと私も近所の子供とそう変わりないのだろうけど。


「よおフランシス!何してんだよお前」

「見れば分かんだろ。お手伝いだよお手伝い」

「フランシスさんってマンガ描けるんですか?」

「絵は得意だからね〜。まぁアシスタントぐらいなら」

「凄いなぁフランシスさんは…器用だからなんでもできちゃうんですねー」

「ふっふーん。ギルじゃなくてお兄さんに乗り換えてみるってのどう〜?」

「やめとけフランシス、ずっとこいつの相手すんの頭痛くなるぜ」

「ギル、あとでちょっと話があるから裏庭行こうか」

「これはフルボッコフラグですよギルベルトさん…!!ワクテカ!!」

「べべべべつにそんなの全く怖く…ねーぜ…」


ビクビクと腕に抱いたポチ君をぎゅっと抱き締めなおすギル。
怖いなら余計な事言わなきゃいいものを…


「お馬鹿なギルは放っておいて一緒にプリン作っちゃおうか」

「はーい!フランシスさんのお料理教室久しぶりだなぁ〜!」

「名ちゃんがお望みなら毎日でも教えちゃうよお兄さん!!手取り足取り、ね…?」

「顔が近いですよ。髭ぶち抜かれたいんですか?」

「ごめんなさい」


腰に手を回してくるフランシスさんの腕を抓り台所に立つ。
よーし、頑張って作っちゃうぞ!!


「待ってください名さん…!!エプロンをつけなくては服が汚れてしまいますよ!?私が用意しておきましたのでこれをどうぞ…」

「何ですかそのフリフリ!!レースつき過ぎてキモい!!」

「き、きも…っ!?私の手作りエプロンになんて事を!イニシャルの刺繍も入ってるんですよ!?」

「本田さんキモい!!やる事が気持ち悪い!!」

「そんな事言わずに着てあげなよ名ちゃん」

「じゃあフランシスさんが着ればいいじゃないですか」

「いや、お兄さん普通のエプロンあるし…」

「じゃあそれ私に貸してください」

「え……」

「貸せ」


ピンクのフリフリレースのエプロンをつけたフランシスさんが声も上げず涙を流した。




「カラメルはお兄さんが作るから名ちゃんにはそっち任せてもいい?」

「はーい、了解です」

「このカラメルが大事なんだよねぇ…甘すぎず苦すぎず絶妙なタイミングで溶かしていかないと美味しくならないのさ…」

「フランシスさんって食と美にかけてはこだわりますよね」

「だってその方が楽しいでしょ?とびきり美味しいものを食べれば幸せになるし、美しいものを見れば心が癒される。それが自分で作り上げた物なら尚更だと思うけどなぁ」

「フランシスさん……すごく素敵なこと言ってるんですけどその格好だと全く格好つきませんね……」

「誰のせいだと思ってんのー誰の」


むにむにと木ベラを持っていない方の指先で頬を突付かれる。
フランシスさんって二人っきりの時は案外普段のような厭らしさを感じないんだよなぁ…
私の事セーちゃんみたいに妹のように思ってくれてるのかもなぁ


「あとはオーブンで焼いて冷ますだけっと…!」

「ちょっと休憩にしよっか」

「はーい」


エプロンを外し、立ちっぱなしで少し疲れてきた足を動かし居間に戻る。


「あれ、ポチ君ピヨちゃん…二人はどこに行ったの?」

「きゅん」

「大方マンガ部屋ってところか…まぁいいや、休憩してよう」

「名ちゃーん、ちょっとお兄さん出かけてくるねー」

「え、どこ行くんですか?」

「ちょっとね。すぐ戻ってくるからさ」

「はーい…」


何か用でもあったのかなぁ…
プリン作り手伝ってもらって迷惑かけてないといいんだけど…。


「それにしてものどかだねぇ…。こんな日に仕事なんてアーサーも可哀そうだなぁ…」


今頃仕事がんばってる頃かな。プリン余分に作れたし今夜アーサーに食べさせてあげよう…。


「ふぁー…眠いねぇ…」


5月にしては強すぎる日差しがぽかぽかとしていて眠気を誘う。
壁を背にして縁側から外を見上げると青空が広がっていた。

膝に乗せたポチ君を撫でると気持ちよさそうに目を閉じ、すやすやと眠りについていた。

私もちょっと、寝ちゃおうかな…。
プリンが焼けるまでにまだ時間あるし、ちょっとだけなら大丈夫、大丈夫…









どこからか漂う甘い匂いに、ふと目が覚めた。
うわ、いったいどれぐらい寝てたんだろう…
あんまり時間はたってないよね。


「ん…?」


違和感を感じ重い瞳をゆっくり開くと、体に見覚えのある上着が二枚かけられていた。


「あぁ、お目ざめになられましたか名さん」

「本田さん…。私どれぐらい寝てましたか…?」

「私が居間に戻ってから30分は経つのでそれ以上かと…」

「あちゃー…思ったより寝ちゃったなぁ…」


もうプリン焼けてる頃だよね…早く冷まさなきゃ…!


「あ、本田さん。これ本田さんの上着ですよね?ありがとうございます」

「いえいえ、温かいからと言って油断していると風邪を引いてしまいますからね。…おや、そちらの上着は…」

「ギルのですよ。本田さんの上着の上にかけてありましたけど…」

「おやおや…ギルベルトさんったら…」

「なんですかその笑顔…」

「いえ、なんでもありませんよ。プリンはフランシスさんが冷ましてくれているので大丈夫かと思いますよ」

「うわぁー…フランシスさんに任せっぱなしで申し訳ないなぁ…謝っておかないと…」


そんな事気にするような方ではありませんよ、と私にかけていてくれた上着を丁寧に畳む本田さん。
台所に入ればフランシスさんの後ろをちょこちょこと付いて回るギルの姿があった。


「なぁ、まだできねーのかよ」

「もうちょっとだから大人しく待ってろって」

「ちくしょー腹減ったぜ…」

「フランシスさーん!すみません任せっぱなしで…!」

「あぁ、おはよう名ちゃん。もうそろそろプリン完成するからね〜」

「うわぁ…!美味しそうに焼けてる…!」


表面がこんがりと焼けたプリン…
うーん、作った甲斐があった!って言ってもほとんどフランシスさんが作ってくれたんだけどね…。


「あ、そうだ。ギルこれありがとね」

「ん?お、おぉ…」

「ギルってば菊が上着かけてやってんのにわざわざ自分の上着名ちゃんにかけてんだもんなぁ〜。男の嫉妬は醜いよプーちゃん」

「なっ、そんなわけねーだろ髭!!暑かったから適当に脱いでその辺に放り投げたらこいつの体の上に乗っただけだぜ!!」

「苦しい嘘つくなっての。ほらほら、もうできるからギルはコーヒーでも淹れろ」

「チッ…」


うーん、時間はちょうど三時すぎだしおやつの時間にぴったりだよね…!

できあがったプリンを居間に運び、ギルが淹れてくれたコーヒーも一緒に運ぶ。
うっわぁあ!すごくおいしそう!!早く食べたいなぁ…!!


「じゃっじゃーん!こっちはお兄さん特性イチゴ大福だよ〜」

「うわっ!い、いつの間に作ったんですか!?」

「んー?名ちゃんが寝てる間に」

「えええええ!?そ、そんな短時間で…!?」

「菊がちょうどイチゴ余らせてるって言うからさぁ。ちょこっと餡子を買いに行ってちょちょいとね。案外簡単にできるんだよこれが」

「ふ、フランシスさん…先生とお呼びしてもいいですか…

「先生の後にハートをつけてくれるのならいくらでも!!」

「ずるいですよフランシスさぁああああああん!!先生と生徒でイケナイプレイですか!?放課後の教員室でアッーーーー!!!」

「それじゃあいただきましょうか!」

「名さんツッコんでくださいよ。なんだか切なくなります」

「今は本田さんの相手をしている場合じゃないんですよ。一秒でも早く食べたいんですから」

「女子パワー恐るべし…!」


プリンをスプーンですくうと、ぷるんとした感触に茶色い表面から現れたカスタード色のプリンに思わずうっとりとしてしまった。
なんだかギルより私の方がプリンを堪能しちゃってるんじゃないかなぁ…
でもフランシスさんが作ってくれるものはどれも絶品だし…その辺のお菓子屋さんで売ってるのより断然美味しいんだもんね。
お店でも出せば絶対に行列ができるほど人気でると思うのになぁ…もったいない。

フランシスさんにしっかりとレシピを教えてもらい、残りのプリンとイチゴ大福を少しいただいて家に帰った。
残りはアーサーに食べさせてあげよっと…!
疲れて帰ってくるだろうから甘いものがあると喜ぶはずだよねー。
ふふふ、早く帰ってこないかなぁー…





  



「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま。今日も美味かったな」

「ごちそーさん」


いつものように夕飯を終え、食器を流し台に入れて一息。


「あ、そうだアーサー!いいものがあるんだよ」

「いいもの…?なんだ?」

「実は今日フランシスさんと一緒にプリン作ってさぁ。アーサーの分もとっておいたんだ!!」

「フランシスと…!?」

「嫌なの?」

「え、そんなんじゃないけど…まぁお前が作ってるんだもんな…。フランシスが関わってんのは気に食わないけどお前がどうしてもって言うなら食べるよ…」

「はいはいツンデレね。イチゴ大福もあるんだよー。えーっと、確かここに冷やしてあって………って、あれ…?」


無い。確かに冷蔵庫に冷やしてあったプリンとイチゴ大福が、無い……


「どうしたんだ?」

「ここに冷やしておいたんだけど…無い…」

「は?無いってどうして……」

「………ギールーベールートーくーん…?」

「おおおお俺は食ってねーぜ!!?」

「じゃあ誰が食べたと言うのかなぁ…?」

「そ、それは…ピヨちゃんが!!」

「へぇ〜?ピヨちゃんが。あの量をピヨちゃんが全部食べたら今頃ピヨちゃんまるまる太ってるんじゃないのかなぁ〜」

「……えっと…」

「ねえギル」

「はい…」

「明日の朝ごはんにから揚げが出るかもよ」

「すみません俺が食べましたァアアアア!!!」


ソファーから飛び降りジャンピング土下座を綺麗に決めたギル。
こいつ…アーサーの分と知っていながら食いやがったな…


「おいテメェ、よくも俺のデザート食いやがったな…!!!」

「しょうがねーだろ!!すんげぇ美味かったんだよあのプリンとイチゴ大福!!」

「そんな事言われるとなおさら悔しいだろバカァアアア!!」


ギャーギャーといつものように喧嘩をはじめる二人に重いため息が漏れた。
まったくギルは…もしこれがアーサーの分じゃなくて私の分だったら今頃ベランダに吊るしの刑にしてる所だったよ。

しょうがない、明日も一日時間あるしアーサーの為にまたプリン作りなおしてあげよっと。

二人の喧嘩を止めてアーサーに事を伝え、「フランシスさんと作った時のよりは味も落ちるかもしれないけどね」と付け足すと赤い顔をして「いや、どっちかって言うと俺はそっちのほうが…」とごにょごにょ呟いた。

なんとなくその様子が可愛かったので頭をもふもふと撫でると、ギルに背中にクッションを投げつけられた。

やっぱり後でベランダの刑に処そう。



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