グーテンターク。ギルベルトだ。
一年前の2月14日…俺は名という女に拾われてからと言うもの、女に養ってもらうという言わば”プー太郎”生活を送っている…。

と、まぁ前置きはこの辺にしておいて、だ。
色々問題はあったがまた一緒に暮らせる事になった俺と名はあれから二ヶ月たった今も以前と変わらず平穏な毎日を過ごしている。
お互い両想いだってことも分かったし?これで躊躇せずにあんなことやこんなことし放題だぜー!なんて……最初はそう思ってたんだけどよ……



「おいこらプー。昨日ゴミ出しとけつっただろーが。主人の命令が聞けないわけ?次忘れたらベランダに吊るすから」


おい待て、甘い恋人生活はどこに行った。



    4月25日(日)



「おい名、これこっちでいいのか?」

「あー、アーサーちょっと待って。うーん…やっぱりサイドテーブルはベッドの横の方がいいかなぁ…」

「その方がいいかもな。このタイプのなら下がカーペットでも不安定にならないだろうし」

「そうだね。それじゃあそっちにお願いします。これ終わったらティータイムにしようか。今クッキー焼いてるところなんだー」

「いいな。紅茶はアッサムでいいか?」

「紅茶に関してはアーサーに全てお任せするよ」

「じゃあアッサム」

「楽しみにしてるねー。さーて、クッキー焼けたかなぁー…って、なに入り口の前で突っ立ってんのギル。邪魔だから退けよ」

「………」


あれ、なんかおかしくねえ?
なんで恋人の俺ほったらかしで他の男と楽しそうに喋って…っていうかなんでアーサーがうちの模様替え手伝ってんだよ!?


「つーかなんでお前が当たり前のような顔してここに居んだよ!?」

「俺がここに居るのは当たり前だろ?」

「何だよその開き直った笑顔!?名には俺がいんだからお前はさっさと帰ってエロ本でも読んでろよ!!」

「あぁん?誰がお前なんかに名をくれてやるかよ。テメェこそとっととパパの居るドイツに帰ってフルートでもタンバリンでもなんでも吹いてろよ馬鹿!」

「タンバリンは吹けねーよ!!あのフルートは昔フリッツ親父に教えてもらった思い出の…!」

「アーサー、クッキー焼けたよ!手ぇ洗ってこっち来てー。ついでにギルも」

「ん、分かった」

「……おおおおおおい!!!」


アーサーに笑顔を向けて俺には真顔で接する名。
おいおいおい、なんで俺様には冷たいんだ?そんなツンデレ俺は認めないぜ。



「それでさぁ、新入社員がまた男の子ばっかりで…。この業界女の子に人気ないのかなぁ…」

「俺は新しく親父の秘書と部下に何人か入ったんだが……他の皆はまだまだ教育に手を焼かされてるみたいだな」

「研修期間があるとは言えまだ社会人になったばかりだもんねぇ…。いきなり仕事任せるのもちょっと不安だし、きつい仕事だと可哀想だし…」

「けど少しはスパルタぐらいがいいんじゃないのか?」

「あー…そういえば私が新入社員のときはデンさんに色々ガチンコ勝負で教え込まれたなぁ…。ほら、うちの部署女性社員って年配の先輩が多いからさぁ。女だからってちやほやされると思ったら大間違いだっぺーって…。そんな事思っても無かったけどいきなり自分の重要な仕事私に押し付けるなんて酷すぎるよあのオッサン…。お蔭で同期一逞しい人間になったけど」

「す、すごいなお前のとこは…」


香ばしい香りのクッキーを口に放り投げながら二人の会話を聞くが頭になんて入ってくるわけねえ。
今俺が思ってるのはそんなくだらない事じゃないんだ。

せっかく両想いだって分かった上で一緒に暮らしてるっつーのに…相変わらず俺の寝床はこのソファーだし、これまでも何度かそういう雰囲気を作ろうと名に熱い視線を送ってみるものの「なにこっちジロジロ見てんの?いくら見たってゲームソフトは買ってやんないから」とあしらわれてしまう。
いや、普通気づくだろ!?それとも俺の力が足りねーのか…!?
ま、まぁ確かに未だにちょっと羞恥心もあって素直になれない事も多いが…しかしキスもまだ一回しかした事無いってどうなんだよ……誰か”鈍感な彼女をその気にさせるマニュアル本”を持って来い。


いつものようになんら変わらずアーサーを交えた三人で土曜の休日の時間を過ごす。
夜になれば三人で飯食って、それからもしばらくテレビ見ながら喋って10時頃にアーサーが帰って行って…加えて俺に「変な気起こしたらテメェをドーバー海峡に沈めるからな」といつもの台詞を残して。
やっと二人っきりに…かと思いきや、「さぁーお風呂お風呂」と名のやつはさっさと風呂に入りに行っちまうし…。
やべぇ、ちょっとしょっぺえ…


「なぁピヨちゃん…俺どーすりゃいいんだよ…」

「ピィ?」

「あーもうじれってぇええええ!!!こうなりゃ一人で自棄酒飲んでやるぜぇええ!!!そうそう、こういう時は酒飲んでパーっとすんのが一番だよなぁピヨちゃん!!!」


冷蔵庫の中からビール…いや、今日は本田から貰った日本酒にしておくか!
超美味い銘酒だって言うし酒好きの俺様の下も唸らせてくれる事だろうよ!!

水で割る事もなくグラスに注ぎロックでそのまま一気に流し込む。


「うんめぇえええ!!なんだこれ、超うめえ!!」


流石本田がよこした酒だぜ…!!一人で飲むにはもったいないぐらいだよな…。今度フランシスやアントーニョを読んで酒盛りでも…。でもまぁもう少しぐらい飲んでも構わないよなぁ…!

もう一杯グラスに酒を注いで飲めば、二杯目、三倍目続いて四杯目と流れるに酒が喉を通っていく。
次第に体が熱くなり頭はフラフラとしてきた。


「ギルーお風呂上がったよ〜……って、酒臭ぁああっ!!ちょっ、何してんのギル!?」

「ひっく…なんだよでかい声出しやがって…」

「何飲んでんのお前!?って、本田さんに貰ったお酒こんなに飲んじゃって…!ちょっとしか残ってないじゃん!!」

「んー…」


酒の入っていたビンを俺から取り上げてわなわなと震える名をボーっと見上げる。



「名…」

「うわっ…!!ちょっと何!?」

「んー……」

「わっわっわっ…!!」


名の背中に腕を回し肩に顔を埋めるようにして柔らかいソファーの上に体を倒す。
あー…風呂上りの匂い…。俺と同じシャンプーのはずなのになんか甘い匂いすんだよなぁ、こいつ…。


「あの…ギルさん…重いんですけど…」

「アーサーとばっか喋りやがって…」

「はぁ…?」

「なんであいつには優しくして俺には冷たいんだよお前…泣くぞコラ…」


名の体の上に体重をかけたまま体をよじらせると、小さく「うっ」と名の声が漏れた。
その柔らかい感触と擦れた声に何本か理性の糸が切れそうになるのを堪えて「なぁ」と呟く。


「べ、別にそんなつもりはなかったのですが…」

「あいつの方がいいのかよ」

「いやいやいや、なんかおかしくね?っていうか何この状況」

「今の状況楽しすぎるぜー…」

「こっちは全然楽しくないけどね」

「…ねみぃ…」

「…まったくもー…さっさと寝やがれ酔っ払い不憫」

「不憫って言うなっての」


後に回された名の手が優しくポンポンと一定のテンポで背中を叩く。
…マジで寝そう…。

体をごろんと横に倒され、名の体の上からソファーの上へと移動される。
重い瞼を薄っすら開くと、照れ臭そうに笑った名が「おやすみ、ギル」と髪を撫でた。


やべえ…今すんげぇ、しあわ…せ…






「ふー……寝たか…。世話の焼けるプー太郎だよなぁもう……」


乱雑になった前髪にペコンとデコピンをしてやれば「うへへ」とだらしない顔で寝言を言う。

まぬけ面…。



「ったく……恥ずかしくて人前でこんなことできるわけないでしょうが、バカ……」




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