「私ちょっと出かけてくるね」

「何処行くんだ?」

「例のお花屋さん!この間のお礼に行かなくっちゃね」





   5月8日(土)





アーサーの淹れてくれたモーニングティーが入ったティーカップをソーサーに置き背伸びをする。
さて、今日は休日だし用事をすませちゃわないと!
外は生憎のお天気だから出かけるのはちょっと憂鬱だけど…。久しぶりにベルさんにも会いたいし、お兄さんにもちゃんとお礼言わなくっちゃね!


「なあ名、俺も一緒に行っていいか…?」

「いいけど…なにか花屋に用事でもあるの?」

「いや…ちょっとな。すぐ用意してくるから待っててくれ!」


ドタバタと足音をたてて出て行くアーサー。
私も片付け済ませて用意しよっと。



「ギルは行かないの?」

「今日昔なつかしのアニメ特集すんだぜ!!本田ん家で見てくる」

「あーそう……ちゃんと鍵かけて行ってねー」


もう何も言うまい。
ギルが完全なるオタクと化した時は本田さんに全部責任を取ってもらおう。

出かける準備を済ませ、ギルが行かない事を告げると周りに花を咲かせたような笑顔を見せたアーサーと二人で外に出る。
いい歳して何喜んでるんだろうこの紳士様は…。



「何かお土産買って行きたいんだけど何がいいかなぁ」

「甘いもので良いんじゃないか?」

「そうだね。ケーキでも買っていこっか」


お花屋さんに向かう途中にある美味しいケーキ屋さんでケーキを買うことにしたけど…
そういえばあのお花屋さんってベルさんとお兄さん以外に誰か居るのかなあ…。
とりあえずケーキは五個ぐらい持って行ってみよう。

お花屋さんに近づくにつれなんだか口数が少なくなっていくアーサーに違和感を感じつつ、目的の場所へと到着した。



「こんにちはー」

「いらっ…あーっ!名さんや〜!!」

「こんにちはベルさん!」

「うわー!また来てくれたんやにゃあ!嬉しい!」

「えへへ…実は先日ベルさんのお兄さんに花束をいただいてしまって…せめてものお礼にと思って、これ持ってきたんです」

「ケーキや!ありがとう〜!ちょうど今から休憩しようと思ってたとなんよ〜。でもお兄ちゃんが名さんに花束あげてたなんて知らんかったなぁ…………抜け駆けされてもた…」

「……へ?」

「んーん、なんでもない!」


キラキラと眩しい笑顔を見せるベルさん…相変わらず綺麗です。


「それはそうと…入り口らへんでウロウロしてるあの人、名ちゃんの知り合いなん?」

「え…?って、アーサー!!もう何してんのそんな所で!邪魔になるでしょうが!」

「うわ!ちょっ、やめろよばかぁ!」

「アー…サー……?」


お店の入り口でウロウロとしているアーサーを無理矢理引っ張って店の中に入れると、慌てた様子でベルさんを見ていた。
ん…?もしかして知り合いだったりするのかな…?



「アーサー……カークランドォオオオオオ!!!」

「うわっ!!!」



私の横わずか数センチの所を大きな花瓶のような物がもの凄い速さで通過した。



「……へ?」

「なんでおんどれがこないなとこに居るんかにゃあ…」

「お前やっぱり…!」

「あの、えっと、これはいったいどういう事で…」

「いいからお前は外に出てろ」


この状況についていけなくて混乱している所をアーサーに引き寄せられる。
さっきまで天使のように美しかったベルさんの顔がアーサーを見た途端豹変して…
いったい何がどうなって、


「名さんに触んなや、ド変態が」

「さっきまでの態度とは偉く違ってんじゃねーか。相変わらず女にしては良い腕っ節してるよな、お前…」

「ふざけんな眉毛…あん時の恨み…ここではらしたる!!」



「店ん中で暴れるのはやめねま、ベル」



「…兄ちゃん……」

「ランか…久しぶりだな」

「お前は帰れや。お前に売る花はないざ」



ベルさんが振りかぶった腕をがっしりと掴んだベルさんのお兄さんがもの凄い剣幕でアーサーを睨んだ。


「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ!!何がどうなってるか説明してください」

「………」

「いいんだ、名。帰るぞ」

「ちょっと待ちぃや!!アンタは返しても名さんは返さへんで!!っていうかどないな関係やの名さんの!!答えようによっては容赦せんで!!!」


再び暴れはじめるベルさんに、お兄さんは小さくため息をついて店の入口であるドアにかけられた”OPEN”の看板を”CLOSE”に変えた。



「……ええから三人とも奥行け。これ以上店ん中壊すなボケ」





  





「ごめんなぁ〜名さん、驚かせてもて…」

「い、いえ…」

「簡単に説明するとな…ウチ、このアーサー・カークランドと同じ学校の通ってたんよ〜」

「…と言う事はトニーさんも…」

「ありゃ?名ちゃん親分と知り合いだったん?なら話は早いなぁ。そうそう、昔トニーと兄ちゃんとウチとでようつるんでたんやけど、そんとき何度かドンパチやっててん」

「カリエドの下僕みたいなもんだったろ、お前ら」

「ウチはちゃうもん」


な、なんだか物騒な話でついていけないのですが…。
そうかぁ、ベルさんとお兄さんとトニーさんはそんな関係だったのか。

店の奥に案内してもらい、キッチンのテーブルで向かい合うように座ったのはいいけど…。
なんだか皆睨みあってるし…居心地悪いな…。


「ウチは親分や兄ちゃんより一個下で、このカークランドと同じ学年やったさかい色々関わることも多くてなぁ。まぁそれだけやったらあんまり気にする事でもなかったんやけど…うち平和主義やし」

「いったいベルさんに何したの、アーサー」

「う……」

「そんでカークランドとの抗争が激しくなってた時、ウチとこいつとも色々あったんよ」


横目でチラりとアーサーの顔を覗き見ると、実に居心地の悪そうな顔をしていた。
いったいベルさんに何したんだ、アーサー…。怪我とかさせたんじゃないだろうな。
荒んでても自称紳士だから女の子に手を上げる事はしないと思うけど…


「お、俺だってあの時は悪かったと思って…だから今日名と一緒にここに来たんだ。一言謝ろうと思ってな」

「え……そうなん?」


そっか。だからアーサーは一緒に来るって言ったのかぁ…

少しの間ぽかんと口を開けたベルさんが「謝ってくれるならそれでええよ」と照れ臭そうに笑った。
ホッとしたような表情のアーサーに「良かったね」と肩を叩いてあげると、へにゃりと眉根を下げて笑顔を見せた。



「ほんで、名さんとカークランドはどういう関係なん?」

「マンションでお隣さん同士なんですよ」

「ほならトニーとはどんな関係?」

「トニーさんは近くのスーパーで働いてて…色々あって少しの間一緒に暮らしたりして今ではすごく仲良くなったんですよ」

「えええー!?一緒に暮らしたって…!そんなんあかんで!親分めっちゃ変態やしペドやし小さい子とかめっちゃ好きやし可愛い子大好きやし名さんみたいな子すぐ襲われるで!!」

「え、いや…一切ないですから…」

「んな事になってみろ、俺があいつをぶっ潰してるだろ」

「それにうちには優秀な番犬がいるんで大丈夫ですよ」

「番犬?」

「また今度連れてきますね」


にっこり笑えばベルさんも「楽しみにしとくわぁ」と微笑む。
はぁ…やっとホッと一息つけたよ…。
タイミングを見計らったのようにお兄さんが私の持ってきたケーキをテーブルに並べてくれた。
怖い外見なのによく気のきくお兄さんだよね。
この人も昔は荒れに荒れたのかなぁ…私からしてみるとアーサーやトニーさんよりベルさんのお兄さんが荒れてる様子を想像する方が怖い。
だって今ではこの二人…ほら、ヘタレなとこ多いしね。

買ってきたケーキがとても美味しかったので頬笑みながら食べていると、ベルさんがキラキラした目で私を見ていた。
「うちな可愛い子とか可愛いもの大すきやの!名さんかわええしうちの好みのタイプやわ〜」とにまにま笑った。
背筋になにか冷たい物を感じていると、向かい側の席のお兄さんが私に向かって急にフォークを突き出してきたので殺られると身構えていたら、私のお皿にショートケーキの上に乗っていたイチゴを置いてくれていた。

悪い人では…ないらしい…
お礼を言うと「はよ食いね」と睨まれた。
ベルさん曰く人見知りのある人で照れ隠しなだけらしいけど…。

あろう事かお兄さんから帰り際に小さな可愛いブーケをいただいてしまった。
一応嫌われてはいない事が分かったのでホッと胸をなで下ろす。


お礼をしに行っただけなのにまさかこんなに疲れるとは…!



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