「名さん、すみませんがおつかいに……おや」
大家族の家庭を支えている一家の母である菊。 愛娘である名に夕飯の買い物を頼もうと子供たちの部屋に行くと、床でごろんと横になって寝息を立てている娘の姿があった。
「もう…こんな場所で寝ていては風邪を引きますよ…」
随分古くなって子供たちが何度穴を開けてしまってその度に紙を貼り直している襖を開いた。薄手の毛布を取り出して娘の体半分を覆った菊は優しく微笑んで写真を何枚かとった後に部屋を後にした。
「名ー。この間貸した本…って、寝てんのかよ…」
続いて名の元にやってきた五男のアーサー。 床で眠っている三つ子の姉の姿に小さく溜息をつきつつすぐ傍に腰を下ろした。
「静かだと思ったら寝てたのかよ…。こんな場所で無防備に寝やがって…」
少し震えた指先で名の髪に指を滑らせる。
「昔は…触る事もできなかったのにな…」
過去の自分の姿を思い浮かべ、ぎゅっと拳を握ったアーサーはかき分けた前髪の間からそっと額にキスを落としその場を立ち去った。
「名の為にスコーンでも焼いてやるか!」
「姉さん、少し相談なんだが…」
続いてやってきた八男のルートヴィッヒ。 床の上で眠りこけている姉の姿に小さく溜息をつきつつもその唇は笑みを浮かべている。
「まったく、子供みたいだなお前は」
そっと笑って自分の着ていたジャケットを名の上半身に掛けたルートヴィッヒは物音も立てずに部屋を後にした。
「あったまテッカテーカー♪」
次いでやってきた四男ギルベルト。 陽気に歌を歌いながら部屋に入り、名が眠りこけている姿を見てにやりと笑ったかと思うと、おもむろに馬乗りになるような形で彼女の体の上に腰を下ろした。
「日ごろの恨み晴らしてやるぜ!このマジックでまず額に肉と鼻の下にバカボンパパ髭描いてやるぜ。ケッセセセセ!」
どこから取り出したのか、黒い油性マジックの蓋をキュポンと開けたギルベルトは高笑いをしながら名の顔に落書きをする為鹿の子の顔の横に手をついた。
「……にしても俺様が上に乗ってもちっとも起きねーな、こいつ…」
手に持っていたマジックを床に置き、手で頬をぷにぷにと突付くギルベルト。
「んー…」
「おぉー…」
「ん゛ー…」
「ほぉー」
抓ったり擦ったり突付いたりと名の反応を楽しむギルベルト。 しかしその視線が唇に止まると、頬をつついていた指がピタリと止まった。
「(キスしても起きねーのかな…)」
ドクドクと早くなる心音につれ、縮まっていく距離。
「ちょっとぐらいなら…」
「何してるん、ギルちゃん」
「…………え……」
「何してるんて聞いてんねん。なぁ、今何してたん?俺のかわええ名に何しようとしてたん、自分」
部屋の入り口に立ち、にっこりと笑う三男アントーニョ。
「えっと、あの…トニー…?」
「ギルちゃん」
「はい…」
「ちょっと兄ちゃんと外行こか」
「……ja」
乱暴に首根っこを掴まれたギルベルトはアントーニョの手によってその場を後にした。
「たっだいまー姉ちゃん!!」
「姉貴ー腹減ったぞちくしょー!」
「名名!!今日学校ですごい事があったんだぞ!!」
「ただいまお姉ちゃん…」
続いて帰宅し真っ先に姉の部屋へとやってきた七男ロヴィーノ、九男フェリシアーノ、十男アルフレッドと十一男マシュー。
「あれ、姉ちゃん寝てる…?」
「こんなとこで無防備に寝やがって…襲うぞこのやろー」
「この上着誰のだい?」
「ルート兄さんのじゃないかなぁ…」
「こんなもの掛けなくても俺が添い寝すれば暖かいんだぞ!!」
「ばっ!!何やってんだよデブ!!ずるいぞお前だけ!!」
「俺も姉ちゃんと添い寝したい!!」
「ぼ、僕も…」
「ただいまなのですよー!!って、何やってんですかお前ら!」
「お帰り〜ピーター!今皆で姉ちゃんと添い寝しようとしてたんだよー」
「シー君もやるですよー!」
「姉貴の横は俺だ!!」
「こういう時は弟に譲るのが兄ってもんだろう!?」
「それだったらシー君が一番年下ですから名の隣はシー君のものですよー!」
「ヴぇー…おやすみなさい…」
「てんめぇフェリシアーノォオオオ!!」
「ブゴァッ!!ちょっ、痛い、痛いよアルフレッド…!!!」
何時の間にやら乱闘となっている場所の真ん中で眠り続ける名は相当な図太い神経の持ち主らしい。
「なーに騒いでんだーお前ら…」
そこへ帰ってきた次男フランシス。 喧嘩をしている弟達の姿を見て大きく溜息をつき、やつらの真ん中で眠りこけている妹の姿を見つけるとコソコソと彼女に近づいた。
「うーん、寝顔も可愛いなぁ…流石俺の妹…チューしようかなぁーチューしちゃおうかなぁー。小さい頃はよく寝てる間にチューしてやったんだよなぁむふふふふ」
「…フランシス?」
「何やってんだよお前…」
「フランシス兄ちゃん…その汚い手で姉ちゃんに触らないでよ」
「………え…」
「フランシス…覚悟はできてるんだろうね…?」
「え、ちょっ、待てよお前ら、こんなのただの兄妹の戯れ…って、イヤアァアアアア!!!」
――――
「今けーったぜー。って、誰もいねーじゃねぇか。ん…?なんでぃ名、こんな場所で寝てたら風邪引くだろーがよぉ」
床の上に布団を敷き、娘の体を抱き上げる父サディク。
「ん…お父さん…?」
「なんでぃ、起きちまったか」
「あれ、なんで私お父さんに抱っこされてるの…?」
「おめぇが床で寝てっから今布団に運んでやろーと思ってたんでぃ」
「そっか…ありがとうお父さん。えへへ、お父さんに抱っこしてもらうの久しぶりー」
「おめぇはいくつになっても甘えんぼだねぃ…。でもまぁこんな娘をもって俺ぁ世界一幸せな父親だわなぁ」
「でしょでしょ。こんないい娘他にはいないよ〜」
「ったく、言うようになったじゃねーか…」
「お父さんの子供だもんね」
「生意気言うんじゃねーやい」
「えへへ」
「あら、お帰りなさいサディクさん。お疲れ様で…って、何をしているんですかぁああああ!!お姫様抱っこってあなた、犯罪ですよ犯罪!!私の可愛い娘になんて事するんですかぁあああ!!」
「お帰りなさいお母さん」
「き、菊…俺はただ名が床で寝てるから布団に寝かせてやろうかと…」
「問答無用…!!私の可愛い名さんに手を出す男は誰であろうと許しません!!お姫様抱っこができるなんて羨ましいんですよ私だったらぎっくり腰になるんですからね!!夫婦水入らずでゆっくりお話致しましょう…」
「お、落ち着けぃ菊!!」
「名さん、夕食の準備お願いできますか?」
「いいけどフラ兄ちゃんに頼んだ方がいいんじゃない?」
「彼は今外でリンチされていたようなので…代わりにお願いします」
「私が寝てる間に何があったの…」
「知らぬが仏、ですよ。さぁ行きましょう、サディクさん」
「待て菊!!名、名ーーーーっ!!!」
「夫婦喧嘩しちゃダメだよー二人とも」
アドナン家は今日も賑やかです。
2010.2.25
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