「そっちの赤ぇ花、包んでくんない」


背が高くすらりと伸びた足と体。
その何ものせられていない表情を隠すかのような眼鏡をかけた彼は綺麗な薔薇を指差しました。



「どなたかへの贈り物ですか?でしたら無料でラッピングのサービスも行っておりますが…」


「…ん。頼む」


「少々お待ちくださいね」



恋人へのプレゼントかなぁ、なんて彼の見えないところでクスクス笑っていると店長に睨まれました。
いけないいけない。私はお花屋さんなのだから。
お客さんに喜んでいただけるお花を売るのが私の仕事なのだから。
綺麗に咲いた薔薇を可愛い包装紙で包んでリボンを付けます。
きっと彼も喜んでくれる事でしょう。



「お待たせいたしました」


綺麗にラッピングされたお花を差し出し営業スマイルを浮かべると、彼の頬がこの薔薇と同じ赤色に染まりました。
数秒間停止した後にそっと花を受け取って代金を支払いそそくさと去って行きました。
今から彼女とデートでしょうか
頑張れ足長鉄壁眼鏡さん。


数日後、またまた現れた彼は前回と同じく赤い花を買ってゆきました。
彼女さんは赤い花がお好きなようですね。
私も赤い花は好きです。凛としているその姿はとても美しいと思います。
前回同様可愛らしくラッピングしたお花を営業スマイルと一緒に差し出すと、今度は頬をピンクに染めてお花を受け取りました。
そのまま数秒間停止した後に、代金を支払いお店を後にしました。
今日もまたデートでしょうか
頑張れ赤面症の足長鉄壁眼鏡さん。


それから数日間おきにやって来る彼は既にこのお店の常連さんになりつつあります。
そして今日もまた赤いお花を買って行くのでした。



「今日はとっても綺麗な赤いカーネーションがありますよ」


「んじゃ、それ包んでぐんない」


「畏まりました。ラッピングは…」


「頼む」


「はい。いつものでいいですね」



薄く微笑んで頷く彼の恋人さんはなんて幸せ者さんなのでしょう。
いつもこんな綺麗なお花を貰えるなんて、私なら嬉しすぎて泣いちゃいますよね。
ラッピングが終わる間も赤い花を見つめている彼の横顔に不覚にも胸が高鳴ってしまいました。
いけないいけない。私は花屋なのです。お客さんにいけない感情を抱くなんて、許されない。



「どうぞ」


「悪ぃな」


「いえ、仕事ですから。そのお花を貴方から頂く彼女さんはとっても幸せ者ですね。とても羨ましいです」



いつもの営業用のものとは違ったそれを浮かべて言うと、彼の手がピクリと動きました。
余計な事を、言ってしまったのでしょうか。

無言のままの彼に頭を下げようとすると、それをさえぎられるかのように彼の言葉が私の頭上に降ってきました。



「おめ、赤ぇ花は、好ぎか?」


「え…?あ、はい。大好きですよ。一番、大好きです」


「そっが」



お花を受け取り代金を支払った彼は数秒間停止することなく去ってゆきました。
いったい何だったのでしょう。
カーネーションを片手に去り行く彼の背中を見つめていると、とても胸が苦しくなりました。


それからしばらく、彼はお店に来なくなりました。
彼がお店に来ない間も私の胸の苦しさは収まる事も無く、赤い花を見つめては重く苦しい溜息が漏れてしまいます。
数週間の時が過ぎ、再びその姿を見せた彼はその長い足で私の前に立ち、あまり開く事の無い唇を震わせました。




「この店にある赤ぇ花、全部包んでくんない」



じっと私の目を見つめて。
彼は恋人にプロポーズでもするおつもりなのでしょうか。
胸が、苦しいです。
小さな花屋と言えど赤いお花は沢山あります。
店長にも手伝ってもらってお店中の赤い花を集めました。
そしてとびきり綺麗な包装紙で包み、赤いリボンをかけて。
リボンを結ぶ手が震えました。
いけない。私は花屋なのです。
お客様にはいつも綺麗な花と営業スマイルを差し上げなくてはいけません。
赤い大きな花束を彼に差し出し笑顔を浮かべます。
あぁ、私は今ちゃんと笑えているのでしょうか。




「とても喜ばれると思いますよ。いつもありがとうございます」


「……」



大きな花束を受け取った彼は、数秒間停止した後に深呼吸をして、そっと私の胸にその赤い花束を差し出しました。


「えっと…気に入り、ませんでしたか?でしたら他のものに、」


「おめに、プレゼントしてぇ」


「……へ?」


「ずっと、ずっと前からここで働く姿見どって…。だから…」



いったい何がおこっているのかどなたか私に説明してください。
店内に居られるお客さんと店長の視線が肌に感じるほど突き刺さっています。
赤い花束から彼に視線移すと、花に負けないぐらい顔を赤く染めた姿がそこにありました。



「おめぇには、赤ぇ花が似合っでっから」



真っ赤な彼から真っ赤な花束を受け取り、その中から真っ赤な薔薇を一本取り出し彼に差し出しました。
少し驚いたように体を震わせた彼は、そっと薔薇を受け取り花束ごと私を抱きしめて強く強く自分の胸に締め付けました。

花の色が移った彼の服と二人の顔が


赤く染まる




2009.9.14
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