それはある10月の末の日。
私はイギリスの家に来ていた。
『Trick or Treat!』
とても広いイギリスの家に玄関のチャイムが鳴り響いた。
慌てた様子で机に並べたお菓子をいくつか手に取ったイギリスが楽しそうな笑顔で玄関に向かっていく。
私もひょっこり顔を覗かせてみると、魔女やゾンビ、ゴーストやドラキュラの衣装を着た子供たちがキラキラと目を輝かせていた。
「待ってろよ、今順番に配ってやるからな」
「今年は焦げたクッキーじゃない?」
「ばっ、何言ってんだよ!今年は自信作なんだからな!」
「そう言って去年もその前の年も焦げくさいクッキーだったよ、カークランドさん!」
「生意気言うようになったじゃねーか…今度お前のマミーに言いつけておいてやるからな」
「うあああ!嘘だよ嘘!ありがとうカークランドさん!」
「ああ。今年はリーダーなんだろ?頑張れよ」
「うん!じゃあね!」
お礼を行って元気よく次の家に向かっていく子供たちを見てイギリスがホッとため息をつく。
そうか、これがハロウィーンなのか…。
「イギリス」
「なっ…!見てたのかよお前…」
「あ、うん…。私本場のハロウィーンって初めてだから…」
「そ、そうなのか?」
「ああ。私の国でも少しずつ普及しつつあるけどイギリスの所ほどではないし」
「そ、そっか……悪かったな、あの馬鹿が無理矢理連れてきて…」
「ううん、一度体験してみたいと思ってたから嬉しいよ」
ボンッっと音を立てて顔を赤くしたイギリスが「つつつつ、次のクッキー焼くから来い!」と私の横を荒々しく通り過ぎて行った。
何故今日この日に私がイギリスの家に居るのか。それは昨日の時間に遡る。
一人で留守番をしていた私の所にフランシス兄さんがやって来て、「暇なら一緒にイギリスに行かないか?」とお決まりの口説き文句と一緒に誘いに来てくれたのだ。
なんでもイギリスの配るお菓子を食べる子供達を不憫に思い、今年はイギリス宅で自らがハロウィン用のお菓子を作ろうと思ったらしい。
イギリスには「お前がハロウィンでお前がはしゃいでるのを二人で茶化しに来た」なんて皮肉言ってたけど。
「なんだ、もうクッキー無くなったのか〜?」
「ああ。早く作らないと次の子供が来るのに間に合わないな」
「ほんとお前は子供好きだよなぁ」
「言っとくけど俺はどこぞのトマトバカみたいなペド野郎じゃねーからな」
「分かってる分かってる。名、もう一回クッキー焼くから手伝ってくれる?」
「うん」
イギリスの手作りらしいレースと刺繍が施されたエプロンをつけてキッチンに立つ。
フランス兄さんの手はまるで魔法のようで、小麦粉や卵から想像も出来ないほど美味しいお菓子が作られていく。
さっきお菓子を受け取った子供たちはいつもと違うお菓子の味に心底驚くに違いない。
「それじゃあおやすみ、イギリス」
「あ、あぁ…」
「今日は疲れたなぁ〜…お兄さん名を夜這いに行く元気もないかも…」
「何ふざけた事言ってんだよ馬鹿ぁ!ったく…。そうだ、名」
「なんだ…?」
「夜が明けるまで絶対この部屋から出るんじゃねーぞ。ハロウィーンの夜は悪い霊達が現れるからな」
「え…?あ、うん…」
「こらこら〜。名が困ってんじゃねーか」
「お前もわかってんだろーな?絶対、変な事すんじゃねーぞ!?」
「分かってる分かってる。それじゃあおやすみ〜」
「おやすみ、二人とも…」
二人に挨拶を告げ、用意された客間に入る。
そうか…ハロウィーンの夜にはそんな伝説があったのか…。
しかし幽霊なんて非現実的な事、イギリスは本気で信じているのかな…。
確かにたまに何もない所に向かって話しているような人だが…。
しかしここはイギリスの家だ。きちんと決まりを守ろう。
明日の朝までは部屋から絶対に、出ない。
「っ……うー…」
どうして寝る前にトイレに行っていなかったのかと心の底から後悔した。
夜中に目が覚めるやいなや、襲いかかって来るこの感覚。
最初は我慢して再び眠りにつこうと思ったものの、夕飯の時にワインを飲みすぎたのかどうにもおさまる気配はない。
限界に限界を重ねた。もうこれ以上は我慢しきれないだろう…。
「ごめん、イギリス…」
小さく呟き、部屋のドアを開いた。
ルート兄さんがこの事を知ったら「自分の不注意で規則が守れないとはどういう事だ」と叱るだろうか。
暗く、一メートル程の視界のまま長い廊下を壁づたいにトイレへ辿りついた。
用を済ませ、再び暗い廊下を壁づらいに戻っていく。このまま部屋に戻ればもう何事も起こらないだろう…。
「名か……?」
「い、ギリス……?」
「何やってんだよ、こんな時間に…」
廊下の奥から現れたイギリスの姿に体がビクりと反応した。
変だな…まったく気配を感じなかった。
人の気配を察知するのは得意はほうなんだけど…私も感覚が鈍ったのだろうか。
「ごめん、イギリス…どうしも…」
「しょうがねーな、名は…ほら、部屋までおくってやるからついてこいよ」
「ありがとう、イギリス」
いつもより優しい笑顔で微笑むイギリスにホッとため息が漏れた。
怒られるんじゃないかと心配だったけど…イギリスは優しいんだな…。
「ありがとう、イギリス。それじゃあおやすみ」
「ちょっと待て」
「なん、っ……!?」
部屋の扉を開こうとする手を握られ、振り返ってみれば私のそれに落とされる唇。
一瞬何が起こったのか理解ができなくて、まともに働こうとしない頭をフル回転させてなんとか状況を把握した。
い、い、イギリスに、キス…されている…!?
「っ…!!いぎっ……!」
「可愛いな、お前…こんな良い女、こんなやつにやるのはもったいねーよ」
「……っ!」
ありったけの力を入れて引き離そうとするもびくともしない。
名残惜しそうに離れていくその不敵な頬笑みに足の先から鳥肌が立った。
こいつ、イギリスじゃ、ない…?
「じゃあな、名。また来年…一年後の夜にまた会おうぜ」
にやりと笑って暗闇に消え行くその姿を私はただ茫然と見つめることしかできなかった。
Trick or Treat
「そんなわけで昨夜そんな事があって、だね…」
「ななななななな……!!」
「あちゃー…名もやられちゃったのかー…」
「あんのクソ悪魔ァアアア!!いつも俺の姿に化けやがんだ今度こそ地獄に送ってやる!!」
「わ、私の…ファーストキス、が…」
「ほ、本当に悪かった…俺が責任とr「大丈夫大丈夫、名が知らないだけで名がちっちゃいときお兄さんやスペインが何度もチューしてるからさ。ギルは今でも昔のように名が寝てる間にこっそりしてるみたいよ?」
「んだと髭ぇえええええええ!!」
「……兄さん…帰ったらお仕置きが必要だな……」
2010.11.7
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