「んー?ギルからメールだ…珍しいな。何だろう」


”今トニーん家居るからお前も帰りにこっち来い!”


「トニーさん家…?なんでまた…まぁたまにはいいか」

「あれ、どうしたんですかー名前さん。なんだか嬉しそうですね」

「男からメールでもきたっぺが!?ま、まさがおめぇに彼氏なんて…!!」

「違いますよデンさん。家畜です」

「おひゃぁああ!!名前さん家畜ってぇええ!!」

「牛が…?」

「牛と言うより…。あぁ、でも最近は犬っぽいとこもあるかなぁ」

「おめぇどんな獣飼ってんだっぺー」



―――


「えーっと、ここを左に曲がってー…」


焼肉用の食材が入ったスーパーの袋を抱え、ギルから送られてきた地図通りにトニーさん宅へと向かった。
”夕飯トニーん家で食うからな!焼肉の材料買って来いよ!”なんて偉そうなメールを送りつけてきた当の本人は迎に来る気など更々無いらしい。


「ここかぁ。トニーさんのアパート」


見た感じ築30年と言った所かなぁ…
「壁に穴空いてて猫とか入ってくんねーん」とかトニーさんが言ってた気がするけど、これなら納得できる…
錆びて崩れてしまいそうな鉄の階段を登りチャイムのない玄関をコンコンと鳴らすと中から「待っててやー」という声が聞こえてきた。


「あ、名前ちゃん!いらっしゃーい。狭いとこやけどゆっくりしてってやぁ」

「お邪魔しまーすトニーさん」

「あ、待ってな!いま座布団出すさかい!」

「お構いなく…って…あの…」

「んー?何〜?」

「これ座布団敷くペース無いですよね」


どう見たって無理だ。ってゆーかこれ、布団一枚程度の広さですよトニーさん。


「ボンソワール名前ちゃん。材料買ってきてくれたんだね〜。さっそく始めちゃおっか」

「始めるってまさか…」

「焼肉パーティーだぜ!」


ビールを片手に既に酔い始めているフランシスさんと肩を組み「イエーイ焼肉〜!」となにやらよく分からん歌を歌う二人。
二人が壁にぶつかる度にアパート全体が揺れているのは気のせいだろうか。


「お肉やー!お肉様やぁ〜!!ご無沙汰してましたなぁー牛肉様〜」

「トニーさんんんん!?スーパーの店員なんですからお肉ぐらい毎日見てるでしょうが!!」

「いや、俺野菜担当やしお肉あんまり見ることないんよ。それに今から食べられると思ったらお肉が黄金に輝いて見えんねーん」

「トニーさん…」

「なになにー」

「本当に、いつでもうちに晩御飯食べに来てね…。何時でも構わないから…」

「名前ちゃん…!!そ、それって俺に”毎日私の作った料理を食べて欲しいの”とかいう…」

「馬ー鹿。不憫に思われてんだよお前!」

「うわーギルにだけは言われたぁないわー…」


私の持ってきた野菜類を切り分ける準備をするトニーさんに「私がやるから座ってて」と伝えると、「ごめんなぁ〜ほなら頼むわぁ」と嬉しそうに笑うトニーさん。
トニーさん毎日バイトの掛け持ちで頑張ってるんだもんなぁ…少しぐらいは力になりたいよね。


「うわーこの鍋焦げちゃってるね」

「そうやねん。めっちゃ前にお腹すいたからべっこ飴作ろう思たらそないになってもた」

「あー昔よくやったよねーべっこ飴。良かったら家に余ってるお鍋とかあるけど持って来ようか?一人暮らしだからーってお婆ちゃんがよく送ってくれるんだけど沢山あってお蔵入り状態なんだよー」

「ほんまに!?うわー助かるわ〜。でもお婆ちゃんに悪いなぁ」

「いいのいいの。トニーさんにあげなきゃ場所とっちゃうし捨てる所だったんだから」

「おおきにな。ほんま名前ちゃんええ子やわぁ〜」


顔だけトニーさんの方を向けて「どういたしまして」と微笑むと、トマトのような真っ赤な顔をされてしまった。
「あっちょっおおおお俺、ビール買ってくるわー!」と財布も持たずに飛び出そうとするトニーさんの首根っこを掴んで止めるフランシスさん。
うん、ビールなら山のようにあるしね。これいったい誰が持ってきたんだ…?


「切れたよー」

「うーん、待ってました!」

「早く焼けよ」

「本当に偉そうだねー。帰りに全裸で電柱に縛り付けておいてあげようか?」

「ちょっそれはいくらなんでも酷すぎるだろ!?」

「ハァハァドSな名前ちゃんいいよ〜お兄さんも蔑んで」

「体の穴と言う穴にビールぶちこんであげましょうか?」

「やめとけフランシス!!あれマジで痛いぞ!!!」

「なんや経験済みかいなーギル」


お肉と野菜を均等に鉄板の上に乗せる。
何故か騒がしかった部屋が静まり返った。
大人4人が入るには狭すぎる部屋で、密接しているギルを横目で見ると真剣な眼差しで肉を見ている。
トニーさんもフランシスさんもお箸構えてるんですけど…。なんか嫌な予感してきた。


「さぁー皆さん焼けましたよー。それじゃあお手を合わせてー。いただきm「肉とったぁああああ!!!」」

「あぁあトニーそれ俺が狙ってた奴!!」

「あほぉ早いもんがちや!!食えるときに食っとかんとなぁ!!!」

「テメェフランシス!!野菜こっちに投げんじゃねーよ!!」

「くらえピーマンアタック!!」

「肉よこせ肉!!!」


無残に床やテーブルの上に散らばった野菜。肉を箸で掴み奪い合う三人。
って、何してくれてんのこいつらぁあああ!!!
とにかく収集のつかないこの場を収める為に、三人の頬を軽く引っぱたいた。


「ったく何やってんですか!!獣かお前ら!!」

「うーん、獣なのは下半s「今度はおもいっきり殴りますよ?グーで」ちょっグーはやめて!!」

「久しぶりの肉で我を失ってたわー…」

「俺は昼食ってねーから腹減ってんだよ」

「え、なんで食べてないの」

「ゲームに夢中になってたぜ!」


まったくこの連中は…。
このままでは同じ事態になりかねないので、私が三人のお皿によそってあげることにした。
トニーさんは気付かれない程度にお肉を多めに。


「どうぞー」

「いただきまーす!!うひゃー久しぶりの肉や!」

「と、トニーさん…!!もっと肉食べてくださいね」

「お前なんでトニーのとこばっかに肉入れてんだよ俺にも入れやがれ!!」

「あぁん?そんな事言ってるとピーマンばっか入れるぞ」

「ひでぇ!!」

「名前ちゃんもよそってばっかじゃなくてお兄さんと飲もうよ〜」

「私明日も仕事だしやめておくよ」

「付き合いわりーな!!飲めよ!」

「えぇー…」

「はいはいお姉さんもビール飲んで飲んで」

「じゃあちょっとだけのもうかな…」


フランシスさんから渡されたびーるをちびちびと飲み、ぼんやりと三人の様子を眺めていた。
次第に服を脱ぎ始める三人をグーで殴り気絶させる。
私の前で脱ぐか?普通…
三人の寝ている間に散らばった空き缶を集めようかと思ったけど、どうにも体が重い。
だけど明日も仕事だしここを散らかしたままじゃトニーさんが可哀想すぎる。


「はぁー…」


狭い部屋にぎゅうぎゅうになって寝ている三人をなんとか避けながら、ゴミ袋に空き缶を詰め込んでいく。
なにこのむさ苦しい空間は…

トニーさんの頭をまたがないように、そっと避けながら移動をしていると、足元を掴まれた。
…え?

よろめく体をなんとか持ち直して足元を見ると、トニーさんが私の足首を掴んでいる状態だった。
寝ぼけてんのかな…
なんとか振りほどこうと力を入れてみると、今度は強く引っ張られてしまった。
バランスを崩した体は寝転がっているフランシスさんの上に倒れる。
条件反射で肘打ちするようにフランシスさんのお腹の上へ倒れてしまった。
「ぐふぅ!!」と声を上げたフランシスさんは寝ているのか気を失っているのか、しばらくピクピク体を動かしてそのまま動かなくなってしまった。
ごめんフランシスさん、恨まないでね


「どうしよう、これ・・・」


強く握られた足首。ちょっと痛い…
ここままじゃ後片付け所か家にも帰れないじゃないか…!!
なんとかしないと…


「トニーさん!起きてトニーさぁああん!!」

「んー…」

「トニーさん!!トニーさんってば…」

「んーロヴィ〜…畑でこないにでかい大根採れたでー…むにゃむにゃ…」

「大根…?」


足か。私の足の事を言っているのか。
そりゃ私の足は太いけどさ。太いけどさ!!!


「トニーさんなんか大嫌いだ…」

「ふぁっ!!何!?今何が起こった!?って、なんで俺名前ちゃんの足掴んで…うわー…すぺすぺやんなぁ…」

「トニーさん…」

「んー?何〜?」

「大根足ですみませんね!トニーさんの馬鹿!!」

「えぇええ!?なんで!?ちょっ、ふえぇええ!?」

「ギル起きなー。さっさと帰るよ」

「待ってぇな名前ちゃん!俺なんかした!?なんかやばい事した!?」

「えぇ。大根と。大根ですが何か!?」

「名前ちゃぁああああん!?」


泣き喚きながらすがり寄ってくるトニーさんを無視してギルをたたき起こす。
「なんだ!?何が起こった!?」と起き上がるギルの首根っこを引っ張ってトニーさんの部屋をあとにした。
静かな住宅街にトニーさんの「名前ちゃぁああーーん!」と叫び声が響いた。

しばらく許してあげないよ、トニーさん。
大根足の恨みは恐ろしい。



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