「あぁ名前さん。おはようございます。寝癖とヨダレの跡がついてますよ。萌え!」

「…お、おはようございます本田さん…」

「勝手ながら朝ごはんの用意をしておきましたのでどうぞ顔を洗って着替えてきてください。あ、寝癖はそのままの方が私としてはとっても都合がいいです」

「なんの都合なんですか意味わかんないです…」

「寝起き名前さんいただきです!!」


シャッターをきる機械音がリビングに響く。
静かな朝だ。否、静かすぎる。


「あの、ギルは?」

「あぁ、ギルベルトさんならソファの上で眠ってらっしゃいますよ」

「え…」


なんだ、本田さんにお仕置きされなかったのかな?
いや、そんなはず…


「ギルー…って…」

「余程お疲れになったのでしょうね。昨晩は私も少しやりすぎました」

「う、うちの子になにしたの本田さん」

「いえ、ちょっとしたお説教ですよ」


お説教。私も一度本田さんにお説教された事がある。あれは何時だったか、酔っ払って何故か本田さんの家へ押しかけた私は、正座をさせられ朝まで本田さんに「これが私だからいいもの他の男性だったらどうするんですか!!酔っ払った名前さんなんて襲ってくださいと言っているようなものじゃありませんかもう少し萌え対象だと言う事を自覚しなさい私はそんなふしだらな娘に育てた覚えはありませんよ!!!」と、ぐちぐちぐちぐち何時間も…

思い出しただけで気分が下がってしまうなぁ…


「で、ギルにはどんなお説教を?」

「えぇ、お説教と言いますか…。夜明けまでひたすらぐちゃぐちゃにされた漫画に土下座をして謝っていただきました」

「えぇえええ!?夜明けまでひたすら!?漫画に謝らせたんですかあんたぁああああ!?」

「始めは”すみませんでした”など普通に謝ってくださってたんですが、限界を超えたのか最後は”いっそ俺も同じ目に合わせてください…”って消え入りそうな声で泣かれておられましたよ」

「そりゃ泣きますよ一晩中漫画に頭下げて謝らされれば!!」

「名前さん…漫画というものはその一つ一つに作者の思いと編集者の努力が詰まっているのです。たったの1ページも気を緩める事無く読者に楽しんでいただけるよう沢山の努力と根性が込められているのですよ?それをあんな力任せに潰して部屋の隅っこに放り投げて…。漫画に対してあまりに失礼じゃないですか…!!」

「分かりました。本田さんの漫画に対する情熱は分かります。でもあんまりギルを苛めないでください」

「嫉妬ですか?」

「いや、わけわかんねーよ」

「私がギルベルトさんを苛めるのが気に入らないんですね?ギルベルトさんは名前さんだけが苛めていい方ですものね。このドSめ!!」

「帰れ。つか本田さん納豆臭い」

「くさっ!!お父さんくさーいって奴ですか!?私の入った後のお風呂には絶対入りたくないお年頃ですか名前さんんんんん!!!」

「何お父さんぶってんですか。本田さんがさっきからずっと納豆をかき混ぜ続けてるから臭いって言ってるだけでしょーが!!」

「いやぁ。納豆はよくかき混ぜて食べませんとね」


誰かこの年齢不詳ジジイをどこかに追いやってくれ。
リビングは納豆臭いしギルは屍のようになって眠ってるし…


「はぁ…。私仕事行ってきますね」

「朝ごはんをちゃんと食べてからにしなさい。半日もちませんよ?」

「うー…」

「はいお味噌汁も用意しましたから。よく噛んで食べるんですよ」

「はーい」


なんだか故郷のお婆ちゃんを思い出したよ…。
そういえば最近地元に帰ってないしなぁ。
ギルが来てから慌ただしかったし…
ゴールデンウィークに一度故郷へ戻るか。


「ご馳走様でした!それじゃあ行ってきますねー!」

「行ってらっしゃい。私も原稿を書かないといけませんのですぐに帰りますね」

「分かりました。あ、洗い物はギルにやらせますんで置いといてくださいねー!」

「分かりました。お気をつけていってらっしゃい」

「はーい」


着物の袖を反対側の手で抑え、小さく手を振る本田さんに見送られて玄関を出る。
ああは言ったけど、本田さん洗い物して帰ってくれるんだろうなぁー…
なんだかんだ言って心の優しい人だ。きっとギルを休ませてやろうと心遣いをするに違いない。

本田さんらしいなぁ


―――


「ただいまー」


トニーさんの所で買い物を済ませ、家へ帰ってみると夕方で薄暗いというのに電気が灯されていなかった。


「ギル…?って、まだ寝てんのかよこいつ…」


朝と同じようにソファーで眠ったままのギル。
しかし、朝には無かった毛布が体の上にかけられていた。

本田さん…


「ギルちゃーん。起きなさーい」

「ん゛ー…」

「マヌケ顔」


ふにふにと柔らかいほっぺを人差し指で突く。気持ちいー。寝顔だとやっぱり幼く見えるなぁ…。
いつもは我が侭でめんどくさがりでむかつくけど、寝顔はやっぱり可愛いもんだ。


「ギルベルト」


床に膝をつきそっと髪を撫でると、くすぐったそう身じろぐギル。
薄っすらと目を開けて、その赤い瞳で私を見た。


「おはよう。よく眠れた?」

「んぁ…」

「もう夕方だよ?まぁ昨日はあんたを見捨てて悪かったし、今日は家事全部私がやっとくからゆっくりしてって、うぉおおお!?」


いきなり腕を引っ張られバランスを失いギルの上へ倒れこむ。
「ぐえっ」と唸ったギルの腕が、私の腰に回っている。これじゃあ動けない。


「ギルベルトさん?動けないんですけど」

「んー…あれだ。寒いから」

「寒いから何」

「お前が肉布団になr「今から外に吊るしてやろうか?」うっ…」

「ったく…もう一枚布団持って来てあげるから。大人しくして待ってなさい」

「いやだ」

「我が侭プーかお前は」

「寒いし眠いんだよ。寝かせろバーカ」


私の体を抱きこむようにして眠りの体勢に入るギル。
って、これじゃあ晩御飯も作れないんですけど…
腰をがっちりホールドされちゃってるし動けないなぁ。

しょうがない、今日ぐらいはギルの布団になってやるのも悪くないかな。


「でも肉布団って言ったのは許さないよー。起きたら覚悟しとけよコラ」


眠るギルの頬を抓り、にやりと笑ってみせる。


それにしても…ちょっと距離が近すぎやしませんかね、これ…。


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