「あった。パスポート…!」


これを持ってドイツに行けば…ギルに会えるんだ。
ふとカレンダーに目を向けると、ギルが居なくなって既に4日がたっていた。
4日間空けられていた部屋はほんの少し埃が溜っていて。
なんだかんだ言ってもいつもギルが掃除しててくれたからなぁ…。

ソファーに腰を下ろしいつもなら隣にギルが座っているはずの、ぽっかり明いてしまった場所を見つめた。

4日、か。

たった4日間の時間でどれほどギルに会いたいと思ったんだろう。
毎日一緒に暮らして、ここに帰ってくればギルが私の帰りを待ってくれてるとずっと思ってた。
永遠に続く事じゃないかもしれないなんて、最初から思ってた事だったんだ。
だけど、できる事なら

もう一度ギルに会ってちゃんと伝えたいから…


「名前…」

「…アーサー?」

「そろそろ行くぞ」

「…うん」


はにかんで笑って見せると、アーサーは「俺…」と俯いた。


「ねえアーサー」

「…なんだ?」

「私、この一年ですごく弱くなったような気がするんだけど。どう思う?」

「……」

「今まではこの部屋で一人でいる事なんて苦痛じゃなかった。仕事を終えて帰ってきたとき、出迎えてくれる人が居なくでも平気だった。だけど今は、ここに開いちゃったこんな小さな場所でさえ、辛くなる。ここに、ギルが居てくれないと不安になるんだ」

「……」

「ギルに出会って…色んな人との出会いがあって…アーサーと過ごす時間も以前より増えたよね。それがすごく幸せで、これ以上幸せな事なんてないと思ったの。だけどギルが居ないだけで…この場所にギルが居ないだけで…」


ふわりと体をアーサーの両腕に包まれる。


「それでも俺はお前が好きなんだ。俺にとっては、お前が全てなんだ。お前が毎日『おかえり』って言ってくれる事が何よりも幸せで…。そうなる事になったのもあいつのお蔭だと思うと悔しいけど、そんな悔しさも吹っ飛ぶぐらい嬉しくて、どんだけ仕事で疲れて自分が嫌になってもお前が居てくれるだけで全部なくなって……。ああもう、言葉なんかじゃ言い表せないんだよ…」

「アーサー…」

「お前が好きで好きで好きで…どうしようもなく愛してるんだ、馬鹿…」

「……」


額を寄せられた肩に、アーサーの涙がしみこんだ。
泣くまいと必死に堪えて震えるアーサーの髪を優しく撫でれば体を強張らせて、また泣いた。


「あんな野郎にお前は渡せない…。そしてお前を幸せにするのはいつだって俺でありたいんだ」

「…ありがとう、アーサー」

「…だから、さっさとあのプー太郎連れて帰るぞ!悔しいけど、ものすごく悔しいけど、お前の幸せが俺の幸せだからな…!」

「…アーサーだって、ギルの事好きなくせに」

「好きじゃねーよバカァ!」

「泣かないでよー…」

「泣いてねえよ!!これは…心の汗だ!」

「なにそれ…。まったくもう…なんで私なんかを好きになったのかなぁ、アーサーは…。アーサーならもっと素敵な人が居ると思うのに」

「お前以上のやつなんて居るわけないだろ」

「私もアーサー以上に私の事しつこく想ってくれてる人はいないと思うよ」

「男はしつこい生き物だって知ってるか?」

「アーサーを見てて初めて知りました」

「これからもずっとしつこい男でありつづけてやるからな。それでいつか、お前の隣に居る男が俺になれるように…何度だって諦めないんだからな」


ああもう、そんな顔しないでよ。、
私はアーサーの真剣な顔に弱いんだからなぁ…。

きつく抱きしめられたあと額にキスをされた。


「よし…あのバカ迎えに行くぞ!」

「…うん!」


ねえアーサー。アーサーだってもうずっと私を幸せにしてくれてるんだよ。

いつだって困った時は一番に助けてくれるアーサーが大好きで、私の作った料理を美味しいと笑ってくれるアーサーが大好きで。
それまでになかった感情がアーサーに芽生えたのも本当で。

泣き虫でツンデレで意地っ張りで味音痴で眉毛太いし素直じゃないし。

恥ずかしくて言えないけど、いつでも一番に私を想ってくれるアーサーが大好きだよ。


「絶対に諦めないんだからな!!」

「はいはい、分かったよ」

「なんだよその言い方…」

「べっつにー。アーサーらしくていいんじゃない?アーサーのそういうとこけっこう好きだよ」

「す、好きとか…う、嬉しくないんだからなバカァ!」

「いや、顔にやついてる」

「え…」


怒っていながらも頬が緩んでいるアーサーと本田さんの家に戻ってくると、居間で皆が私達を待ち構えている所だった。


「戻ってこられましたか…」

「こっちは準備できたよー」

「俺ももう大丈夫だ」

「うん。それじゃあ皆、行ってきます」


必ずギルを連れて帰って来るからと笑顔で笑って見せてみせると、スーさんがいつものように私の頭を撫でた。


「気ぃつけてない」

「スーさん…」

「名前さん、仕事の事は心配しないでくださいね。僕達で名前さんの分も頑張りますから!」

「ありがとうティノ君…」


この二人になら安心して任せられるよね…。


「名前、やっぱり俺も一緒に行きたいよ…。君を守るのは俺の役目なんだぞ…」

「アルフレッド君…」

「俺だって、俺だって君を守りたいのに…君の傍に居たいのに…」


ぎゅっと握られた拳を振るわせたアルフレッド君の手を取り、そっと手を重ねる。


「私は大丈夫だから。そんなに弱い女に見える?ちゃんと帰ってくるから、その時はいつもの元気なアルフレッド君の笑顔で出迎えてよ。アルフレッド君は笑顔が一番かっこいいよ」

「…そうやって君はいつも誤魔化すんだから…」


体を胸に押し込まれて、息が出来ないほど強く抱きしめられた。
若干なる酸素不足で頭がクラクラしてきたところでアーサーに救出された。


「帰ってきたら、一緒にデートだぞ!映画に行ってハンバーガー食べてゲームセンター!絶対約束だからな!」

「よし。了解。約束ね!」

「お前だけずるいぞこのやろー!」

「俺も名前とデートしたいよ〜!」

「お黙りなさい!名前が帰ってこれば何時でもできるではありませんか!」

「名前、気をつけて行ってきてね…。あとこれ、私だと思って一緒に連れて行って…」

「あの、エリザ…」

「これでギルベルトの事…」

「エリザ…これフライパン…」

「帰らないとかほざいたら思いっきり殴ってやりなさい」

「……」


「さぁ、そろそろ行こっか」


イヴァンの声に、皆に向かってもう一度「行ってきます!」と告げて居間を出る。


「名前ちゃん、ギルの事頼むね。美味しいお菓子作って待ってるからさ」

「はい。楽しみにしてますね」


玄関まで見送りに来てくれた本田さんとトニーさんとフランシスさんに向き合うと、フランシスさんがポンポンと私の髪を撫でた。


「名前ちゃん…」

「トニーさん…?」

「…いや、なにもあらへんよ。帰ってきたら親分に思う存分ギューとチューさせたってや!」

「あぁん?何ほざいてやがんだテメェ。縛るぞ」

「お前こそ飛行機ん中で名前ちゃんに変な事したらどうなるかわかっとるやろうなぁ…。俺の将来の嫁さんに手ぇ出したらぶっ殺すぞワレ」

「なんだって?とうとう幻覚見るようになったのかよお前。思い込みが激しすぎんだよ」

「本物の幻覚見てるお前には言われたくないっちゅーねん」

「テメェ…」

「はいはいそこまでですよ。名前さん、後の事は私に任せてくださいね」

「お願いします」

「あと私からギルベルトさんに伝言をお願いします」

「伝言ですか?」

「私の可愛い名前さんをまた泣かせる事があれば筋肉バスターとカメハメ波をお見舞いします、と」

「……よく分かりませんけど、伝えておきます」

「それから…帰ってきたらまた原稿手伝ってくださいねと、お伝えください」


どうかお気をつけて。優しく私の頬を撫でる本田さんに、微かに記憶の残る父の姿を重ねて涙が出そうになった。


「それじゃあ、行ってきます!」

「行ってらっしゃい」


三人に大きく手を振り、アーサーとルート君と一緒にイヴァンの車に乗り込む。
ここから飛行場に行って飛行機に乗ればドイツまでひとっ飛びだ。
皆があんなに心配してくれてるんだもんね…必ずギルを連れて帰って皆に「ありがとう」って伝えるんだ…!



「……俺ギルがおらんくなった夜、名前ちゃんの話聞いて…一瞬、このままギルが帰ってこんかったら…もしかしたら名前ちゃんが俺の事求めてくれるかもしれんって思ってもたんや…。ほんま、最低やんなぁ…」

「そんな事ありませんよ」

「お前がそこまで本気であの子を好きになるなんて思わなかったなぁ、俺…」

「何言うてんねん。こんなに好きやっちゅーのに」

「だってお前、あんまり他人に入れ込むことしないから」

「俺も変ってん。名前ちゃんに会ってから」

「…さぁ、私達はここであの方々を待ちましょうか。早く帰って来ることを願って」

「…せやな!」







「あ、イヴァンさん!こっちです!」

「準備はできてるよね、トーリス」

「はい」

「名前ちゃん、これ私が作ったパイなの。機内でお腹空いたら食べてね」

「ライナさん…わざわざ来てくれたんですか?」

「うん!だって、私達友達だもんね…!」

「…うん!」

「私が居ないからと言って兄さんに変な事をしたら殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

「ナターリヤちゃん…あの、殺気消してくれるかな…」

「気をつけてくださいね名前さん。旅客機に比べて少し揺れると思うので」

「…けど時間は断然早いと思います。頑張ってください…!」

「ありがと、エドァルド君、ライヴィス君」


四人の見送りで飛行機の中に乗り込むと、操縦席にトーリス君とフェリクス君の姿があった。
って…


「う、運転って二人がするの!?」

「なんか問題でもあるん?こう見えても飛行機の運転とかちょー得意だし!」

「大丈夫ですよ、ちゃんと免許持ってますから…」

「…二人っていったいどれぐらい乗り物運転できるの…?」

「さぁ…数えた事はないですけど…機械で動く物ならだいたいのものは動かす事ができると思いますね」

「……」


恐ろしい子達…!


「それじゃあ、出発します!」

「シートベルトをお締めください、だしー」

「本当にこれでドイツまで行けるのか…?」

「やだなぁルートヴィッヒ君。僕が乗ってるのに墜落するわけないよ」

「妙な説得力だなオイ…」

「しかしこれで兄さんのところまで行けるんだな…。はたして会わせてもらえるんだろうか…」

「大丈夫だよ、きっと。なとかなるって!」

「お前のその自信はいったいどこから湧いてくるんだ…!ったく、そういうところは兄さんによく似ているな…」

「ギルのが移っちゃったんだよ」


ニヤリとからかうような笑顔を浮かべると同時に機体がスピードを上げ、数分後にはふわりと浮く感覚と共に青い空へ飛び上がった。

これでギルに…ギルに会う事ができるんだ…。


「やっぱり飛行機の中ではウオッカだよね。あ、名前も飲む?」

「緊張感無いなぁオイ!」

「俺ももらおうかな…」

「アーサーは絶対に飲むなぁああああ!!!」


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