「おい貴様!!兄さんはどこへ行った!?父にどんな命令をされたのか吐け!」 「ちょっ、ルート君…!」 「フン。貴様らに話す事は何もない。さっさと帰るのである」 「お願いします!ギルが今どこに居るかだけでも教えていただけませんか…!?」 「断る。吾輩の任務は終了したのであるからな」 「任務っていったい…」 ギルを連れて行った、あの時と同じ視線で私を見下ろすバッシュという男に足が震えた。 「お久しぶりですね、バッシュ」 「…貴様は…ローデリヒ…!」 「覚えておられましたか。相変わらず物騒な事をしているようですね、お馬鹿さんが…」 今にもバッシュさんに殴りかかりそうなルート君のを制するように前に立つローデリヒさん。 やっぱりこの二人知り合いだったんだ…。 「貴様が何故この連中と居るのだ」 「私が厄介ごとに巻き込まれるのはいつもの事ですよ」 「自分から巻き込まれに行ってるようにしか思えないのであるがな」 「貴方こそ随分人が変ったようではありませんか…。昔の貴方は性格が厳しくもありましたがいつも自分の正しいと思った事を突き通す…そんな人でしたのに…」 「煩い…!貴様に吾輩の何が分かるのである!!」 「分かりますよ」 「分かるはずはない!!」 「いいえ…分かります」 「貴様ァアア!!」 「お兄様…!」 ローデリヒさんに拳を上げようとしたその腕に飛びつくようにして阻止したリヒテンちゃんが、「やめてください…」と小さく呟いた。 「リヒテン…何をするのであるか…!」 「もうやめましょう、お兄様」 「なっ…!」 「私、もうお兄様が苦しそうにしている姿を見たくありません…。お兄様が誰かの心を傷つけている所は、見たくないのです…」 「リヒテン…?」 「名前さんと同じなんです、私も…」 「同じって…」 「私も理由があって、お兄様に拾われた身。お兄様と共に暮らして幸せという物を感じました。これからもずっとお兄様と一緒に暮らしていたい…それが私の願いなのです。それはきっと名前さんと同じ…もし私がお兄様と離れる事になったらどれほど悲しみで泣き崩れてしまう事でしょうか。きっと、きっと幸せな今の私には想像もつかない程の痛みなのでしょう…。お願いします、お兄様。これ以上名前さんを傷つけるのはもうやめてください。お兄様が辛そうにしているのも、これ以上見たくありません…!」 「リヒテン…お前…」 「私の事を思ってくださるのなら…どうかお願いします。お兄様…」 ゆっくりと下ろされた腕が薄っすらと涙の浮かんだリヒテンちゃんの肩をそっと引き寄せた。 「お前がそんな事を思っているなんて…思いもしなかったのである…」 「私は、お兄様と居られるだけで幸せなのです…」 「…そうか…」 「あー…感動シーンの所悪いが、兄さんの事を教えてくれないか…」 「ルートヴィッヒさん、あなたと言う人は…!この兄妹愛を目の前にして…!空気を読みなさい!」 「こんな状況でそういう事を言えるお前の方がよっぽど空気が読めないと思うがな…」 「仕方がない。吾輩の知っている事を話してやるのである。しかしこれは貴様らの為ではなくリヒテンの為だという事を覚えておくのだな」 「皮肉れた所も相変わらずのようですね」 「貴様には言われたくないのである!!!」 これでギルの情報が手に入る…。 アーサーに握られたままの手の平に力を込めた。 「ギルベルト・バイルシュミットは現在ドイツにある実家で父親の元に居る」 「ご実家、ですか…」 「吾輩が奴の父親に命じられたのは監視と指示があった時奴を父親の元に連れ戻す事なのである。それ以外の事は一切関与していない」 「一年前にギルに傷を負わせたのは貴方ですか…?」 「あぁ。警告のつもりだったのだが少し手荒にしてしまったのである」 「お兄様もこの一年でとても丸くなられましたものね…。以前までとは大違いです」 「よ、余計な事を言うでないリヒテン!」 その時は今よりもっと冷酷で荒っぽかったって事? 恐ろしい…。 だけど、バッシュさんのお蔭でギルが今どこに居るのかが分かった。 ドイツに行けば、直接ギルに会って話をする事ができるんだ…。 「まぁ簡単に奴に会えるとは思わんがな」 「それは…充分分かっている」 「バッシュさんは…この事を私達に話しても大丈夫なんですか?」 「貴様に心配される筋合いは無い」 「心配しなくても大丈夫という意味ですよ、名前さん」 いちいち冷たい言い方で分かりにくい人だな…。 「今後の事は貴様らでどうにかするのだな。吾輩が言える事はここまでだ」 「はい。ありがとうございました」 深々と頭を下げ、お礼を述べる。 次に顔を見上げた時、またあの冷たい視線で見下ろされる事を覚悟していたけど… すこし呆れたような目で、「あんな男の為にここまでするとはな…お馬鹿さんなのである」と、小さく溜め息をつかれた。 お馬鹿さん、か。口癖がローデさんと同じだなぁ…。 リヒテンちゃんにも「本当にありがとう」とお礼を言うと、「ギルベルトさんが無事戻ってこられる事を祈っています」と天使のような微笑で笑ってもらえた。 これで、ギルの居場所は分かった。 後はどうすれば直接ギルに会うことができるのかを考えないとね…。 大丈夫、皆もこんなに協力してくれてるんだから…。 ルート君が「俺もちゃんと腹を括らないとな…」と、本田さんの家の縁側で半分に欠けた月を眺めながら呟いた。 「私も、向き合わなきゃいけないな」 「何に、だ…?」 「ううん。なんでもないよ…」 「…兄さんは今頃何をしているんだろうか…」 「確か…ドイツは時差が8時間だから…。今頃お昼ごはんも食べ終わってぐーたらしてるんじゃない?」 「そこまでデリカシーのない人間じゃないとは思うが…その方が兄さんらしいな」 「もしかすると寂しくて泣いてるかもねー。あいつ一人が嫌いだから」 「お前と暮らすまではずっと一人だったはずなのだがな…」 「本当にね。なんでだろ。私も同じだなぁ…。一人って、こんなに寂しいものだったんだ…」 「…お前は一人じゃないだろう」 「……うん。そうだね。ありがとう、ルート君」 今頃ギルも、「一人楽しすぎるぜー」なんて強がってるのかな。 人一倍、一人でいる事が嫌いなくせに。 すぐ会いに行ってやるんだから、覚悟してなよね…ギル。 . ←|→ |