「……ん…」

「名前さん…」

「……本田…さん…?」

「えぇ。大丈夫ですか?どこか具合の悪い所は…」


薄っすら目を開き、体を起こそうとした私の背を支えるようにして腕を回した本田さん。
畳にこの日本家屋特有の造りの家は…ここは本田さんの家なのか…。


「アントーニョさんが血相をかいてここに飛び込んできたんですよ。いったい何が…」

「ギルが…」

「ギルベルトさん…?」

「本田さん、ギルが…ギルが知らない男に連れられてどこかに行ってしまったんです…ドイツに帰るからって、俺の事は忘れろって」

「落ち着いてください名前さん。大丈夫です、深呼吸をして…ゆっくり離してください」


ゆっくり背中を擦る本田さんの動きに合わせて大きく呼吸をする。

そうか、私さっきトニーさんに会ってから気を失って…。
それほど気が動転してたって事か…。当たり前だよね。今でもまだ、頭の整理がつかない。


「名前ちゃん起きた!?うわぁああ良かったぁああ!ほんま心配したで〜!どこも痛ない?」

「うん…トニーさんが運んでくれたんだよね…ありがとう」

「ほんばビックリしたで〜。とにかくどこかに運ぼうと思ったら名前ちゃん家行くより菊んとこ行った方が早かったからなぁ」


どないもなさそうで良かったわぁ、そう笑って私の髪を撫でるトニーさんの笑顔とギルの笑顔が重なって、涙がぐっとこみ上げてくる


「名前さん…いったい何があったのですか?ギルベルトさんにいったい何が…」

「私にも分からないんです…。いつものように夕飯の準備をしていたら玄関のチャイムが鳴って…。アーサーが帰ってきたのかなぁなんて出てみると知らない男の人が立っていたんです。ギルを迎えに来たって」

「ギルベルトさんを…?」


今までに起こった事全てを本田さんとトニーさんに話す内に自分の頭の中も幾分か整理がついてきたような気がする。

確かあの男の人…ギルの父親がどうのって言ってたよね…。


「話からすると…ギルベルトさんは親御さんの元へ戻られたという事でしょうか」

「はい」

「そうですか…。家庭の事を話さない人だとは思っていましたが…」

「けどギル、家を飛び出したって言ってたで?」

「本当はもう戻らないつもりだったんでしょうね。何の理由があるかは分かりませんが、戻らなくてはいけない理由ができた。名前さんから聞いたギルベルトさんの台詞からすると、ギルベルトさんは何かを守るために自ら家に戻ることを決心したのでしょう」

「けどギルの家って…」

「調べる必要があるようですね…」

「あぁ…。とりあえず俺はギルの弟に連絡するわ」

「ルート君…。そうだ…最後にギル、ルート君の事頼むって…!」

「ルートヴィッヒさんを…?」

「はい…。辛い事があったら本田さんとアーサーを頼れって。二人なら安心して任せられるから…それからルートヴィッヒの事頼むって」

「………あの馬鹿は何を言っているんでしょうかねぇ…」


本田さんのこめかみに青筋が立つのが見えた。


「ともかく疲れたでしょう名前さん。今日はお休みになってください」

「こんな状況で寝てられませんよ…。さっきより随分落ち着きましたし…」

「相当なショックだったんでしょうね…。貴方にとってギルベルトさんの存在がどれほど大きな物だったのか、きっと計り知れないほどなのでしょう」

「……」

「今はゆっくりお休みなさい。ギルベルトさんが貴方を野獣がいつでも飛びついてこられるような環境に貴方を放っておけるはずがないでしょう?きっと、大丈夫ですよ。明日はお仕事のお休みさせていただけるよう私が連絡しておきますから。それとアーサーさんにも来ていただきましょうね。きっとその方が貴方も安心できるでしょうから」

「ありがとうございます、本田さん」


子供をあやすように着物の袖で私の背中を覆い、反対の手で頭を撫でる本田さん。

今は、本田さんの言葉を信じて大人しく休んでいよう。
まだ頭が少し混乱しているから、少し休めばきっと大丈夫。


「おやすみなさい、名前さん」

「おやすみなさい本田さん」



明日の朝。いつものようにギルに「おはよう」と言って…こんな事は全て夢だった、なんて事になればどれだけ幸せなのだろか。



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