「それじゃあ行ってきます」

「…」

「そんなふて腐れた顔しないでよ…。そんなに遅くならないと思うから」

「ギルベルトさん、ちゃんと名前さんをお見送りしてあげないと…」


ソファーの上でクッションを抱えるギルの肩に手を添える本田さん。
昨夜「明日アーサーのお父さんに会ってくるね」と告げると瞬く間に機嫌を悪くし、一切私と口をきこうともしなかった。


「これ、ギルベルトさん」

「いいですよ本田さん。じゃあ行ってきますね。後の事お願いします」

「ええ、いってらっしゃい」


やれやれと言った様子で小さく溜め息をつく本田さんに苦笑いを浮かべ玄関を出る。
まぁ何かお土産でも買って帰れば機嫌直すでしょ。


「準備いいか?」

「うん」


マンションの下に停めてあったアーサーの車に乗り込み、車を走らせる。
毎日通っている道の近くを車で通り、高く聳え立つ大きなビルの駐車場へと入る。


「うわぁ…ほ、ほんとに私入ってもいいの…?」

「いいに決まってんだろ」

「いいのかなぁ…」


私服OKな会社とは言えなんだか悪目立ちしてるような気がするなぁ…。
さっきからすれ違う人がこっち見てるし…。
あぁそうか、アーサーと一緒に居るから目立つのか…。


「カークランド様」

「ボスに用がある。約束はしてあるんだが…」

「畏まりました。承っております」


数字が二桁ある階までエレベーターで昇り、秘書らしき美人な女の人の元へと足を運ぶ。
アーサーと話していた美人さんがこちらをジロりと見て「なんだこいつ」といった視線を送った。
すみません。部外者ですみません。場違いですごめんなさい。


「ほら、来いよ」

「あ、うん」


視線が痛いです。
あれかな…あの人とアーサーは一緒に仕事しているわけだから…。
「カークランド様、おやめください…」「誰も居ないんだからいいだろ」「だめです、ここは会社ですよ…」なんて展開に…。


「なにボーっとしてんだよ」

「オフィスラブってやつ…?うちじゃありえないなー…」

「はぁ?」


わけが分からないといった顔をして頭の上にクエスチョンマークを浮かべるアーサー。
いけないいけない、変な妄想が入ってしまった。
本田さんの影響かなぁ…。
ほんと最近色々周りに感化されてる気がするよ…。


「ついたぞ」

「ここが…」


うわ、なんだか急に緊張してきた…!
よく考えたら私今世界的に有名な人に会いに来てるんだよね…!?
アーサーやアルフレッド君のお父さんとは言えこれは緊張せずには居られないよ…!!


「ちょっ、ちょっと待ってアーサー!心の準備が…!」

「心の準備?そんなの必要ないだろ」

「空気読めよバカァ!お前は大丈夫かもしれないけど私がどんだけ緊張してるか…!」

「ったくしょうがねーな…後でケーキかってやるから我慢しろよ。な?」

「いや意味わかんねーよ!!確かに今ケーキ食べれば落ち着くかもしれないけど!!ああもうアーサーのドアホ!!」

「アホって言ったやつがアホなんだよバカァ!」


私の髪をぐりぐりと撫でるアーサーの横腹を殴ると蛙を潰したような「ぐえ」とう声が出た。
私はピーター君じゃないぞ…!!


「それじゃあ入るぞ」

「うん…」


アーサーがコンコンと扉を叩くと、中から「どうぞ」という低い声が聞こえた。


「親父、連れてきたぞ」

「し、失礼します…」

「やあ!久しぶりだね名前ちゃん!」

「え、あ、え…?」


扉の向こうで両手を広げて待っていたおじさん…。
こ、この人がアーサー達のお父さん…!?
か、かっこいい…。ハリウッドスターみたい…!
でも久しぶりって…。


「あの、失礼ですけどどこかでお会いした事は…」

「あぁ、君はあの時眠ってしまっていたからなぁ。息子たちの誕生日パーティーに来ていただろう?酔って眠ってしまった君を運んだのは私なんだよ」

「ええええ!?」

「ハッハッハ。あの時は眠って目を閉じていたしよく分からなかったけど確かに可愛いなぁ。息子達が君の話をよくする気持ちがよく分かるよ」


確かアルフレッドがそんなこと言ってたような…。
にっこりと白い歯を輝かせるパパさんに「HAHAHA…」と空笑を浮かべた。
でも気さくそうな人で良かった…。流石はあのアルフレッド君のお父さんだ。


「まぁ食事も用意してあるからゆっくりして行ってくれ。と言ってもうちの場所が会社なのが申しわけないんだがね」

「いえ、素敵なお部屋ですね。置物もとっても素敵だし」

「OH!君は見る目があるね…!これは1960年、あの有名な映画スターが実際に映画で使ったグラスなんだよ…!」

「親父、自慢話はいいから…」

「あぁ…すまなかったね。つい趣味の事になると夢中になってしまうんだよ」


照れくさそうに笑う顔がアルフレッド君ソックリだった。
彼らの映画好きなところもお父さんに似たんだろうね。


「しかしまぁ…。私の大事なアーサーがなかなか良い相手に巡り会えないものだとばかり思っていたが…。まさか彼女がその相手だったなんてな」

「う…」

「えっと、私はそんなんじゃなくて…」

「でもアーサーが大切な人を紹介するって言ってたぞ?違うのかい?」

「いや、えーっと…」


へ、返答に困るなぁ…。
どう答えればいいんだ…。


「親父」

「なんだ?」

「前にも言ったかもしれないけど…俺はこの会社を継ぐ気はないんだ。できればこいつと…名前と一緒にイギリスで暮らしたい」

「ちょ、アーサーァアア!?」

「急に何を言い出すかと思えば…。お前以外に誰が後を継ぐと言うんだ?」

「アルフレッドやマシューが居るだろうが。俺よりあいつらの方が向いてるしな」

「いや、向いていない。リーダーシップがあるのは事実だが先頭に立ち広い視野で物事を把握する能力はお前の方が長けているはずだ」

「でも、俺は…」

「あの…私の気持ちは無視…?」

「それにイギリスに帰ってどうするって言うんだ。会社でも興すのか?」

「いや、二人で雑貨屋でも開いて静かに暮らしたいと思ってる」

「そんなもので暮らしていけるものか」

「できるに決まってんだろ。俺を誰だと思ってんだよ…」

「あのーちょっとー?」

「確かにお前には事業で必要な事は殆ど教えつくしたさ。才能だってあるのにそれを生かさないのは勿体ないんじゃないのかい?」

「仕事なんかよりもっと大切な事があんだよ。親父だって分かるだろ」

「勿論分かるさ。お前たちの為なら会社を潰して全財産を捨てても良いと思っている程にな」

「俺も、地位もプライドも何もかも捨ててでも名前と一緒に居たいと思うんだよ…」

「アーサー…」

「え…私の存在無視?ああもう人の話聞かない親子だなぁもぉおおおお!!!」


私の声聞こえていないわけじゃないよね!?
っていうかなんでアーサーいきなりこんな事…。
何かの糸が解けたかのように色んな告白をして…。
いったいどうしたって言うんだろう。


「今すぐにとは言わない。まだまだ先の事になるかもしれないし、もしかすると叶わない事…いや、絶対に叶えてみせるけどな。だけどその時が来るまでは親父に恩を返すためになんだってする」

「そうか…」

「親父に前もってはちゃんと話しておきたかったんだよ…。母に言うと何を言われるか分からないしな…」

「そうだろうなぁ。彼女ヒステリックなとこあるから」

「ピーターが生まれて随分ましになったけどな…」


あれ…これ私の存在完全に忘れられてない?
もういいや。出された料理も豪華で美味しそうだし黙々と食べていよう。
アーサーの意見なんて知るか。私の気持ちも聞かず好き勝手言いやがって。

その後もアーサーとお父さんが話を繰り広げている隣で料理を食べ続けた。
いやぁ、本当に美味しい。流石は社長さんだなぁ…毎日こんな美味しいもの食べてるのか…!
デザートもあるのかな…楽しみだ。





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