「ちょっと散歩に行ってくるねー」 「おぉ」 適当にコートを羽織り、イヴァンからもらったマフラーを首に巻いて玄関の扉を閉めると頬を刺すような冷たい風を肌に感じた。 昨日の事からまだ引きずってるというか…調子でないというか…。 トニーさんが私を好き、なんて。 嬉しい。嬉しいんだけどさ、この先どうすればいいものか…。 「散歩でもすれば頭もスッキリするでしょう…」 歳が明けてまだ四日目という事もあってか、まだ街中はざわざわと浮き立っているように見えた。 エリザのお店にでも行こうかな…。 「おーい、名前ちゅわーん」 「ひぃいい!!ふ、フランシスさん!?いきなり後から耳元で呟かないでくださいよき持ち悪い!!」 「気持ち悪いって…お兄さんの甘い囁きの色っぽさが分かんないかなぁ名前ちゃんには」 「分かりたくもないです」 「ハハッ!泣いていいよねー!?」 オーバーなリアクションで目元を押さえて空を見上げるフランシスさんに大きく溜息が漏れる。 「あ…。明けましておめでとうございます」 「うん、おめでとう。実家はどうだった?」 「楽しかったですよ。皆で餅つきしたり初詣に行ったり」 「いいなぁ…お兄さんなんてトニーと二人でむさ苦しい年明けだったのにー」 「と、トニーさんと…」 「え…なんでそこで赤くなんの…?」 あらあらと私の顔を覗くフランシスさん。 私が何も言えないで俯いていると、腰を曲げて私と身長を合わせてニッコリ笑い、「近くにいい場所があるんだ。美味しいお菓子食べさせてあげるから一緒においで」と私の髪を優しく撫でた。 「あの、フランシスさん…ここは…」 「んー。最近ちょっと手伝ってるケーキ屋さん。知り合いに無理矢理頼まれて時々手伝いに着てるってわけさ」 「フランシスさん…ちゃんと働いてたんですね」 ちゃんとじゃないけどね、と子供のように笑ったフランシスさんがお店の鍵を開け、誰も居ないお店の中に招き入れてくれた。 お休みなのに勝手に入っていいのかな…。 「さーてと。このエプロンつけて」 「え…」 「久しぶりにお兄さんと一緒にお菓子を作らない?名前ちゃんがどれだけ腕を上げたか見てあげるからさ」 「今からですか?だけどそんなに上達してないと思いますけど…」 「いいからいいから!」 言われるままにエプロンを身につけて水道の水で手を綺麗に洗う。 何でこんな事に…。 「じゃあ今日はチュロスを作ろっか。まず牛乳とバターと塩を火にかけて〜」 「はーい」 フランシスさんに言われるがままにコンロの前に立ち、料理を始める。 フランシスさんは他のお菓子を作るようで、何かを泡だて器で混ぜていた。 「じゃあ絞り袋で生地を絞って…そうそう、油の中にゆっくりと落とすんだ」 「はい」 料理をしているうちに、トニーさんのことで悩んでいたことなんてすっかり忘れてお菓子作りに没頭していた。 出来上がった私の作ったチュロスと、フランシスさんの作ったマカロンを可愛いテーブルの上に並べ、淹れたてのストロベリーティーも並べる。 「美味しそう…!」 「それじゃあ早速いただいちゃおうか」 「はい!いただきまーす」 まず一口目に自分の作ったチュロスをぱくり。 甘くてサクサクとした食感に自然と笑みがこぼれた。 「おぉ…!すっごい美味しいよこれ」 「ほんとですか!?嬉しいなぁ…また今度家でも作ってみよう。ギルやアーサーにも食べさせて…」 「おぉー。いい笑顔。やっぱり名前ちゃんはその笑顔じゃないとダメだよなぁ」 「え…」 「トニーと何かあったんだろ?名前ちゃんは一人で悩みこんじゃう事多いと思うしさ。お兄さんがなんでも話聞いてあげるから」 そう言って頬杖をつきながら私の頭をポンポンと撫でるフランシスさんに涙腺が緩んだ。 「ふ、フランシスさぁああん!!」 「おーよしよし。その様子じゃかなり悩みこんじゃってるみたいだなぁ…。トニーに何かされたのか?」 「う…あの…キス、されて…好きだって」 「な、なんだってぇえええ!?え、ちょっ、あいつがそんな事しわのか!?」 「うん…」 「うわー…もうちょっと冷静なやつだと思ってたんだけどなぁ、トニー…」 「トニーさんが風邪で熱出してて…それで…」 「あー、欲望が抑えられなかったってわけか…」 驚いた表情を見せた後に、はぁと大きく溜め息をつくフランシスさん。 「それで、名前ちゃんはどうしたいの?」 「どうしたいって…それが分からないんですよ。トニーさんは答えが欲しいわけじゃないって言ってましたけど…。なんだかこのままじゃ自然と振舞えそうになくって…」 「名前ちゃんはさ、トニーに告白された時どう思った?」 「どうって…びっくりして…」 「ドキドキした?」 「し、ました」 「嬉しいって思った?」 「嬉しい、とは思いましたけど…」 「でもトニーと付き合うとか、そんなのは考えられないんだろ?名前ちゃんにとって今こうやって皆で楽しく過ごすこの現状は幸せなことで、それを崩してしまうかもしれない事が怖い。だけど自分の気持ちに整理がつかなくって悩んでる…違う?」 「フランシスさん…エスパーですか…」 「恋のエキスパートさ!」 「うわぁ…自分で言ってるよこの人…」 「ともかく…。今思ってる事、明日トニーの家に行ってあいつに伝えてみればいいと思うよ」 「今思ってることって…」 「ドキドキした。嬉しかった。それと今皆で楽しくしてるのが一番幸せなんだって」 きっとトニー、すごく喜ぶと思うけど?と立ち上がって持ち帰り用のケーキの箱を持って来たフランシスさん。 残りのチュロスを箱の中に入れ、私に渡すと「なにかあったらお兄さんが助けてあげるからさ」と肩をポンポンと叩いた。 「フランシスさんは…なんで私にそんなに優しくしてくれるんですか…?」 「んー…まぁ親友の恋を応援してるってのもあるんだけどさぁ…。名前ちゃんは放っておけないというかさぁ。なんだろうなぁこの気持ち。きっと愛だよ、愛!」 「……」 「え、ちょっ、なんで無言になるの!?」 「愛とかはいらないですけど…ありがとうございます。実はフランシスさんって本当はすっごく優しい人ですよね…」 「女の子限定だけど」 フランシスさんに渡された箱を持ち、家の近くまで送ってもらった。 帰ってくフランシスさんに、「フランシスさん!ありがとう!」と叫ぶと二へヘと笑って投げキスを送られた。 フランシスさんのおかげで決心ができた。 明日トニーさんの家に行って、私の正直な気持ちを伝えよう。 「おい名前、このチュロス食ってもいいだろ?」 「絶対ダメ!!」 「うおおおお!?なんでそんなに怒るんだよ!?」 「絶対ダメだからね!!食べたら夕飯抜きにするから!!」 「こえー…。ん…チュロスと言やぁ、トニーのやつチュロス好物だったな…」 「え…」 フランシスさん…その事知ってて私にチュロスを作らせたのか…。 なんだか一杯食わされた気がするなぁ…。 だけど、これを持って明日トニーさんの家に行くんだ。 もう後戻りはしないぞ!! 「よぉおおし!!やるぞぉおお!!」 「うおおおおおお!?なんでいきなり叫んでんだよぉおお!?」 「ファイッオーー!!」 「……正月からやってる病院あったっけ…」 「黙れ芋野郎」 . ←|→ |