「年末ね…」

「エリザはお正月何か予定入ってるの?」

「ふふふ。ローデリヒさんと一緒にピアノのコンサートに行くの」

「へぇー…二人って実はもう付き合ってるんじゃないの〜?」

「やだっ!!そんなんじゃないわよ名前ったらもう!!!」

「ゲフォッ!!」


頬を赤く染めたエリザに背中を思いっきり殴られて思わずケーキに顔面ダイブをしてしまう所だった。
本人は強く殴った自覚は無いらしい。
恋する乙女って…。


「名前は明日から実家だっけ?戻ってきたら一緒に初詣に行きましょうね」

「うん!大掃除も準備も終わったし一安心だなぁ。あとはこれをイヴァンに渡すだけ!」

「喜んでくれるといいわね。もうそろそろ約束の時間なんでしょ?」

「うん。ちょっと遅くなるかもしれないって言ってたんだけどなぁ…。そういえばギルどこ言ったんだろう」

「あぁ…。あそこでローデリヒさんのピアノ聞きながら邪魔してるみたいね。引っぱたいてやろうかしら」

「どこからフライパン出したの!?それで殴ったら引っ叩くぐらいじゃすまないから止めてあげて!!」

「名前は甘すぎるのよ…。甘やかすとよくないわよ?すぐ調子に乗るんだから」

「うーん、私もちょっと甘やかしすぎかなぁとは思うんだけど…つい」

「すっかり情が移ってるわね…。まぁ私の可愛い名前に変な事をしないならそれでいいわ」


笑顔で溜め息をついたエリザが私の頬を優しく抓り仕事へと戻ってった。
優しい親友が居て幸せだよね、私も。


「こらギルー。ローデさんの邪魔しない」

「名前!!ペットの躾はちゃんとなさい!」

「ペットじゃねえ!!このアホ毛抜くぞこら!!」

「おやめなさいお馬鹿!!ちょっ、やめなさい!!」

「ギル。明日実家に帰るときギルだけ置いて行くよ」

「う…」


ローデさんのくるんとした毛を離したギルは「チェッ」と口を尖らせた。
まったく…一緒に連れてくるんじゃなかったな。


「おい坊ちゃん、席代われ。俺が弾いてやるよ」

「何を言ってるんですかお馬鹿。私のピアノですよ」

「っていうかギル弾けるの?」

「まぁな!!少しは齧ったことあるぜ」

「うわぁ、初耳。ローデさん、ちょっと弾かせてやってくださいよ」

「しょうがないですね…。酷い音色を出したら即退場させますよ」

「その必要はねーぜ!!」


ローデさんが立った席に座るギル。
ポンポンと適当な鍵盤を押して確かめたように頷く。
少しぎこちなく動く長い指で演奏された曲は聞いたこともないようなメロディーで、なんだかとても寂しい曲だった。
もちろんローデリヒさんと比べたらぎこちないし鍵盤になれてないし。
だけどギルがピアノ弾けるなんて…ビックリだなぁ…。


「どうだ!」

「びっくりした。ギルちゃんと弾けるんじゃん!」

「まぁ想像していたよりはましでしたね。しかしあんな曲よく知っていましたね」

「マイナーなんですか?」

「えぇ。有名とは言えませんね」


へぇ…。なんだかギルの意外な一面を見た気がするなぁ…。


「ギルベルト君は誰にピアノ教えてもらったの?」

「イヴァン!」

「ごめんねー名前、遅くなって」

「ううん、大丈夫だよ」

「あ、僕紅茶お願いねエリザベータ」

「えぇ」


もこもことしたマフラーを巻いたイヴァンがテーブルにつき、向かい合うようにして私も椅子に座る。
鞄からプレゼントを取り出し、イヴァンに渡す。


「わぁ…!ありがとう名前〜!!覚えててくれたんだね」

「もちろん!こっちこそ綺麗なお花ありがとね」

「喜んでもらえて嬉しいよ。僕も行きたかったなぁ、クリスマスパーティー」

「仕事だったんだよね?年末で忙しいんだからしょうがないよー。あ、今は大丈夫なの?」

「うん。トーリス達に任せてあるから大丈夫だよ」

「そっか」

「ね、これ開けてみてもいい…?」

「もちろん!」


嬉しそうにプレゼントの綺麗に包み紙を開いたイヴァン。
中に入っていたプレゼントに子供のように目をキラキラ輝かせた。


「マフラー!!それに手袋も!」

「イヴァンと言えばやっぱりこれかなぁって。手作りじゃなくてごめんね?手編みマフラーはちょっと…苦い思い出があるから」

「うわぁ…ありがとう名前。すごく嬉しいよ」

「一日早いけど誕生日おめでとう、イヴァン」


つけていたマフラーの上から今あげたばかりのマフラーを被せるように巻き、下から引っ張るようにしてつけていたマフラーを抜き取るイヴァン。
…首見せたくないのかな…。


「名前にはこっちのマフラーあげるね」

「え、いいの?」

「僕のお古だけどね。交換してつけてるとなんだかもっともっと仲良くなれる気がするんだー」

「今でも充分仲いいじゃん」

「そうだね。名前の誕生日には他の誰よりもたくさんお祝いしてあげるね」


頬をピンクに染めて満面の笑みを見せたイヴァン。
喜んでもらえて本当に良かった。
マフラーなんて沢山持ってそうだけど…。
これだけ喜んでもらえるなんてすっごく嬉しいなぁ。
それから二人で随分話しこんでしまい、気がつけば少し遅い時間となってしまった。
私の知らないうちにエリザに殴られてのびてしまったらしいギルを見て、イヴァンが車で送って行ってくれると言ってくれたのでお言葉に甘えることにした。
外に出ると、空からはちらちらと雪が降り始めているところだった。

どうりで店内でも少し寒かったわけだ。
トーリス君がここまで車を回してくれるのを待っている間、ぼんやりイヴァンと空を見上げた。


「僕ね、雪って嫌いなんだ」

「そんな事言ってたね」

「僕の国では雪が沢山あって、それは人を殺す凶器にもなる。寒くて寒くて、凍えそうなのに雪は降り続けるんだ」

「それは怖いね…」

「寒いのも嫌だし」

「今も寒くない?」

「うん、さっきまで寒かったんだけどね。名前のくれたマフラーがあるからもう寒くない」

「イヴァンがつけてたこのもこもこのマフラーの方が暖かそうなんだけどなぁ」

「あったかい。雪が溶けるぐらいに」


腕を空に掲げたイヴァンの手の平に雪が落ちて、溶けていった。


「名前は暖かいよね」

「暖かい、かな…?」

「うん。僕の始めての友達。僕の心を暖めてくれるのは名前なんだ」

「そっか。なんだか嬉しいな」


ギルを支えている手を離さずにイヴァンのコートの裾をきゅっと握り締めると、その大きな体で包み込まれた。



「本当は、こんなはずじゃなかったのにな」


悲しさと嬉しさと、色んな感情が入り混じったような表情で苦しそうに笑う。
ぎゅっとコートにおしつけられて、ギルを支えていた手が離れてしまった。
気を失っているギルはそのまま重力に任せてずるずると私の体をつたって地面へ転がった。


「い、イヴァン…?」

「トーリス、来たみたいだね」

「え?あ、ほんとだ」

「しょうがないから僕がギルベルト君を運んであげるよ。僕って優しいね」

「ありがとう」


乱暴にギルを引き摺って車の中に放り込んだイヴァンは、いつもと変わらない笑顔を浮かべて「トーリス、名前のマンションに言ってね」と運転席に伝えた。

さっきの言葉…なんだったんだろう…。

車の中で「フライパンはやめて!!」と目を覚ましたギルと一緒に部屋まで戻り、いつもどおり夕飯を食べる。
明日は実家に帰る日だし早く寝ないとね!
だけどあのイヴァン、なんだかいつもと違う雰囲気だったけど…。
あまり気にしないほうがいいのかな。
うん、そうだよね。プレゼントも喜んでもらえたしそれでいいじゃないか。

さてと、早く寝ますか。


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