「初めましてアーサーさん」


いや、今朝から妙に嫌な予感はしてたんだ。
名前と一緒に仕事に出かけようと隣のインターフォンを鳴らせば眠そうなギルベルトが「あぁ?さっき行ったぜ」と無愛想な顔を見せるし、おまけに走って追いつこうとして(いや、どうしても一緒に行きたかったとかそんなんじゃないからな)名前にもらったマフラーを忘れてくるし。

だけどいきなり仕事を早く切り上げさせられ、有名なホテルのレストランをわざわざ時間指をされてまでこんな事になるとは思わなかった。

そこに座る予定と聞いていた上司の席には見ず知らずの女性が座っていて、窓の外にはつい先日名前と見たものと全く同じ夜景。

どうしてこんな事になったんだよ…!!!


「あー…失礼ですが貴方は…」

「あら、もしかして今日の事をご存知ではいらっしゃらないのですか?」

「はい」

「私は貴方のお義父様…ジョーンズさんからの紹介で本日貴方とお食事をさせていただけると聞いてこちらに来たのですが…」


親父…!!!
とうとうやりやがった…。まさか本気だとは俺も思ってなかったぞ!?
ちくしょう、これも全てアルフレッドのせいだ!!
何もこれが初めての事じゃないから余計に性質が悪いぜ…
あいつが親父にあんな事言わなかったらこんな事にはならなかったのに…。
ちくしょう、さすが血のつながった親子は違うよな…あの強引さは親子ソックリだ…!!

綺麗に着飾って化粧も衣装も隙が見えない女はにっこりと笑って自己紹介を始めた。
名前からして親父の友人の娘ってとこだよな…。
尚更ぞんざいな扱いはできない。
ああもう…今日は早く帰ってあいつのとこでゆっくり夕飯を食べようと思ってたのに…!!


「アーサーさんはお休みは普段どんな事をされているんですか?」

「あ…。仕事が忙しく休日も返上で仕事をしている事が多いのですが…。友人、の所で一日を過ごす事が多いかと思います」

「あら、それは男性のご友人?」

「……」

「黙っているという事は女性という事かしら。もしかして恋人とか?」

「そ、そんなんじゃ…!!」

「良かった。なら私にも可能性はありますよね」


なんの可能性だよ…!!
よりによって俺の思い出のこのホテルで…。
あいつとここで食事をした時の事がフラッシュバックして思い出される。
あの時は俺が酔っ払って…あいつに引っ張って帰ってもらったんだっけ…。
我ながら情けないよなぁ…。
次来る時は絶対失敗しないって思ってたのに。
今目の前に座っているのは名前ではなく別の女。
その事実に思わず目を瞑ってしまいたくなった。

相手から投げかけられる質問に答えるような会話を続け、早々と食事を済ませて相手に失礼のないよう席を立つ。
ホテルの外へ出ると、俺の後を付いてくるように続いて席を立った相手の女性が腕を絡めてそっと寄り添った。


「ねぇ、これから二人でどこかに行かない?」

「いや、まだ帰って仕事があるので」

「なら今度はいつ会えるかしら?」

「それは分からない」


できれば…いや、相当な程までに二度目は無いと思いたい。


「アーサーさん、コートだけでマフラーは巻かれないの?寒くありません?」

「…同じ事をある女性に言われたよ」

「あら…。なら私がアーサーさんに似合うマフラーをプレゼントしてもいいかしら?そうね、一緒にネクタイも選ぶのもいいかも。ねぇ、明日はお仕事お休みなの?一緒に選びに行きましょうよ」


マフラー、か…。
ほんっと今年はマフラー運、が無いとでも言うのかな、俺は…。
いや、あの名前が俺の為に作ってくれたという事実だけでかなり進歩はしているはずだよな。
なんか最近名前も俺に対して優しい気もするし。
やっぱり伊達にあのプー太郎より長く付き合ってるわけじゃないんだし…。
信用だとか信頼は俺の方が固いはずだ。
絶対に、あんなやつよりは…


「アーサーさん?聞いてる?」

「え…」

「心ここにあらずね」

「え、いや…」

「そんなに想う人なのかしら」

「……」

「あなたのような素敵な方に想われるなんてとっても羨ましいわ。どんな女性か見てみたいものね」


皮肉か、はたまた彼女の本心か。
だけどきっと、名前は彼女では想像がつかないやつだ。

頑固で毒舌で自分の意見を貫き通すくせにすぐに周りに振り回されて…。
だけど誰にでも慕われるような存在。
ころころと変わる表情だって、きっと彼女には想像すらできないはずだ。

早く帰って紅茶でも一緒に飲みたいよな…。
あいつ甘いミルクティーが好きだしそれに合った葉を選んで…。
あぁ、やっぱり会いたい。

自然と緩む口元を手で隠していると、小さな溜め息交じりの彼女が「それじゃあ」と手を上げて道端に並ぶタクシーに乗った。

…後で親父に叱られないといいけどな…。

自分も同じようにタクシーに乗り込んで、自分のマンションを指示すれば運転手が「あぁ、お客さんこの間可愛らしい女性と一緒に乗ってくれた方ですよね」と笑った。
よってたから覚えてねーけど…きっとディナーの帰りに乗ったタクシーの運転手だよな…。
それ以外心当たりなんてあるわけねーし。
バックミラー越しににやつき顔が目立つ運転手が「彼女を大切にね」と微笑んで車を出した。

マンションの前に着けば料金を支払い、急ぎ足であいつの部屋の玄関のドアを叩く。
少し眠そうな顔をしたパジャマ姿の名前が「何アーサー…もしかして飲んで帰ってきたの?めんどくさいなぁもう」といつもの口調で話した。

今まで張り詰めていたような自分の心が、ふっと力が抜けたように何時もの動きでトクントクンと鳴り始める。
やっぱり、俺にはこいつしかダメみたいだな。




「うわ、こいつ女くせえ!!いいご身分だよなー眉毛様は!!」

「マジでかアーサー…。いや、うん…そういう事もあるよね…大丈夫、フランシスやアルフレッド君には言わないからさ…」

「香水の匂いつけて帰ってくるとかお前…」

「ギル、言っちゃダメ。アーサーにもアーサーなりの付き合いってもんがあるんだからさぁ。うん、だから気にしなくてもいいよ。ね?アーサー」


いや、だから朝から妙に嫌な予感はしてたんだ。





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