「それじゃ、お留守番お願いします」

「はい。楽しんできてくださいね。お土産とかは気を使わなくて結構ですから」

「…」

「全然期待してませんからお気を使われませんように」

「本田さん、それを催促と言うんですよ」

「おや、そうですか?」

「はいはい。買ってきますからギルの事お願いしますねー」


夕方になり、ある程度の身支度を済ませてアーサーの奢りでお高いホテルのディナーを食べるべく留守番をギルと本田さんに任せた。


「なんかギル拗ねてるみたいなんで適当に宥めておいてください」

「分かりました。アーサーさん、名前さんをお願いしますね。あまりお酒も飲みすぎないよう…」

「あぁ。分かった」

「それじゃあ行ってきます」


ソファーの上で不貞寝をしているギルにも声をかけたけど返事は返ってこなかった。
まったくこいつは…。

アーサーの車乗り込み、首を反らさないと上まで見る事ができない高さのホテルに入った。


「なんかいかにもって感じのホテルだね」

「まぁな。客も一日10組までしかとらないらしいぞ」

「マジですか。よく予約できたねアーサー。テレビで見たけどここ予約は半年待ちって聞いたけど?」

「まぁな…少し顔が利くホテルだったし…」

「なーるほど。流石次期社長さんは違うねー」

「…からかってんのか?」

「うん」

「お前なぁ…!!デザート食わせてやんねーぞ!!」

「あー、うそうそ。流石アーサー!かっこいい!!眉毛紳士!!」

「褒め言葉じゃねーよ!!」


エレベーターのなかでキーキーと暴れて緩んでしまったアーサーのネクタイをキュッと締めてあげれば「ばかぁ…」と顔を真っ赤にして俯いた。
何故赤くなる。

席まで案内してもらって窓辺の眺めも最高なテーブルに着き、注がれたワインに手をつけた。


「うん、ワインも美味しい!」

「だろ。料理もすっごく美味いんだからな!」

「あれ、アーサーは食べたことあるの?ここの料理」

「え…い、いや別に…お前と一緒に来るのが楽しみで下見に来たとかそんなんじゃないからな!!全然楽しみじゃなかったんだからな!!」

「そのわりにはすっごくわくわくしてたように見えたけど…。そっか、私はすっごく楽しみだったのになぁー」


少し意地悪な顔で笑って見せると驚いたような表情をしてみるみると頬を赤く染めていくアーサー。


「お、俺も楽しみだっ「あ、料理来たよアーサー!!美味しそうだねー!」……うん」


運ばれてきた料理に舌鼓をうちつつ外に見える夜景も楽しんだ。
というかこの料理本当に美味しいなぁ…。
なんていうか食べたことのない味わい!!
アーサーはいつも外でこんな美味しいものばかり食べてるんだろうね。
ちくしょう、料理オンチのくせにいいものばっかり食べやがって。
お皿の上に乗った綺麗に盛り付けられたケーキも堪能し、同じ物をギルと本田さんのお土産にする事にした。

飲みやすいからと言って何倍もワインを飲んでいたアーサーの様子が可笑しいと気付いたのはケーキを食べ終わったあたりで、全く手がつけられていないアーサーのケーキに気付き「食べないならちょうだいー」とケーキを指すと、その手をギュッと掴まれた。


「……何やってんの」

「夜景、綺麗だよな。お前の方が綺麗だけど」

「……酔ってんのか」

「あぁ、お前に酔ってる」

「すみませぇええんこの人に水持ってきてくださぁああい!!!」


大声で水を持ってきてもらうよう頼み、テーブル越しに若干呂律の回っていないアーサーの頬をぺしぺしと叩く。


「酔っ払ってんじゃないよ馬鹿!!こんなとこで暴れてみろ、私責任とれないからね!!」

「叩いても痛くねーよばかぁ…やるならもっと強く叩けよ…」

「なんのスイッチ入ってんの!?」

「俺、今夜は帰りたくねーんだ…」

「お前は彼女か!?いいから目ぇ冷ませよアホ!!」


持ってきてもらった水を飲ませ何度か頬を叩いたが、ヘラヘラと笑って仕舞いには床の上に座り込み膝を抱えて泣き始めた。


「グスッ…いつも俺ばっか…なんであいつなんかに美味しいとこ持って行かれるんだよ…俺だって、俺だってなぁ…」

「あの、お客様…他の方のご迷惑になりますので…」

「すみません、タクシー呼んでいただけますか」

「はぁ…」


酔っ払いアーサーの腕を肩に回し引き起こす。
軽い方だと思うけど、もちろん男の体というものは重いものである。
ホテルマンのお兄さんにも手伝ってもらい、ベタベタと体を触ってくるアーサーをなんとかタクシーに乗せて帰路につく事ができた。
まぁ、いつものパターンだからだいぶ慣れてきたけどね。


「名前ー」

「なにー酔っ払い」


タクシーの後の座席の三分の一程を使って寝転がっているアーサー。
顔を上げてこちらを見たかと思うと、腕を伸ばして私の腰にしがみついてきた。


「ちょっ、アーサー…」

「良い匂いするよなお前…」

「こういう事は綺麗なお姉さんが沢山いるお店でしてください」

「ばか…他の女よりお前が良いに決まってんだろ」


デレた。ツンデレのツンの部分を完全に失ったアーサー。
ちくしょう、酔っ払いの戯言だ、いちいち気にする事でもないだろうに。
火照る頬を手の甲で押さえ、腰に抱きついたままのアーサーの髪をサラサラと撫でる。
バックミラー越しに運転手さんと目が合ってしまった。
…他所から見たらただのバカップルなんだろうなぁ、今の私達は。
そんなんじゃねーやい…。

車の中で眠ってしまったアーサーを叩き起こしてなんとか私の部屋まで戻れば、「帰りが遅い」だの「土産は相当いいもんなんだろうなぁ!!ええ!?」と偉そうに仁王立ちしているギルが出迎えてくれた。
アーサーの体をギルに投げつけ、お土産のケーキをアニメのオープニングを見ながら「ハイハイハイハイ!!」と踊っていた本田さんに押し付けてソファーに腰を降ろしてうな垂れる。

アーサーの酔っ払いにはもう慣れてるとは言え疲れたなぁ…。
それにしてもあの料理は本当に美味しかった。
夜景の眺めも良かったしムードも最高だったしね。
またアーサーに連れてってもらいたいなー。もちろん次は酔っ払わないでほしいけど。
アーサーの体を抱えたギルが「こいつどーすりゃいいんだよ!?」と聞いてきたので「その辺の床の上で寝かせておけば」と言うアーサーをドスッと低い音をたてて床の上に落とした。

アーサー…。明日の朝はいつもの後悔の「死にたい」と体の痛みに悩ませるんだろうなぁ。
しょうがないから毛布ぐらいはかけておいてやるか。





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