「名前ー。こないだ行った別嬪のねーちゃんが居るカフェ。もっけぇ行きたいから付き合え!」

「アンダンテですか?いいですよー。ちょうどコーヒーきれてたから買いに行こうと思ってましたし」

「うっしゃ!んじゃ今日の帰りな」


嬉しそうにニカッと白い歯を見せたデンさん。
デンさんもあの店気に入ったのかな。
それともお目当てはエリザとか…
だとしたらしっかり見張っておかないとな…



「ほい、車乗れ」

「はーい」


仕事を終え、デンさんとノルさんと三人で駐車場へ向かう。
ノルさんも車だもんね。


「それじゃあノルさん、お疲れ様です」

「ん」

「んじゃなー。ほれ、車さ乗れー」

「はーい」

「……」


何か言いたげなノルさんが少し気になりつつもデンさんの車の助手席に乗り込む。


「あ、ちょっと電話してもいいですか?ギルに迎えに来なくてもいいって連絡しておかないと…」

「おー。おめ弟に迎えに来させてんのけ?」

「はい」

「へーえ」


車を走らせるデンさんの横でギルに電話をかけると「んじゃ今日は本田ん家で飯食うわ」と返事が返ってきた。
チェッ。今日も一人か。


「弟おめん家にいねーの?」

「はい。今日も一人で夕食だなぁ…」

「うし!んじゃ今日は俺と晩飯食いにいぐっぺ!」

「…はぁ!?」

「ワイン飲みてーな。よし、あの店行くか」

「はぁああ!?何勝手に決めてんですかコルァアアア!!」


ふんふんと鼻歌を歌いながらハンドルをきるデンさんの肩を揺らして「ここで下ろせぇえええ!!」と訴えてみるも「ワインーワインー!」と楽しそうに笑うだけだった。
相変わらず人の都合ってもんを考えない人だなこの上司は!!
ああもう、いつもこの人に振り回されてばかりだよ私は…。


「で、どこ行くつもりなんですか?」

「前にワイン買いに行った店」

「あぁ…ローデリヒさんのプレゼント買う為に連れてってくださったあのお店ですか…」

「んだ。まぁうめぇもん食わせてやっから付き合え!」

「…デンさんの奢りですからね」

「おう!」


敵わないなぁ、デンさんには。
実際この人には頭が上がらないことだらけだもんねぇ…。
今私がこうやっていられるのもデンさんのお蔭でもあるわけだし。



「ん、美味しい…!!」

「だべ!?ここの店は料理もワインも最高だがんなぁ!!」

「って何杯飲んでるんですかデンさん!!帰りも運転あるのにどーすんのあんた!!」

「あー、そっが。んじゃお前が運転するっぺ」

「できねーよあんな高級車!!」

「そんじゃあタクシー!」

「いい加減だなぁオイ…」

「まぁお前も飲め」

「今お酒控えてるのにー」


グラスに注がれている赤ワインを口に運ぶ。
ん…すっごく美味しいこのワイン…。
さすがデンさんは舌が肥えてるよなぁ。
料理も美味しいし。


「そういやおめ、好きな奴とかいねーのけ?」

「は…?なんですか急に」

「んー。なんとなぐ?」

「首傾げないでください。…好きな人って恋愛的な意味で、ですか?」

「んだ」

「今は特に。皆で楽しく騒いでるのが楽しいですし。それに今の現状ってすっごく幸せなんですよね、私」

「恋人作ろうとか思わねーのけ?」

「思いませんよー。デンさんこそそろそろちゃんとした恋人見つけて結婚した方がいいですよ。出世したいなら奥さん見つけないと」

「それなんだなぁー…。女は腐るほどいっけど嫁は別だべ?」

「うわぁ…ほんとこの人遊んだ女に刺されないかなぁ…」


にししと楽しそうに笑うデンさん。
まったくこの人は…。


「できればおめを嫁にしてーんだっぺ」

「はいはい」

「いや、本気で」

「他あたってください」

「料理もそこそこうめーし家事もまぁまぁできるし幼児体系だけどまぁ許容範囲内だべ」

「まったく褒められてる気がしないむしろ貶されてる気分なんですけど」

「まぁぶっちゃけ名前以外考えてねーわけだべ」


ワイングラスに残ったワインをゆらゆらと揺らしたデンさんはいつもの私をからかっているような、それでいてどこか悲しそうな顔でグラスの中を見ていた。



「デンさん…」

「うし。そんじゃ式の日取りから決めるっぺ!」

「おいおいおい待て待て待て!!」

「金は俺が全部出してやっぺ!!」

「そういう問題じゃないだろうがぁああ!!」


ドンと机を叩くとグラスのワインが揺れる。
このオッサン完璧に酔ってるよ…!!

ああもうとため息を大きくついて俯くと、先ほどまではそこに無かったワインのボトルが視界の端に写った。


「え…」


いつもと同じ無表情ながらも不機嫌そうなもう一人の上司、ノルさんがワインのボトルをテーブルの上に置いた。


「ノルさん…?」

「なんでおめがいんだっぺ?」

「…人の部下口説いてんじゃね」

「なんだべお前」


あの…なんかよく状況が掴めないのですが…。

私の隣に椅子を運んで腰を下ろし、持ってきたワインをグラスに注いだノルさんは何事もなかったかのように静かにワインを口に運んだ。


「なんだべノル。心配でつけてきたんけ?」

「…あんこうざ。死ね」

「別に何もしねっつの。ちょっと告ってただけだべ?」

「黙れ」

「あの…話が読めないんですけど…」

「名前、あんこはやめとげ」

「いや、やめとけとか言われましても。話が読めない」

「KYってやつだっぺ!!」

「あんただけには言われたくないですからね!?」

「…名前、帰るべ。あんこはここで一人で飲んでろ」


まだワインの入っているボトルをちょんちょんと指差したノルさんは私の腕を引っ張ってお店の外に出た。

何がなんだかなぁ…。
よくわからないけどノルさんは私の事心配して来てくれたのかな。


「ノルさんよく私達がこのお店に居るって分かりましたね」

「あんこがやりそうな事と行きそうな場所ぐらい分がる」

「そうですか」

「名前」

「はい?」

「おめの相手は…俺が認めたやつしかゆるさね」

「…えーっと…」

「あのギルベルトとかいう同居人と仲良ぐやれ」

「は、はぁ…」


やっぱり何考えてるのか分からないなぁ、ノルさんは…。
ノルさんっていつも何も言わないように見えて色々助けてくれたりサポートしてくれていい上司だとは思ってるんだけど…。
食えない人、とでも言うのかな。


ノルさんにタクシーでマンションの前まで送ってもらい、なんだか疲れきった体を引き摺って家の前まで帰ってみると玄関の扉を背に膝を抱えて座り込んでいるギルの姿があった。
どうやら鍵を忘れたらしく、私の帰りを待っていたらしい。
「どこ行ってたんだよ!?つか酒くせぇ!!」とキーキー鳴くギルの声がやけに頭に響いた。



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