「なぁギルよ…」

「な、なんだよ…」

「どうして?どうしてなの?」

「仕方ねーだろ…」

「どうしてかちゃんと説明して!!じゃないと私…私…」

「名前…」

「どうして卵ぐらい上手にわれないのぉおおおおおお!?」


時刻は午前9時。昨日の夜から続けられているこの卵わり。
キッチンには見るも無残になった卵の亡骸が散らばっている(使い物になる物はちゃんと除けてある)。
いったいどれほどの卵を潰してきたのか、この男は。卵キラーか。
夜中にコンビにまで行って一パック250円もする卵を買わされるこっちの身のもなってみろ。なんでそう力を込めて叩きつけるんだ…!!


「眠いぜ…」

「ここまで来たらちゃんとわれるまで寝かせないからな。私今日休みだし好都合」

「うげー…」

「ほら、卵持って!そーっとコンコンって叩けばいいだけだから!!」

「ちくしょーこんな力加減できねー…」

「今までどんだけ乱暴に生きてきたか分かるわ、ほんと」

「うるせー」


真剣な面持ちでゆっくり、シンクの角を使って卵を叩きつける。
震える手で割れ目に指を沿え開くと、かぽり…と綺麗な音をたてて卵がボールの中に落とされた。


「で、できた…」

「むっ無傷…!!」

「これって…」

「合格だよ合格!!ギルー!!あんたよくぞここまで粘った!!いい子いい子〜!!」

「ぶわっ!!なっ撫でるなよ!!」


やっぱりやればできる子だようちの子は〜〜!!!
って、これじゃあ本田さんの言うとおりお母さんみたいじゃん!!
まぁいいか。


「ふぁ…。ねむっ」


それにしてもそろそろ限界だ。寝てないからなぁ…
あぁダメだ。疲れがたまって足元がふらつく。
今日は一日中寝ようかな…


「さーて寝るかー」


体だるいなぁ〜。朝ごはん食べてないけど空腹より眠気の方が勝ってるわ。
さーゆっくり寝よう〜


「腹減ったぜ」

「マジかよカップラーメンでもしてよー私眠いんだから」

「ったく徹夜ぐらいでだらしねぇ」

「一日中食っちゃ寝してる奴に言われたくねーよこちとら働いてんだぞコルァ」

「腹減ったー」

「も〜。しょうがないなぁ」


ったくほんとに我がままプーだな…。

あれ、なんか頭痛い…。
疲れ溜まってんのかなー。
残業もあったし今週は疲れることが多かった。ご飯だけ作ってゆっくり休まないと…


「おい…なんかお前顔赤いぜ?」

「え…?うそ、マジですか」

「…ちょっとこっち来い」

「なんで」

「いいから!」


ったくめんどくさい奴だな〜。
ふらつく足元でギルの傍に寄ると、両手で顔をぐいっと引き上げられた。


「なんすか」

「お前…顔熱い」

「うそ…そう言えば体も熱くなってきた」

「それって熱が上がってきてんじゃねーか!!!」


そう言って私と自分の額に手を当てたギル。
顔を赤くしている私と対照的にギルの顔から血の気が引いていった。


「熱い…」

「マジでか。熱?」

「ったくお前何してんだよ!!体調悪いくせに徹夜なんかしやがって!!」

「誰のせいだ誰の。それにさっきまでは平気だったんだよ。気ぃ抜けたら疲れがどっと出てきた感じ」

「ああもういいから!!ベッドで寝てろ!!」

「うぃ〜」


なんだ、心配してくれてんのかな〜ギルの奴。
それにしても、だんだん体の体温が上がってきているようだ。
これは本格的にやばい。


「ギル、悪いけど冷却シート持ってきて〜。戸棚の中に入ってるから」

「でこに貼るやつか?」

「うん」

「分かった!!」


いつになく慌ててやがる。なんか愉快だな、これ。


「おい、探したけど見あたらねーぞ?」

「うそ、切らしてるのかな…。しょうがない、氷か何かで我慢するか」

「俺が…買って来てやろうか?」

「へ?ぎ、ギルが?行って来てくれんの?私の為に」

「は、早く治してもらわねーと俺が楽できねーからな!!ひとっ走りスーパーまで行ってくる!」


どこか楽しそうにお金を受け取ったギルは駆け足で家を出て行ってしまった
まぁ任せておいても大丈夫だよね
今は着替えてゆっくり横になっておこう

ベッドに横になるとよほど疲れていたのか、瞼がゆっくり下がっていった。






「名前ちゃ〜ん!!」

「てめっ勝手に上がってんじゃねーよ!!」

「そやかて名前ちゃんが心配なんや!!どこに名前ちゃんおんねん!?」

「勝手に入るなよ!!」

「あーおった!!寝てるわぁ名前ちゃん。こんな真っ赤な顔して汗かいてかわいそうに〜。俺が看病したるさかい安心してな」


ん…?トニーさんの声が聞こえる…
ギルもう帰ってきたのかな


「んー…?ギルー?」

「今帰ったぜ」


重い瞼をゆっくり開くとそこには私の顔を心配そうに覗くトニーさんとと、トニーさんの服を引っ張っているギルの姿があった。
え?何この状況…


「ごめんなー急に来てもて。こいつが冷却シートなんて買っていくから名前ちゃんに何かあったんかと思って飛んできたんや」

「あ…そうだったんだ。ごめんね。でも大丈夫だよ」

「でも頬っぺた赤いで?熱はどれぐらいあるん?」

「計ってないから分かんないな〜」

「体温計どこにあんの?あと栄養のあるもん食べんとあかんなぁ。今日何か食べたん?」

「まだ…」

「よっしゃ。俺がなんか作ったるさかい名前ちゃんはゆっくり寝とき〜。できたら起こしにくるからな」

「トニーさん…凄いねぇ、慣れてると言うかテキパキしてる」

「一人暮らし長いしそれに面倒みるんは慣れたもんや。それじゃあキッチン借りるな」


部屋から出て行くトニーさんにごめんねーと一声かけると「名前ちゃんの為やったらなんでもするで〜」と返事が返ってきた。
頼もしいなぁトニーさん。


「…」

「何突っ立ってんのギル」

「あ…。ほら、これ」

「ん。わざわざありがとね」

「おぉ」


体を起こして冷却シートを受け取る。
ギルは何やらそわそわしている。
なんなのこの子。


「もうリビング行ってていいよ。てかここに居ると風邪が移る」

「そうか…分かった」


しょんぼりと寂しそうな顔をするギル。
あれ、なんかギルの頭から白くて長い耳が生えてるのが思い浮かぶぞ。
寂しいと死んじゃうのか、お前は。


「ギルー」

「なっなんか用か!?」

「うん。水持ってきてくんない?喉かわいた」

「しょうがねーな!!俺様が持ってきてやる!!」


嬉しそうにしちゃって…。
自分は何もできないからしょんぼりしていたのだろうか。
可愛い所あるなぁ、ギルの奴。


「持ってきたぜ!」

「ありがとう」

「美味いか?」

「ん、おいしい」

「あぁ」


嬉しそうに笑うギルを見るとこっちまで笑顔になる
自然と伸びた手の平はギルの頭の上にポン、と乗っかり細くて柔らかい髪を撫でていた。
これは、条件反射だ。


「何すんだよ!?」

「いや、つい」

「ついって何!?俺はガキじゃねーぞ」

「大差ないでしょ。我がままだしすぐ怒るし」

「うるせぇ…」

「もしくはウサギ…」

「はぁ?意味わかんねー」

「うん、こっちの話」


それにしてもこいつの髪、すっごい柔らかい。
さわり心地いいなぁ〜。同じシャンプーだから私と同じ匂いがするや。
サラサラしてて柔らかくて…
気持ちよくって癖になりそうだなぁ、これ


「そろそろ手ぇ退けろよ…」

「あ、ごめんごめん。嫌だったよね」

「べ、別に嫌とか言ってねーだろ」

「じゃあいいんだ」

「だぁあ!!触るな馬鹿!!気色悪い!!」

「ひどーい。こちとら病人だぞこら」

「病人なら大人しく寝てろ!!」

「こらこら何喧嘩してんねん。ギル、名前ちゃん熱あるんやから騒いだらあかんやろ」

「う…」

「うわー、いい匂いする」


トニーさんが持ってきてくれた一人サイズの土鍋からは何やら甘い匂いがしている。


「おまたせー。俺特製のアロス・コン・レチェやで!!」

「あろすこん…?」

「スペインなんかでよぉ作られる、まぁお菓子みたいなもんなんや。けど消化にええし、甘いもの食べたら元気になると思ってなぁ」

「うわーありがとうトニーさん!私甘いもの大好きなんだよね〜。食欲が進むわー」

「いっぱい作ったさかいたくさん食べてやー。ギルもお腹減ってるんやろ?あとでよそったるからな」

「おう」


甘い香りを嗅いだら食欲が増してきた!
それじゃあさっそくいただきま、


「あ、ええよー名前ちゃんは病人なんやさかいそのまま寝転んでて!!俺が食べさせたるさかいな〜!!」

「ぬぁ!?」

「え、そこまでしてもらうのは悪いよ」

「ええねん俺がやりたいだけやから!」


何やら目が輝いているトニーさん。


「それじゃあ…お願いします」

「よっしゃー!!それじゃあ、はいあーん」

「あー…ん」

「どう?おいしい?」

「ふぉ、おいひい!!甘い!!」

「ほんま〜?良かったわー喜んでもらえて。それにしてもほんま名前ちゃんかわええなぁ〜役得やわー」


トニーさん、周りに花が飛んでますよ。


「誰かに食べさせてもらうなんて久しぶりだなー。逆はあったけど」

「逆って…誰かに食べさせてあげたってことか!?」

「うん」

「そそそそ、それって誰にぃいい!?」

「ギル。この間怪我してて腕使えないから食べさせてあg「うぎゃぁああああ何いいふらしてんだよお前ーー!!!」」


何いきなり叫んでんだこいつは。
でかい声出すから頭に響いちゃったじゃないか馬鹿野郎。


「…ギル、俺とちょっと外でよか」

「え…!?」

「ごめんなぁ名前ちゃん。俺ちょっとギルに話したいことあるからこれ食べててくれる?すぐ戻ってくるからな〜!」

「え?あ…はい」


トニーさんの背後に黒いものが見えるのですが…。気のせい、そう気のせいだよねーアハハハ…。

二人が外に出てものの数秒後、断末魔のようなギルの叫び声が頭に響いた。

うん、気のせいだよね、気のせい気のせい…


「名前ちゃーん戻ってきたでー!ほな続きしよか」

「あの、トニーさん。服に血がついてます」

「あー、これトマトケチャップやわ〜。さっき料理する時ついてもたんやなぁ」

「あの、トニーさん…」

「はい、あーんして〜」

「…あーん…」

「ほわぁああ!!ほんまかわええなぁ〜名前ちゃんは!!!」


私が食べ終わると、トニーさんは「ごめんなぁ、バイト戻らんとあかんわぁ」と言って悲しそうに笑って部屋を跡にした。
タイミングを見計らったのように、足を引き摺って帰ってきたギルはどこかやつれている様に見える。
何があったんだ、お前…


「ギル…なんかその…ごめんね」

「いや…別にいい」


どこか儚く笑うギルの背中が、切なかった。





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