「それじゃあ行ってくるね!帰りは遅くなると思うからちゃんと戸締りして寝るんだよ。夜中までゲームとかしちゃだめだからね?」

「わーってる。つーかお前こそ早く帰ってこいよ!?あと酒は飲むな!!」

「はーい。ねぇ、この服変じゃないかな?どこかおかしいとこない?」

「あー…ちょっと回ってみろ」

「こう?」


ギルが座っているソファーの前でくるっと回ってみせると、少し苦笑いを浮かべられた。


「まぁまぁじゃね?まぁいつもより数倍ましに見える」

「なんだそれ。素直に可愛いって言えよこのこのー」

「…あいつの為に着飾ったもん、褒めたくねーよ」

「は?なにそれ」

「いいからさっさと行け。眉毛王子外で待ってんだろ?

「そうだった。それじゃあね、ギル。行ってきまーす」

「おう」


実用性のなさそうな小さな鞄を手にとって玄関を出ると、高そうなスーツを着こなしたアーサーの姿があった。
私を見るなりポカンと口を開けたアーサーの背中を叩き「ほら行くよー」と声をかければ慌てた様子で私の後を追いかけた。



「立食パーティーだしマナーはそんなに気にしなくてもいいからな」

「うん。とにかくアーサーにぴったりくっついてるよ。知らない人ばかりで不安だし…」

「あ、あぁ…まぁその方が俺も安心だしな、うん」


パーティー会場であるなんともお高そうなホテルに到着し、荷物を預け会場へと入る。
うっわぁ…いかにもって感じだなぁ…。


「とりあえず上司に挨拶しに行くからな」

「了解です」


アーサーの隣にぴったりくっついて会場の中心へ向かいアーサーの上司らしき人への挨拶を始める。
へぇ、アーサーの上司って外国人なんだ。
世界中でその名を知らない人はいないとまで言われている大手企業。
流石に違うよなぁ…。
その会社の次期社長候補のアーサーがもの凄い人に見えてきた。
なんでこんな人が私の隣に住んでんだろ。


「そちらの女性は?」


日本人である私を気遣ってか、まだ慣れていなさそうな日本語で視線を向けてくれたアーサーの上司。


「初めまして。苗字名前と言います。こちらのアーサーさんの友人でいつも仲良くさせていただいております」

「おや、彼女が噂に聞く女性かい?」


噂…?噂って、アーサーってばこの人に何か私の事話してたの?


「あ、いや、えっと…」

「ははは。私はこのアーサーを弟のように思っていてね。お前も早くいい女性を見つけて結婚をしろと口うるさく言っているんだがなかなか聞いてはもらえないんだ。その代わりいつも彼の口から出てくる言葉の中に君の名前がよく出てくるものだから、どんな女性なんだろうといつも思っていたんだよ」


隣にいる婦人と共にクスクスと笑ったアーサーの上司に、私の隣にいるアーサーは顔を真っ赤にして「ちがっ、そんなんじゃなくて」とあたふたとしていた。
おいおい、上司に私のどんな事話してんだよこいつ…。


「会えて良かったよ。想像以上にキュートな女性だ。今度一緒に食事でもどうかな?」

「あら、なら私はカークランドさんにディナーにでも連れて行っていただこうかしら?」

「うちのワイフはすぐにやきもちを焼くんだよ。そんなところも可愛いだろう?」

「こんな所で言ってるのよ、もう」


なんだかいいご夫婦だなぁ…。
理想の夫婦像って感じがするよね。
軽く会釈をしてアーサーの上司と別れれば緊張の糸が解け、ホッと小さな溜息が漏れた。


「大丈夫か?」

「うん、大丈夫」

「あ、さっきのだけどな…べ、べつに毎日お前の事話してるわけじゃないんだからな!!」

「はいはい分かってるよー。それよりお腹空いちゃったなぁ」

「ん。何か取ってくるからそこで待ってろ」

「だったら私も…」

「いいから。そこから動くなよ」


行っちゃった…。
一人で居るの不安なんだけどな…。


「飲み物はいかがですか?」

「あ、いただきます」


ウエイターさんからシャンパンのようなものを受け取って一口飲んでみる。
あ、そういえばギルに酒は飲むなって言われてたんだった…。
まぁあんまりきつくないし少しならいいか。


「すみません」

「はい?」


身の丈の高い男性に声をかけられ首を上げる。
誰だろう、この人。


「すみませんが貴方の足元にペンが落ちてしまって…」

「あ…これですか?」

「すみません。わざわざ拾っていただいて…」

「大丈夫ですよ」


私の足元に転がっていたペンを返すと、男性はにっこりと笑った。


「お連れの方は…?」

「あ、今ちょっと…」

「そうでしたか。僕は約束をしていた女性にすっぽかされてしまって…一人寂しく途方に暮れていたんですよ」

「そうでしたか…」

「ですがそのお蔭でこんな素敵な方とお話ができたのだと思うと嬉しく思いますよ」


うわぁ…。臭いこと言う人だなぁ。
まぁ社交辞令だ、社交辞令。
エリザに教わった通り取り合えず笑っておこう。


「あ、シャンパンのおかわりをどうぞ」

「ありがとうございます」


新しいシャンパンを受け取り他愛のない会話を続ける。
アーサー遅いなぁ…。
付き合いとは言え少し飲みすぎたかもしれない。
うっ…気持ち悪い。ちょっと外の風に当たってこようかな。


「大丈夫ですか?少し酔われているようですが…」

「大丈夫です。ちょっと夜風に当たって酔いを冷ましてきますね」

「ご一緒しますよ。こんな素敵な女性を一人にさせられませんから」


すっと背中に手を回され、びくりと体が揺れる。
…気持ち悪い…一人にさせてくれよ…!!


「おいテメェ…人の連れに何してんだよ」

「なっ…!?カークランドさん…!?」

「あ…アーサー」


私の背にあった手をがっしりと掴んでもの凄い形相で男性を睨みつけるアーサー。
おいおい、そんな極悪面よくできるな。


「も、申し訳ございませんでした…!!」


慌てた様子で深く頭を下げた男性は早足で去って行った。


「さっきの、アーサーの知り合い?」

「ちげーよ。顔を見るのも初めてだ」

「顔真っ青にしてたよさっきの人」

「あぁ。っていうかそこで待ってろって言っただろ!?」

「待ってたよ。さっきの人に声かけられてちょっと酔っちゃったから夜風に当たろうかなーなんて思ってたらあんな事に」

「なんだお前、酔ったのか?」


腰を曲げて私の顔を覗くアーサーの額を突付いてやると「なんだよー」と嬉しそうに頭を撫でられた。
せっかくセットしてきたのに乱れちゃったじゃないか…!!


「そろそろ帰るか」

「え、もういいの?」

「あぁ。顔見せみたいなもんだしな。挨拶も済ませたし」

「そっか。なんか私あんまり役に立てなかったね」

「そんな事ねーよ。隣に居てくれるだけで…心強かったし…」

「それなら良かった」


外に出れば夜の冷たい風が頬をさして、なんだか気持ちよかった。
だけどなんだか気疲れしちゃったなぁ。


「あ」

「どうした?」

「結局食事食べられなかったじゃん!!」

「あ…」

「あーもう楽しみにしてたのに!!」

「しょうがねーな…何か食べて帰るか」

「そうだねー。あ、ラーメン食べたいラーメン」

「はぁ?お前もっとムードのある場所にしろよ…」

「いいじゃん、ラーメンが食べたいんだよラーメンが。亜細亜飯店行こう!!」

「しょうがないな…。なんでも好きなもの食べさせてやるよ」

「やったー!!」


少し酔った足取りで歩くと「ちゃんと真っ直ぐ歩けよ馬鹿」とアーサーに肩を掴まれた。
家に帰るまでに酔い冷ましておかないとギルに怒られちゃうなぁ…。

その後亜細亜飯店に行くと上機嫌な耀さんが「あいやー!!どこの誰かとおもたあるよ!!いやぁ、馬子にも衣装ある!!」と嬉しそうに笑った。
いや、それ褒め言葉じゃないですよ耀さん。
店の奥から現れたシナティさんに「七五三みたいあるな」と笑われたけど気にしないことにしておこう。

お土産を持って家に帰る頃にはもう随分と遅い時間になってしまい、リビングにはテレビをつけたまま眠っているギルの姿があった。
明日の朝「帰りが遅かっただろ」って怒られるだろうなぁ…。
まぁこのお土産の肉まん食べさせてあげて頭でも撫でてやれば大丈夫か。
明日も休みだしゆっくり休むことにしよう。


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