「ギルベルトさん」

「…はい」

「貴方はクズですか?それともこの頭には空っぽなのですかね?ちょっとこじ開けて見せていただけませんか」

「…はい」

「ギルベルトさん」

「…はい」

「歯ぁ食いしばりなさい」


一瞬の間も開けないうちに俺の左こめかみあたりにのめり込む本田の足。
衝撃と共に体が宙に浮いて壁に打ち付けられた。


「ふぅ…。私からは以上です。お疲れ様でした」

「いっでぇえええ!!!」

「立てますか?少々加減ができませんで…。しかし私が本気を出したら貴方今頃カメハメ破で宇宙まで飛ばされてますよ」

「撃てんのかよ!?つかお前そんな体のどこからこんな力…」

「爺を嘗めてもらっては困りますよ。本当はまだ足りないぐらいですが…アーサーさんに充分やられたようですしこの辺にしておいてさしあげます」


渋い顔をして「あぁ、腰が…」と背中に手を回す本田に冷たい汗が背筋に流れた。
まぁ、やられて当然の事だから文句は言えねーけど…。


「名前さんはお仕事に?」

「あぁ。上司やベール達にどう説明するか悩んでた」

「きっとベールヴァルドさんあたりがすっ飛んできそうですね。ギルベルさん、貴方本当に殺されるかもしれませんよ」

「いや、その覚悟はできてる…俺最悪すぎるし…」

「はぁ…。まったく…先が思いやられますよ…」


俺だってあの事は心の底から後悔してる。
後悔なんて言葉じゃすまされねーぜ…
俺があの時あんな事で腹立てなきゃ名前はあんな目に合わなかったんだよな…。
知らない男に捕まって、必死に俺に助けを求めて。
あの眉毛が居なかったら今頃は…そんな事考えただけでもぞっとする。


「わ、分かってんだよ…俺最低だし…一番近くに居るのになにもできねーし…」

「あぁもう、泣かないでくださいよギルベルトさん。私が泣かせたみたいじゃないですか」

「泣いてるわけねーだろ!?いや、まぁ…かなり落ち込んでるけど…」

「ったく貴方って人は…。見てるこっちがやきもきしますよ。早く好きだと言えば喧嘩なんでしなくてもすむものを…」


俯いて膝を抱えている俺の頭にぽんと手を乗せた本田は小さくため息をついた。

そんな事言えたら苦労はしねーんだよ。
だけど俺…今がすごく幸せだから。
少しでも長くこの幸せの中に居たいから、壊したくないんだよ

言ったら、崩れてしまいそうで…怖いんだ。




―――



「ちょっ、スーさぁああああん!?やめっ、どこ行くつもり!?いま仕事中ぅううう!!!」

「…止めるでね…」

「久しぶりに腕がなるっぺ…その痴漢ってやつどこに捕まってんだ?」

「デンさんも何しようとしてんの!?あんた上司なら部下止めろよ!!」

「すみません名前さん…今回ばかりは僕も止められないです…。大事な名前さんにそんな事したやつ…」

「え…ティノ君…?え、ちょっ…目が…怖い…」

「安心せ、名前」

「ノルさん…!!やっぱり頼りになるのはノルさんだけですぅううう!!」

「直接やんねぐても呪い使えば手は汚れね」

「ちょっ、だめぇえええ!!誰か!!誰かこの4人止めてぇえええ!!!」


会社に行くなり「昨日何があったんだ」と攻め寄ってくる同僚と上司。
男が…つまりアーサーが会社に私が休むと電話を入れた事に不審に思っての事だったらしく、隠すわけもいかないので冷静に事を説明すれば…この参事だ。
もう、帰りたい。


「んで、おめぇはなんともながったっぺ!?」

「はい。すぐにアーサーが助けてくれたのでなんとも…」

「無事でえがった…ほんとに、よぐ無事で…」

「スーさん…」


私の頭に手を置いたスーさんの肩が少し震えていた。
こんなにも心配かけて…私ってば色んな人に迷惑かけてるよなぁ…。


「本当にご心配かけてすみませんでした。ちょっとびっくりしちゃったけど…もう大丈夫ですから」

「ほ、本当に大丈夫ですか…?」

「うん。ありがとね、色々心配してくれて」

「名前さんが無事で…本当に良かったです…!!」


力いっぱいにぎゅっと私の手を握ったティノ君。
ここにもこんなに親身になってくれる人達が居て…。
やっぱり私は幸せ者だなぁ…。


「ノルさん、呪いはやめてくださいね」

「チッ…」

「心配しねくてもこいつの呪い全然きかねーから大丈夫だっぺ!」

「ちゃんと利くんだけども…あんこにだけは通用しね…むかつく…」

「この人ただの人間じゃないですもん、仕方ないですよー」

「おーおー、言うなこのアマ!!ケツ触るぞ!!」

「こんなに近くにも痴漢が居ましたね。誰か捕まえてくれないかなこの人」

「いづか捕まる…」

「ほどほどにしてくださいね、デンさん…」


それからいつものように仕事をして…どこから聞きつけたのか他の部署の人達にまで「大丈夫だった?」と擦れ違い様に何人かに声をかけられた。
…デンさんだな…。

仕事が終わり家まで送ると聞かないスーさんとティノ君とノルさんに断りを入れ、タクシーで送って帰ってやるというデンさんとを軽くスルーして帰路についた。
今日はなんだか疲れちゃったなぁ…。
晩ご飯作る元気がないや。
ギルもまだ落ち込んでたみたいだし…今日は亜細亜飯店の料理をテイクアウトさせてもらおうかな。
美味しいものを食べればギルも元気になるよね。


「こんばんはー」

「名前…!!!あいやぁああ!!心配してたあるよぉおおおお!!!」

「ごふっ!!」

「あーっ!!兄貴だけずるいんだぜ!!俺も名前のオッパイにすりすりしたいんだぜぇええ!!」

「つか店の中でなに変態的なことしてんスか…」

「え、ちょっ、何!?」

「お前この間痴漢に襲われたらしいじゃねーあるか…!!心配で心臓潰れるかと思たよ!!」

「な、なんで耀さんが知ってるんですか!?」

「我は情報通ある。どんな事でも知ってるあるよー」

「っていうかただのストーカー的な?」

「香、お前今日の夜食抜きある」

「じゃあそれ俺に回してください兄貴」

「おめぇのも無しある…」

「アイゴァアァアアアッ!!!」


どこからそんな情報仕入れてくるのこの人!?
その後もなんだかんだと心配されて奥から出てきたオッサ…シナティーさんにんも「ふらふらしてっから狙われるあるよお前」とダメだしを食らわされた。
料理が出来上がるまでの間耀さんからの「お前はちょっと注意が足りねーあるよ」というお説教を聞かされる羽目になってしまった。
ああもう、余計に疲れた…。
断り続けたのに近くの駅まで香君に送ってもらう事になってしまった。
ここでもまた私を心配してくれる人たちが…うん、すっごく嬉しいんだけど…ぶっちゃけ皆過保護すぎると思うよ…。

香君にお礼を言って、電車待ちの列に並んで携帯を取り出す。

ギル…迎えに来てくれるかなぁ…。

恐る恐るギルの電話番号を押そうとすると、誰かに後ろから肩を叩かれた。
一瞬あの時の事を思い出し体がびくりと震えた。


「わ、悪い…驚かせたか…!?」

「アーサー…。ううん、大丈夫。アーサーも今帰り?」

「あ、いや…今日はちょっと早く終わったんだけどな…。べ、別にお前の事ここで待ってたとかそんなんじゃないんだからな!!」

「分かりやすい説明をありがとう。わざわざごめんね」

「い、いや…。な、なんならこれから毎日一緒に帰るか?」

「無理でしょ。アーサー忙しい人なんだから私の時間に合わせてたら仕事できないじゃん」

「いや、それぐらい俺の力ならなんとか…」

「…それに…お迎え役はちゃんと居るし…」

「ん…?なにか言ったか?」

「ううん、何もー」


開きっぱなしだった携帯を閉じて止まった電車に乗り込む。
ほんとに今日は疲れたなぁ…。
明日は休みだしゆっくり休もう。
ギルと一緒にのんびり過ごして…。
お散歩とかするのもいいよね。
明日のお天気はどうだったかなぁ…。

電車から降りて、いつもの改札口を出て駅を出る。

入り口付近で二日前と同じように壁にもたれ掛かり、寒そうに夜空を見上げているその横顔に何故だか涙が出そうになった。



「ギール」

「なっ…!?」

「アハハ。ビックリした?」

「べ、別にびっくりなんかしてねーし…」

「あれ、ここどうしたの。また怪我増えてるし」

「こ、これは…なんでもねーよ…」

「大方本田さんにやられたんでしょ…。あの人本気だすと怖いからねー。大丈夫だった?」

「これぐらい…」


怪我をしていない反対の頬にそっと手を当てると、ひんやりと冷たさが手に伝わってきた。

ったく…何時から待ってたんだろうね、この子は。


「ただいま、ギル」

「…お帰り」

「アーサーも、三人で一緒に帰ろうか!!今日の晩ご飯は亜細亜飯店のご飯だよー」

「マジかよ!?よっしゃ!!」

「何、私が作るのより耀さんとこの料理がいいわけ?今日は色々疲れちゃったから耀さんのとこでテイクアウトさせてもらっただけなんだからねー」

「なんだよ、それなら俺が晩飯ぐらい作ってやったのに…。べ、別にお前の為じゃないくて俺の為なんだかな!!俺の作ったビーフシチューは昔アルフレッド達がよく美味い美味いって何杯もおかわりしてくれたんだ…」

「「断固拒否する」」

「なんでだよ!?」

「っていうかそんなもん食わせるから味オンチが弟にまで移るんじゃねーのか?あいつこの間たこ焼きにケチャップかけてたぜ」

「私まだ死にたくないから。せめて超高級ホテルのスイーツを食べるまで死ねない」

「…ぐすっ…なんだよお前ら…俺の飯不味い不味いって…」

「だって不味いからしょうがないじゃん」

「うっ…名前の馬鹿ぁあああ!!!」



私って…皆が居るから、皆がこんなにも私を思ってくれて、そして私も皆を大事に思うからこそ今こんなに幸せなんだなぁ…。

ずっとずっと、この幸せを感じて生きていたいな。


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