「んー…もう朝…。って、10時!?やばよ大遅刻じゃんなんで起こしてくれないのギルゥウウ!!!」

「あぁ、おはよう名前。妬きたてのスコーン食べるか?」

「……なんで朝から死亡フラグ?」


まず頭を整理しよう。
そうだそうだ、昨日色々あって今日は仕事お休みさせてもらったんだっけ…。
それで昨日はなかなか寝付けなかったからアーサーに付き合ってもらって色々話をしてて…。確かそのままソファーで寝ちゃったのか。



「会社の方には俺が電話しておいてやったからな」

「うん、ありがとう」

「腹減っただろ。朝飯作ってやったから食べようぜ」

「え…昨日せっかく助けてもらって命が助かったって言うのにここで死にたくない」

「どういう意味だコラ…。ただのベーコンエッグだから食えるつーの!!」

「あ、それなら。いただきますー」

「……そんなに俺の手料理って不味いか…?」

「料理って言わないよ、あれ」

「…ぐすっ」


カリカリに焼けたベーコンに焦げが目立つ卵。
まぁ食べられないことは無さそうだ。


「なんかごめんね、色々迷惑かけちゃって…」

「何言ってんだよばぁか。今更だぞ今更。迷惑とかそんな気を使う仲でもないだろ」

「うん、そうだね」


アーサーはいつも私に優しいから、迷惑だなんて思ってもいないんだろうなぁ。
なんだかんだと文句をいいながらいつも一番最初に助けの手を差し伸べてくれるのはアーサーだ。
そういえば…お盆に実家に帰ったときもお祭りでアーサーに助けてもらったっけ…。


「いつもありがとね、アーサー。ほんと私アーサーが居てくれないとダメダメだよ」

「なっ…なんだよ急に」

「正直言うとさ…私けっこう強がりといいますか…あんまり人に弱みとか見せたくないんだよね。だけどアーサーには泣いてるとこ見られちゃったし…これからも辛い事あったら相談しちゃうと思うんだ…」

「そ、それって…俺を一番頼りにしてるって事、だよな…。まままま、まぁいつでも俺に相談しろよ。俺もお前の事便りにしてるから色々相談するしな」

「うん。嬉しい」

「うっ…」


頬を赤く染めて胸をぐっと押さえたアーサーは「ちょ、ちょっとトイレ!!」と勢いよく席を立った。

そういえば…ギルのやつ遅いなぁ…。
早く昨日の事謝りたいのに。
ごめんねって、言いたいのにな。


―ピンポーン


「あれ…誰だろうこんな昼間から…」


寝癖のたったままの髪を軽く押さえて玄関へ向かい、鍵を開ける。


「うわっ名前ちゃん!?中から誰かの声がするかと思ったらやっぱり居たんだ〜」

「フランシスさん!?ど、どうしたんですかいきなり」

「いやぁ、実はさ…これ届けにきたんだけど…」

「…ギル…」


フランシスさんに肩を担がれたギルはだらんと力なくうな垂れている。
うん、酒臭い。


「なんか昨日いきなり来て俺の家にあるお酒全部飲まれちゃった…お兄さん泣いていい?」

「すみません、迷惑かけて…」

「名前ちゃんは悪くないでしょ。それにしても何があったか知らないけどこいつすっごい荒れててさぁ。どうせ喧嘩でもしたんだろ?」

「喧嘩というか…まぁ色々ありまして。わざわざ送ってくださってありがとうございます」

「うん。大丈夫?中まで運ぼうか?こいつ」

「大丈夫ですよー引き摺って行きますから。本当にありがとうございました」

「お礼は今度名前ちゃんがデートしてくれればいいよ。それじゃあお兄さん今から用があるから。アデュー!」


投げキッスとウインクをして颯爽と帰っていくフランシスさんに軽く手を振って、馬鹿みたいに力尽きているギルの体を揺らす。


「ギル、ギルってば」

「うー…うっせぇな…もっと酒…」

「もうフランシスさんは居ないよ?」

「ん…名前…?」

「うん、私」


定まっていない虚ろな眼で私を見上げたギル。
謝ろう。昨日の事、ちゃんと。
それで昨晩何があったかちゃんと説明しなきゃ…


「名前…」

「ちょっ、ギル重い!!退け馬鹿!!」

「…名前」


酔っているのか寝ぼけているのか、私の体の上に圧し掛かってくるギルを必死に押し返す。
ダメだ、まず酔いを冷まさないと話にならないな…


「おい名前、誰か来たのか…って…」

「アーサー。フランシスさんがギルを送ってきてくれたんだけど…」

「…テメェ…何やってんだよ」

「ちょっ、アーサー!?」


勢いよくギルの胸倉を掴み引き上げたアーサー。


「お前…こいつに何があったかもしらねーで…。お前がちゃんとついてりゃあ名前があんな事には…」

「アーサー!!そんな事いいからギル離しなさい!!」

「こいつだけは、許せないんだよ…!!」

「なんだよ眉毛…うるせーなぁ…ふぁあー…ねみぃ」


胸倉を掴まれたまま眠そうに眼を擦るギルにアーサーの手が震えた。
ダメだ、このままじゃアーサーが…。


「あのね、ギル…」

「んー…」

「昨日さ、ギルと別れた後…私…」

「なんだよ」

「あの、ね…。なんていうか、痴漢…みたいな人に捕まっちゃって…」

「………え…?」


目を擦っていた手の動きをピタリと止め、赤い目を見開く。


「うそ…だろ…」

「嘘だって…?こいつがあんな目にあったのに、よく嘘なんて言葉が出てくるよな…」

「なん、…俺…」

「いや、まぁ直ぐにアーサーが助けてくれたからなんとも無かったんだよ!?ちょっと足擦りむいたぐらいで怪我も無かったし…。その痴漢もアーサーがやっつけてくれて今は警察に捕まってるし。だから大丈夫。それにアーサー、ギルは何も悪くないよ。だからその手、離して」

「…」


悔しそうな顔をしたアーサーが胸倉を掴んでいた手を緩めると、持ち上げられていたギルの体が力なく地面に落とされる。
酔いが覚めたのか虚ろだった目はいつも通りにもどっており、さっきと同じポーズをとったまま動かない。


「おい。話がある。俺の部屋に来い」

「ちょっ、アーサー!?何ギルつれていこうとしてんの!?」

「お前はここに居ろよ。菊…菊にここに来てくれるよう頼むからな」

「ちょっ、何する気なのアーサー!?っていうか本田さん!?本田さんだけは嫌ぁああ!!」

「あ、菊か。俺だ俺。ちょっと名前の家に来てくれないか?あぁ、今すぐ来てくれ」

「眉毛ぇえええ!!テメェなにやってんだコラァアア!!」

「プー太郎、借りてくぞ」

「なっ…」


固まったままのギルの足を掴んで引き摺っていくアーサーを呆然と見送ることしかできなかった。

ギル…固まってたなぁ…。
そりゃそうだよね。誰でもビックリするよ、あんな話…。

数分後、仕事中だったのか眼鏡に前髪を上げ変なアニメのトレーナーを着た本田さんがゼェゼェと息を乱しながら私の家にやってきた。


「名前、さっ…いったい何が!?アーサーさんが急に呼び出すなんて…しかもあんなに深刻そうな声で…!!心配でそのまま家を飛び出しましたよ!!」

「本田さん…私は今の本田さんの方が心配です。近所の人に見られたらどうするんですか」

「大丈夫です、瞬歩で来ましたから誰にも見られていません。それはそうと何故平日なのに名前さんはご自宅に…それにギルベルトさんは?アーサーさんもご一緒ではないのですが?」

「それが、その…」


要点だけ纏めて完結に事情を説明すると、固まったまま動かなくなった本田さんはそれから約5分後に再起動された。


「名前さっ、そんな…!!な、なにか変な事はされていませんか!?ああ、どうしてこんな事に…名前さん…!!」

「ちょっ、本田さん!?」

「心臓が止まるかと思いましたよ…!!いいえ、寿命が縮みました。貴方の花嫁姿を見るまでは死ねないと言うのに…」

「本田さん…」

「名前さん…無事で良かった…!!」


ふわりと包み込むように私の背中に手を回した本田さん。
本田さんも、すっごく心配してくれて…。
申し訳ない気持ちとこんなにも自分の事を思ってくれる人がここにも一人居るんだという事を再確認させられた。
心配かけてごめんなさい、本田さん…。


「大丈夫ですよ。なんともありませんでしたから」

「名前さん…」

「本田さん、湿布臭い」

「爺の必須アイテムです。っていうか貴方空気読みなさい」

「読める空気なんてしりません」


いつもの調子で話すと小さくため息をついた本田さんは「何も無くて本当に良かったです」と安息の笑顔を浮かべた。


「それで…ギルベルトさんは?」

「それが…アーサーが部屋に連れて行ってしまって…」

「そう、ですか…。まぁアーサーさんに任せておけば大丈夫でしょう…。名前さんはゆっくりお休みください。お二人が戻ってくるまで私が傍に居ますから」

「いや、本田さん仕事中だったんですよね!?いいですよそんな…なんともありませんし」

「仕事なんて何時でもできます。それに名前さんの方が何倍も何十倍も、大事なのですから…」

「…ありがとうございます」


やっぱり、本田さんは優しい。
いつも助けてくれるアーサーに、優しいお母さんみたいな存在の本田さん。
色んな人に助けられて生きてるんだなぁ、私は…。
いつの間にか皆の存在が自分の中でこんなにも大きくなっていただなんて…。


それから約1時間後。
右頬を真っ赤に腫らしたギルとアーサーが戻ってきた。


「ギル!?うわっ、何!?アーサーにやられたの!?」

「いや…」

「俺はもう帰るから、後はお前が話しつけろよ。変な事したら今度こそ地中に埋めるからな」

「それでは私もお暇させていただきます。ギルベルトさん、また明日うかがわせていただきますので私とのお話はその時にでも」

「…あぁ」

「二人とも、ありがとうございました」

「また様子見にくるからな…」

「うん。ありがとね、アーサー」


二人を玄関まで見送って、キッチンで冷凍庫から保冷剤を取り出してハンドタオルに包んだ。


「ほらギル、頬っぺた冷やして」

「…」

「痛い?」

「…名前」


腫れている頬を覆うように右手を添えると、ギルの震えた手が私の手首を掴んだ。


「俺…マジで最悪…その痴漢ぶん殴ってやりてぇ…でも、一番殴りたいのは、俺自信だ…」

「…なに言ってんの。もう殴られてるじゃん。それにギルはなにも悪くないでしょ」

「悪いのは俺だ。あの時、あんな事で怒ってお前から離れなきゃ、あんな事には…」


ぎゅっと、手首に込められた力が強くなった。
俯き肩を震わせるギル。
きっと、自分私信のいろんな後悔の念に立たされているんだろう。




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