「あっ、サディクさん…!!」

「おぉ、嬢ちゃんうじゃねーかい。今帰りか?」

「はい!!」


仕事帰り、ばったり駅構内でサディクさんに出会った。
ほんと久しぶりのサディクさんだぁー…!!
相変わらずかっこいいなぁ…。


「サディクさんは今日お休みですか?」

「おう。ちっとばかり用があって出かけててねぃ。しかしお前さん帰りがおせーんじゃねぇのか?」

「あ、今日はちょっと寄り道してて…」

「くれーのに一人で帰んのあぶねーじゃねぇか。おくってるぜ」

「え!?だ、大丈夫ですよ!!それにギルベルトがすこまで迎に来てくれてますから!!」

「おぉ、あの兄ちゃんか。なんでぇおめぇらやっぱ付き合ってんじゃねーか!!」

「違います違います!!」

「まぁそれなら安心だぜ。じゃ、またな」

「は、はい…また」


うわぁ、なんかもったいない事しちゃった気が…。
サディクさん本当に久しぶりだったなぁ。
また近いうちに会えるといいな…。


「ギルーただいまー」

「おぉ」

「お迎えご苦労!今日はちゃんと暖かくして来たんだね」

「俺様だって学習能力はあるぜ」

「そっか。うっふふー」

「……なんだよ、きもい…」

「今そこでサディクさんに会ってねー。久しぶりだったなぁ…。もう遅いから送って帰ってくれるって言ってもらってさー。嬉しかったなぁ…」

「……」


私の言葉に眉間に皺を寄せたギルはくるりと私に背を向けて歩き始めた。


「ちょっ、なんで置いて行こうとしてんの」

「俺よりサディクの方がいいんだろ。今から行って送ってもらえるよう頼んでこいよ」

「はぁ!?なに卑屈になってんの。誰もそんな事言ってないじゃない」

「あいつに送ってもらいかったんだろ?だったら俺いらねーじゃねぇか」

「分けわかんないから。私そんな事一言も言ってないじゃない」

「幸せそうな顔して言いやがって…せっかく心配して来てやってんのに…!!」

「ギル…?」


ぴたりと足を止めたギルは「あーもう」と頭を掻き毟る。


「俺…フランシスん家行ってくる」

「え…」

「帰り遅くなっから。もしかしたら泊まってくるかもしんねぇ。そんじゃあな」

「ちょっ、ちょっとギル!?」

「ちゃんと鍵掛けて寝ろよ」


な、なんなの急に…!?
フランシスさんのとこに行くって…居るかどうかも確かめてないくせに…。
なんなの、急に怒ったりして。
確かにギルがわざわざ迎に来てくれてんのにサディクさんが送ってくれるって言ったんだーなんて嬉しそうに話した私にも非はあるけど、さ…。
何もあそこまで怒らなくてもいいじゃんか。
ああもう、分けわかんない。


「…結局一人で帰る羽目になっちゃったなぁ…」


ギルが去って行った暗い道をしばらく見つめ、マンションに向かって歩き始める。
まぁいいや。どうせ明日になれば帰ってくるだろうし。
うーん、だけどやっぱり私が悪かったのかなぁ…。
ギルが帰ってきたら真っ先に謝ろう。
あいつ好物作ってビールもいつもより沢山飲ませてあげよう…。


―コツコツコツ


え…、何。足音?
そういえば前にもこんな事…。
ま、まさかねぇ…。ないない。

だけどあの時の足音に似てるような気が…。
まぁ足音なんてどれも同じだろうし…。
とにかく不気味だから早足で帰ろう。

ぎゅっと手に持っていた携帯を握り絞めて足を早く、できるだけ早く動かす。
私の気のせいだろうか、後ろから聞える足音も同じスピードで歩いてきている気がする。
それに、その音はだんだん近くなっている気さえする。

うそ、やだ、怖い…!!


「おい」

「ひっ…!!」


肩を掴まれ力任せに引き寄せられる。
見たことも無い顔をしている男はハァハァと息を荒くして私の両肩をしっかり掴んで離さない。


「ちょっ、なにするんですか!!誰だよあんた!?」

「大丈夫、大人しくしてれば何もしないから」

「離せ!!離してってば!!何すんだ変態!!」

「大人しくしないと怖い場所につれて行っくよ…?ほら、大丈夫だから」


腰に沿わされて男の手に過去の記憶がフラッシュバックして、背筋が凍った。
ダメだ、もうすっかり忘れてたのに。
あれからずいぶんたって、今ではギルと暮らし始めてからはなんとも無かったのに…。

どうしよう、震えが、止まらない…。


「ぎ、ギル…!!ギルぅう!!」

「ギルって…男か?もしかしてこの間一緒に帰ってたあの…。大丈夫、あんなの忘れさせてやるから」

「やだ!!離せっ!!ギルーっ!!!!」

「煩いんだよ!!」


体を突き飛ばされ地面に尻餅をつく。
逃げなきゃ、逃げなきゃって思うのに足がすくんで動けない…。
なんで、なんでいざという時何も出来ないの私は…!!

にやりと笑った男が私の腕を掴み、体を引き上げた。

そして視界の端に見えた、見慣れた髪色…


「え…」

「たっぷり可愛がってやるからな」

「誰をだよ」


男の体が地面へ沈んだ。

何が起こったのか理解できない。
なんで、ここの居るの…。


「おい、誰を可愛がるんだって?言ってみろよ」


倒れた男の胸倉を掴んだ私の隣人は男を壁に叩き付けた。


「あ、アーサー!!だめっ!!」

「おら、言ってみろよ。口がきけねーのか?なら無理矢理にでも吐かせてやるよ」

「アーサー!!」


ダメだ、完全に目が据わってしまっている。
アーサーがこのままこの男を殴ったりしたら正当防衛なんかじゃすまされないよ…!!


「アーサー、アーサーってば!!!」


拳を構えた右手に必死でしがみつく。
はっとしたように私を見たアーサーは男を掴んでいた手を緩め、壁に押し付けられていた男は重力に任せて壁をつたって地面へ尻餅をついた。


「名前…お前、大丈夫か!?ど、どこか怪我は!?」

「無いよ…ちょっと足擦りむいちゃっただけ」

「…心配かけさせんなよ馬鹿!!心臓止まるかと思ったぞ!?」

「ごめん…」

「良かった…無事で本当に良かった…」


苦しい程に私の背に腕を回し、強く抱きしめたアーサーの体温にホッとして、思わず涙が出そうになった。

良かった…アーサーが来てくれなかったら今頃…。
考えただけでも恐ろしい。


その後、アーサーが警察に通報し男は連れて行かれた。
私とアーサーも警察の方で軽い事情聴取をされる事になり、気がつけば時刻は日付を変わる頃になっていた。

ギル…帰ってる、かな…。



「大丈夫か?」

「うん、もう大丈夫。だけどビックリした」

「警察の話じゃ他にも何人か襲ってた奴らしいな。会社帰りのOLなんかを狙ってたらしい」

「うわぁ…私いいカモにされちゃったんだね…」

「だからあれほど夜道には気をつけろって…いや、お前に非はないよな…。っていうかあのプー太郎はどうしたんだよ。確か迎にこさせる、とか言ってなかったか?」

「喧嘩しちゃってねー…」


パトカーでマンションの前まで送ってもらい、アーサーに部屋の中までついてきてもらうことにした。
やっぱりまだギルは帰ってないか…。


「だけどお前が無事で本当に良かった。本当に」

「アーサーが来てくれなかったら本当に危なかったと思う。ありがとね」

「たまたまお前より一本遅い電車だったんだな…。それで聞きなれた女の叫び声がするから、まさかって…」

「抵抗したんだけどね、体が震えちゃって…」


そういえばアーサーには言ってなかったっけ…。
私が入社したての頃当時の上司にセクハラ受けてたって。
まぁそんな事自分自身でも忘れてた程のものだったしね…。
だけど今日、あの時の感覚がよみがえって震えが止まらなかった。
やっぱりトラウマになってるのかなぁ…。
ギルやアーサーはなんともないのに。


「お前、明日は会社休めよな。まだ気持ちが落ち着かないだろ?」

「うん…そうだね。そうするよ」

「俺も…明日は休んでここに居るから。あの馬鹿が居ないんじゃお前一人だろ」

「やだなぁ。大丈夫だよ。ギルが来るまではずっと一人だったんだし」

「大丈夫じゃないだろ。顔色悪いし…。何か食べるか?スープぐらいなら作ってやるよ」

「うん、断固拒否するよ」

「な、なんでだよバカァ!!いいから食えよ!!」


キッチンに立ったアーサーが「ぶわっ塩入れすぎた!!」だとか「いでっ」と怪しい声をあげながらスープを作っていく。
出来上がったスープは相変わらず不穏な色をしていてお世辞にも美味しそうとは言えない。

だけどなんでかな。

カップに入ったスープをぼんやり眺めていると、自然と涙がこみ上げてきた。



「なっ、なんで泣いてんだよ…そんなに不味そうか?」

「違うよ…。なんか自然に出てきちゃっただけ…」

「…お前の泣き顔、初めて見たよ」

「うん。私も。誰かに泣き顔を見られたのは十数年ぶりだと思う」


ぽたぽたとスープの中に涙が落ちた。
せっかくアーサーが作ってくれたスープなのに…。
まぁこんなポイズン元から飲めたものじゃないけど。


「なら、いっぱい泣け。今まで溜め込んでたぶん全部吐き出せばいいから」

「ちょっ、そういうのやめて。本当に涙止まらなくなるから…!!」

「大丈夫だっつってんだろ。止まるまで、ずっと一緒に居てやるから…」


ああもう、ずっと隠してきたのに。
泣きそうになったって、いつもずっと我慢してたのに…。



「ぅっ…あ、さぁーっ…」

「なんだ?」

「怖かったよぉおお…」

「ん。もう大丈夫だ。何があっても守ってやるから」

「っ…ま、眉毛ぇええ〜!!うわぁあん!!」

「眉毛!?だから代名詞で呼ぶな!!なんでこの雰囲気で眉毛なんだよバカァアア!!」

「ありがと…助けてくれて、ありがと…アーサー…っ」

「…あぁ」


アーサーが居てくれて本当に良かった。

ギル…今何してるのかな。
私はアーサーの肩を借りて泣いてるよ。
今まで誰にも涙を見せなかったのに、泣いてるよ。

ねぇギル。

今すっごく、君に会いたいよ。





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