「たっだいまー!今日も仕事大変だったぁ〜。またデンさんがセクハラまがいの発言、」

「名前ーーっ!!!」

「ごふぁっ!!」


家に帰って玄関を開くなり私のお腹辺りに激突した何か。
じわりとにじむ視界で視線を下げるとそこには小さなアーサー…否、ピーター君の姿があった。


「ピッ、ピーター君!?なんでここに…」

「シー君家出したんですよ!今日からここで一緒に住まわせてほしいのですよ」

「はぁああ!?」


私のお腹辺りにぎゅっと顔を埋めたピーター君は涙を含んだ声でそう言い放った。
ど、どうなんってんの…?


「ギル!!ちょっとギルー!どうなってんのこれ!?」

「俺もよくわかんねーよ。いきなり来たかと思えば何も言ねーし…」

「嫌ですよ。絶対お家には帰りたくないですよ」

「我侭言うんじゃねぇ!っていうか何抱きついてんだ!!」


ぎゅっと抱きついてその場を動こうとしないピーター君の体をギルが無理矢理引き剥がそうとする。


「いーやーでーすーよー!」

「ギル、いいから。ピーター君、どうして家出なんかしたの?」

「…言いたくないですよ」

「ピーター君今日から新学期だよね。学校でなにかあったの?」

「違いますよ。全部、全部パパとママが悪いのですよ!!シー君の運動会見に来てくれるって言ったのに仕事かできたから来れないって言うのですよ…!!」

「運動会…?」


瞳いっぱいに涙を浮かべたピーター君は「ずっと前から約束してたんですよ」と俯いた。


「そんな事かよ!!お前も男ならそんな事で泣くんじゃねぇ」

「な、泣いてなんかないですよー!!ギルベルト死ねですよ!!」

「てめっ、さっき俺のおやつ分けてやった恩を忘れたのかよ!?」

「名前!!お願いですよ!!あんなバカは追い出してシー君と一緒に暮らすですよ!!」

「こんのガキャァアア!!」

「あのねぇピーター君…。パパもママもお仕事が忙しいから仕方がないんでしょ?ピーター君が我が侭言ったらパパもママも困っちゃうよ」

「…去年も来てくれなかったのですよ。その前も。その前の年も。参観日も音楽会も皆アーサーの野郎が来てるのですよ。やけにニヤニヤ笑っててすっごく気持ち悪いのですよ」

「弟の勇姿がみられて幸せなんだろうねぇ…。アルフレッド君達のは見られなかったから。まぁ確かに折角のイベント行事に毎回アーサーが来るっていうのは可哀想かなぁ」

「すげぇ同情するぜ。俺ならグレてる」

「だよね」


―ピンポーン


「誰だろう。ちょっと出てくるから待っててね、ピーター君」

「はいですよ」

「こっち来てアニメ見るか?」

「見るのですよー!」


まぁこの時間帯に訪れるお客さんなんていつものごとくあいつしかいないんだけどね。


「おっ、おい名前!!ピーター来てないか!?」

「来てるよー。今中でギルとアニメ見てる」

「はぁあああ!?あいつこんなとこで何やってんだよったく…。でも居て良かったぁ〜…」

「お疲れ様。ちょっと話いい?」

「ん?なんだよ」

「いいからいいから。アーサーの部屋で話そう」

「ま、まぁお前がそうしたいなら別にいいけど…」


ピーター君に気付かれないようにアーサーの背中を押して玄関を出る。


「なんだよ話って」

「あのさぁ、ピーター君私のところに家出しに来たんだって」

「ったくあのバカ…。ピーターが居ないって家の者から連絡が入ってそこら中探し回ったんだからな…」

「お疲れさんです。それでさ、なんで家出なんてしたのって聞いたの。そしたらパパとママが運動会に来られないからって…」

「…その事か」

「実は私にも覚えがあるんだよね。うち両親がいないでしょ?昔はお爺ちゃんもお婆ちゃんも仕事してらから学校のイベント行事とかってなかなか来てもらえなくってさぁ」

「そうか…」

「だからなんとなくピーター君の気持ちも分かるんだよね」

「代わりに俺が行くんじゃダメなのかよ」

「うん。私なら泣く」

「お前なぁ…服破るぞ…」

「どんな嫌がらせだよ」


はぁと大きくため息をついたアーサーは手を額に当てて眉間に皺を寄せた。
こればっかりは私の手でどうにかしてあげられる問題じゃないからなぁ…。おもいっきり家族の問題だしね。


「とりあえず、ピーターに話を聞いてみる」

「うん。あんまり厳しく言っちゃだめだよ」

「あぁ。でも心配かけさせた事はちゃんと叱ってやらねぇと」


これでもアーサーもお兄さんだもんね。
ピーター君の両親が仕事で忙しい時はいつもアーサーが親代わりになってるわけだし…。
私にも何かできないものかなぁ


「おいピーター!!」

「うげぇええ!!眉毛野郎ですよー!!」

「いや、お前も眉毛だぜ」

「お前心配かけさせやがって!!まだ一人じゃ何もできねーくせに何が家出だバカ!!」

「バカって言った奴がバカなのですよ!!バーカバーカ!!」

「んだと〜!!」

「アーサー、落ち着け。大人になろうよ」

「うっ…」


ゴホンと咳払いをしたアーサーはピーター君に「そこに座れ。正座で」と指示をした。


「話は全部聞いた。今度の運動会も俺が見に行くことになってるから」

「いやですよ。パパとママじゃないといやです」

「我が侭言うなバカ。二人とも世界中を飛び回ってる忙しい人間だってちゃんとお前も分かってんだろ?」

「…だけどずっと前から約束してたんですよ…」

「普段のお前はもっと聞き分けがいいだろ…。どうしてそこまでして両親じゃなきゃダメなんだ?」

「そりゃあニタニタ笑った眉毛太い兄貴に来られるのが嫌だからだろ!!」

「ごめんアーサー、今このアホ黙らせるから」

「ちょっ、やめっ、イヤァアアア!!」

「ゴホン。何か理由でもあるのか?」


拳を振り上げる私を見ないように咳払いをしたアーサーに、ピーター君は消え入りそうな声で呟いた。


「リレーが…」

「ん?」

「リレーがあるのですよ。親子三人でペアを組んで参加するリレー」

「あぁ、あれか…」

「僕は毎年出られないからずっと見てるだけだったのですよ。アーサーの野郎と出るのは死んでもいやだし。一人足りないし」

「お前なぁ…!!」

「だから今年こそはって、ずっと前からパパとママにお願いしてたのですよ。一緒に参加して、シー君が頑張ってるとこ見てもらって…一度でいいからママのお弁当を皆で一緒に食べたかったのです」

「ピーター…」


ピーター君の気持ち、痛い程分かるなぁ。
私も昔同じ経験をしたことがある。
友達が両親と楽しそうにお弁当を食べている姿なんかを見て「別に羨ましくなんかない」って意地張ったりして…。
パパとママかぁ…。


「ねぇピーター君…一つ提案があるんだけどね」

「なんですか?」

「運動会の日、私がピーター君のママの代わりにお母さんになってあげられないかなぁ…なんて」

「はぁああ!?なっ、何言って…」

「本当ですか!?本当に本当なのですか!?」

「うん。ピーター君が嫌ならいいんでだけど…」

「嫌じゃないですよ!!嫌じゃないです!!」


ブンブンと勢いよく首を横に振ったピーター君はキラキラとした目で私を見つめてからギュッと抱きついた。


「名前がママなんてすっごく嬉しいのですよ!!」

「良かった〜!!ピーター君に喜んでもらえるならなんでもしちゃうよー私」

「わーいなのですよー!!」

「んだよ…そんな事で良かったのか?だ、だったら父親役は俺が…」

「アーサーがパパなんて死んでも嫌ですよ」

「じゃあギルでいい?」

「ダメですよ。だってギルベルトのやつ精神年齢シー君と同じですよ」

「うん、言えてる。それじゃあ他の誰かに頼まないとなぁ…。うーん…協力してくれそうな人は…」


トニーさん?うーん、でもバイトが忙しいだろうしなぁ…。お休みだとしても運動会なんて体力のつかう行事に参加してもらうのは申し訳ないし…。
フランシスさん、は無いよね。ナイナイ。


「パパ役は私が探しておくよ。ピーター君が恥ずかしくないような人にやってもらうからねー」

「お、俺だったら恥ずかしいのかよ…」

「ありがとうですよ名前!!これであの飛馬のやつに対抗できるのですよぉーっ!!」

「飛馬って誰?」

「同じクラスで威張ってる奴ですっごくむかつく野郎です。親子リレーで勝ってあいつの鼻をへし折ってやるですよ!!」

「うん!一緒に頑張ろうね」

「はいなのですよ!」

「俺じゃダメなのか…そ、そうか…グスッ」


良かった、ピーター君とっても嬉しそうで。
私なんかで代役が務まるのか分からないけどピーター君が喜んでくれるなら私のできる事ならなんでもしてあげようじゃないか。
ぎゅっと私に抱きついて「名前大好きなのですよ!」とはしゃぐピーター君を見ているとなんだか本当のお母さんにでもなれそうな気さえした。
これが母性本能ってやつなのかなぁ…。

一緒に夕食を済ませて、いまだに落ち込んでいるアーサーがピーター君を家まで送っていった。
ふぅ…一件落着できて良かった。
ピーター君の小学校の運動会は12日。
それまでに父親役をやってくれそうな人を探しておかないとなぁ…。

部屋の隅っこで意識を失っていたギルが「Gカップは俺のもの」と寝言を叫んだ。

もうこいつ生ゴミの日に一緒に出してやろうか…


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