「兄貴がいつもお世話になっています」


”ドイツ印の芋饅頭”と日本語で書かれた菓子折りを差し出したルートヴィッヒ君が深々と頭を下げた。


「えっと、ルートヴィッヒ君…?」

「呼び捨てで構わない」

「じゃあルート君。ギルと違ってものすごく律儀なんだね」

「あぁ…兄さんはその、あれだ。だいぶ常識がなっていないからな。頭が弱いんだ」

「ワオ。けっこう言うねぇキミ」


朝早くにやってきたギルの弟ルートヴィッヒ君。
昨日偶然兄弟の再会を果たしたわけなのですが…。
ギルまだ寝てるし、なんだかなぁ。


「昨晩はいきなりすまない…。俺も動揺してしまって」

「こちらこそ。大事なお兄さんをお預かりしてるのになにも言えず…」

「その…少し聞いても構わないか…?」

「なぁに?」


ゴホンと咳ばらいをしたルート君は少し頬を赤く染めて早口に言葉を言い放った。


「兄さんとは、もう、その…そういった関係に…」

「そういったって…」

「だからだな…。恋仲、というか…恋人、なのか?」


うん。なんだか素敵な勘違いされちゃってるよね!
それにしても顔真っ赤にしちゃって…。
初心なんだねぇルート君は。
可愛いなぁ。


「うん、それはまったくの勘違いだよ。そんな甘い物はまったくございません」

「なっ…!?しかし男女が同じ場所で暮らして…」

「なんていうか…ギルは弟というかペットみたいな感覚だからね。ルート君は自分の兄弟やペットに恋愛感情なんて抱かないでしょ?」

「まぁ、その通りだが…」

「そんなとこです」

「そ、そうか」


なんだかギルとルートヴィッヒ君って性格正反対だよなぁ。
ギルから少し話は聞いていたけど本当に真面目だし誠実だし…
それにこのムキムキ…。いかん、私の本能があのムキムキを欲している…。
悪いか、筋肉マニアで。


「る、ルート君はフェリシアーノ君と同じ学校に?」

「あぁ。同じ学年だ」


うわぁ。じゃあアルフレッド君達とも同じなんだね…
世間は本当に狭いです。


「その大学に私の知り合いの子も居るんだよね。あと教授にも知り合いの方が…」

「世間は狭いな…」

「ですよねー。あ、そういえば朝ごはんとかちゃんと食べてきた?」

「そういえば昨日の夜から何も食べていないな…」

「昨日は色々と大変だったもんねぇ。私も朝ごはんまだだから一緒に食べない?」

「え、あの…その、すまない…」


顔をカーッと赤くして少し俯いたルートヴィッヒ君。
私が朝ごはんまだって聞いて朝早く来すぎた事に対する申し訳なささとか色々考えちゃってるんだねぇ。
うん、いい子だなぁ。


「あの…名前、さん」

「名前でいいよー」

「じゃあ名前。トイレを借りても構わないか?」

「もちろん。漏れないうちに行っておいでー」

「なっ…!!も、漏らすわけないだろう!?」

「冗談だよー」


ふふふ。声裏返しちゃって可愛いなぁ。
少しため息をついたルート君は顔を赤くしてトイレに駆け込んだ。
女の人に慣れていないのかいちいち初心な一面を見せてくれるよなぁ。
ギルとは大違いだ。


「ふぁ…。おねむだぜ…」

「おはようギル。二度寝するんじゃないよ〜」

「ん…?あぁ」


目を覚ましソファーから起き上がったギルが寝ぼけ眼でふらふらと私の傍までやってきたかと思うと、ペタペタと私の顔を触ってきた。
何したいのこの子。


「何してるんですかギルベルトさん」

「あれ、俺昨日…」

「邪魔なんですけどマジで」

「あー…そっか。そうだったよな」

「なに一人で納得してんの〜?お姉さんのお話聞いてますかー」

「誰がお姉さんだよ童顔女」

「聞いてんじゃねーか上等だなこのプー太郎」


手に持っていた包丁をすっともちあげるとビクりと体を震わし私の両頬を挟んでいる手を離した。
ムクっと頬を膨らませたかと思うと背後にに回りこんでいつものように私の背中に圧し掛かった。
うわぁ、こいつ上半身裸だから生暖かい体温がダイレクトに伝わって気持ち悪い…。


「なっ…何をやっているんだ兄さん…」

「ん?って、うぎゃぁああああ!!るるるる、ルッツゥウウ!?」


トイレから戻ってきたルート君の存在に気付いたギルは慌てて私の体を突き放した。
包丁持ってるのに危ないんですけど…


「兄さん…。とやかく言うつもりはないが少し人の目も気にしたらどうなんだ」

「ちがっ、ちげぇよぉおおおお!?こいつが背中寒いっていうから俺様が人肌で暖めてやってたんだよ!!」

「嘘をつくんじゃない!!俺が騙されると思ってるのか!?」

「ちくしょぉおお昔は騙せてたのによぉおおお!!!」

「ったく兄貴はいつもいつもそうやって俺を騙して!!少しは成長したらどうなんだ!!」

「うっせぇなぁ〜!!兄貴に逆らうんじゃねえ!!」

「なら逆らうような事をさせるな!!」


うん。ルート君も色々と苦労してきたんだね…。
それにしてもどこの兄弟も同じといいますか…口喧嘩が絶えないもんだよねぇ。
ギルとルート君は数年ぶりに再会したって言ってたのにまるで少しも変わっていないという事が以前の兄弟仲を知らない私にも分かる。


「はいはい朝ごはんできたよー。ルート君もいっぱい食べてね」

「すまない」

「おいルート、お前箸使えんのかよ?」

「当たり前だろう」

「ギルは使えなかったもんねぇ。だから最初はフォークとスプーンで食事してた」

「兄さん…」

「哀れむような目で俺を見るな弟よ」


じゃが芋のお味噌汁に焼き魚とおひたしにお漬物という実に日本人らしい朝食をとった私達。
ルート君も「美味い」って言ってくれて良かったなぁ。
ギルなんて最初は「微妙」としか言ってなかったもんね…。
いや、それは今も変わらないか。


「それじゃあ俺はそろそろ帰るぞ」

「え、もう帰っちゃうのルート君。もっと一緒にお喋りしようよ?数年ぶりに再開した兄弟なんだからもっと話したい事とかあるんじゃない?」

「いや、昨晩充分話はできたからな…。それにフェリシアーノとロヴィーノと一緒に図書館に行く約束をしているんだ」

「そっか。二人にもよろしく言っておいてね」

「あぁ。また近いうちに名前ともゆっくり話しがしたい。また来ても…構わないだろうか。こっこれは決して下心があるなんて事じゃないからな!」

「うん。いつでもおいで。ギルはいつでもここでダラダラしてると思うし。私が居なくてもギルに会いに来てくれていいからね」

「あぁ…」


ホッとしたような笑顔を見せたルート君は「それじゃあ」と短く挨拶をして帰っていった。
なにやら「あー」だとか「うー」だとか唸り始めたギルが床の上をゴロゴロと寝転がって回転した。


「ちくしょールッツのやつー。昔はあんなに可愛くて俺様の命令に従ってたくせによぉ〜。じゃが芋を食べ過ぎると頭からじゃが芋の芽が生えるって嘘ついたらずーっと信じてたあのルッツがよぉお〜」

「お前何弟に嘘ついちゃってんの!?それを信じるルート君もなんとうか…純粋で可愛いんだけど…」

「それは忘れもしないあの日の事」

「うわ、なんか語りはじめた」

「俺様は幼いルートヴィッヒを連れて幽霊が出るという屋敷に行ったんだ。中に入ってあいつにその場で待つように指示したんだ。物陰で怯えて泣きながら俺の帰りを待ってるあいつを見て楽しんでいた」

「うわぁぁあああ!!最悪!!っとに最悪だぁああコイツゥウウウ!!」

「俺が迎えに行くと兄さん兄さんって抱きついてきて…あんなにっあんなに可愛かったのに…!!グスッ」

「可愛がってんのか苛めてんのかよくわかんねーよお前」


とにかくギルもなかなかのブラコンだったんだね。
少し年齢も離れてるし可愛いのは分かるけど…。
二人の小さい頃かぁ。貴重は話が聞けた気がするなぁ。
その後もギルから”ルッツのパンツにマッシュポテトを入れてやった”だとか”出来上がった宿題を隠してやった”などというとても不憫なお話を聞いて一日を過ごした。
なんというか、ルート君…
今度会った時はもっと彼を労わってあげよう…。
お互いギルに苦労させられてるんだもんねぇ…。
私達きっといい理解者になると思います。
ルート君から貰った饅頭を食べながら彼に思いをはせた。





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