「にい…さん…?」 見開かれた双方の目にお互いの姿が映しだされた。 え、なに、嘘でしょ…まさか、 「兄さん!!!」 「ルートヴィッヒ…」 「兄さんっ!!今までどこに行っていたんだ!?なにも言わず出て行って…俺はずっと兄さんの事を心配して…!!」 「あ、お前…」 ルートヴィッヒと呼ばれたフェリシアーノ君の友人はギルベルトの両肩を掴み詰め寄った。 ルートヴィッヒって……ギルの、弟…? 「ギル…?」 「どういう事なんだ兄さん…!!こんな場所で、まさかこの女と一緒に暮らしているのか!?」 「落ち着けよルート…」 「落ち着いていられるか…!!何年も姿をくらませて…俺がどれだけ心配したのか分かっているのか!?」 「いいから落ち着け。ちゃんと話すから」 ギルの肩に置かれた彼の手が小刻みに震えていた。 その手をギュッと握ったギルベルトは、一瞬私と目を合わせて「ちょっと外行ってくる」とルートヴィッヒ君の腕を引っ張っり玄関から出て行ってしまった。 「…えっと…彼はもしかして…」 「……」 「名前さん?」 「ギルの…弟君、だと思います」 「やはりそうでしたか…」 「ヴぇー…。まさかルートの探してた人がギルベルトだなんて思わなかったよ…」 「それはどういう事ですか?」 「ルートが誰かを探しているのは知ってたけどあんまり話してくれなかったし…」 「おれはそんな事知らなかったぞちくしょー」 「うん。ルートはあんまり話したがらなかったから」 彼が、ギルの弟の…。 そっか、こんなに近くに居たんだ…。 だけど彼…ギルの事何も言わずに出て行ったって…。 ルートヴィッヒ君、あんなにギルの事を心配して…。 今頃二人でどんな話をしているんだろう。 赤の他人の私が介入していい事じゃ、ないよね… 「名前さん、大丈夫ですか?」 「えぇ、大丈夫ですよ。あの二人の事を私がとやかく言う資格もありませんし…。とにかく二人のお話が終わるまで待ちましょう。私晩ご飯の準備してきますね」 「名前さん…」 「ギルは大丈夫ですよ、きっと。ロヴィーノ君とフェリシアーノ君も彼の帰り、待つよね?ご飯作るから一緒に待っててね」 「ヴぇ〜…。名前ー、俺なんか不安だよぉー…あの二人どうなっちゃうのかな…」 「そんな事名前に言ったって仕方ねーだろ!!」 「ヴぇー…」 キッチンの前に立ち冷蔵庫の野菜室に埋め尽くされるように入れられているじゃが芋を取り出し皮を剥いた。 そっと私の隣に立った本田さんは、包丁を手に取りボールに入った皮の剥けていないじゃが芋を手にとり私と同じように皮を剥き始めた。 「本田さん」 「はい」 「私、ギルには家族が居ないって聞いていたんですよ。大事な弟が居るけど遠い場所に居るからって。元気なら自分はそれでいいからって。だけど弟君はずっとギルの事を心配していたんですよね。そりゃあ当たり前ですよ。そんな事も考えないで、私は…」 「貴方に責任はありませんよ」 「やだよなぁ、自分が醜くて。いきなりギルの弟が現れて、こんな大変な時にでも心の中ではもしかしたらギルが居なくなってしまうんじゃないかって不安でいっぱいになってるんですよ。自分勝手ですよねぇ、私」 「そんな事はありません。私も同じですから」 「まったくもう、いつからこんなに誰かの存在を頼りに生きていくような女になったんでしょうかねぇ私は」 「それはギルベルトさんがここに来られてからですよ」 「…そう言うと思ってましたよ」 「名前さん」 「はい」 「剥きすぎですよ」 大量に積み上げられた皮の剥かれたじゃが芋を指差した本田さんは「あとは私がやりますから」と私の肩を叩いた。 あぁもう、私ってば動揺しすぎだろう…。 こんな時が来るんじゃないかって思った事もあった。 だけどいざ事態を目の前にするとやっぱり受け入れられなくって 最初っから分かってたつもりだったんだけどなぁ。こんな生活はいつまで続くかも分からないものだって事は。 ギルには家族が居て、あんなに心配してくれていた弟君も居るんだもんね。 本田さん手作りの大量の芋料理が食卓に並ぶ時間になっても二人は戻ってくる気配は無くロヴィーノ君とフェリシアーノ君も本田さんが駅まで送り届けに行ってくれた。 夕食の残りにラップをかけ、ソファーに体を沈めてひたすらギルの帰りを待ち続けた。 「…このまま、戻ってこなかったらどうしよう」 一人で居ると色んな事を考えちゃってダメだよなぁ。 頭ぐるぐるしてきた。 考えるのはよそう。私がこんな所で悩んだってどうにもならないじゃないか。 ったくもう、ギルのやつ何やってんだ。 早く帰ってきてくれないと私がどうにかなりそうじゃないか。 ちくしょう…帰ってきたら一発ぶん殴ってやるんだからな。 抑えられない感情を抱えたままそっと目を閉じてクッションに顔を埋めた。 数センチ開けられた窓の間から外から帰ってきたピヨちゃんが私の傍に降り立ち不思議そうに首をかしげて「ピィ」と鳴く。 ああもう、なんだか泣きそうだ。 玄関のドアを開ける音がして聞きなれた足音が部屋中に響いた。 足音だけで、誰なのかなんて分かるぐらいに私はやつと同じ時を過ごしてきたんだから。 「なに泣いてんだよ」 「泣いてませんから」 「いや、ここは泣けよ」 「泣くなんて事しませんから私」 「わり、帰り遅くなった」 「遅すぎですよね。こちとらずっと待ってたんですけど」 「悪い」 「別に謝んなくていいけど」 ラップに包まれた夕食をレンジに詰め込み暖めボタンを押す。 ジーと鳴るレンジの機械音だけがリビングに響いた。 「さっきルートヴィッヒ…弟と話してきた」 「うん」 「まさか日本に居るだなんて思ってなかったからびっくりしたぜ」 「うん」 「すっげぇ久しぶりに会ったからあいつも成長してて驚いたぜ。俺よりムキムキだったし」 「ギルよりかっこよかったしね」 「いや、俺様の方がかっこいい」 「黙れよ」 チン。 温まった夕食をテーブルの上に並べ、相変わらず箸使いの悪いギルのガツガツ食べている姿を眺めていた。 ここに来た頃はお箸も使えなかったんだっけ。 「なぁ」 「なに」 「なんでこんなに芋ばっかなんだよ」 「芋好きでしょ」 「好きだけど」 「ならいいじゃん」 「なぁ」 「なに」 「これお前の作った料理じゃねーよな」 「分かるんだ」 「分かるに決まってんだろーが」 お箸を空になったお茶碗の上に置いたギルは離れた場所で膝を抱えている私を手招きして隣に座らせた。 ギルの腕に当たった肩から体温が伝わってきて、涙が溢れそうになった。 「名前」 「…」 「俺、あいつにも何も言わず家を出たんだ」 「そっか」 「理由は言えねぇ。多分これからも。だけど今まではずっと一人で生きていこうと思ってた。頼る奴なんて居なくても、一人で生きていけると思ってた」 「うん」 「だけど今、一人になるのがすげぇ怖い」 触れ合った肩が震えて、左手の手の平に大きな右手が重なった。 「だから、だから…」 「ギル」 「…」 「お願いだから、これからも一緒に居てください。弟のところに帰るだなんて言わないで。プー太郎でもいい。ずっとここに居てほしいの」 震える右手をギュッと握り締めると、ギュッと締め付けられるほどの強さで体を引き寄せられその胸板に押し込まれた。 「お前が望むなら、いくらでもここに居てやるよ。望まれなくても居ついてやる」 「ギルも私と一緒に居たいなら素直になればいいのに」 「いや、俺様と一緒に居たいつったのお前だろ。素直になったかと思うとすぐこれだぜ。ツンデレなんて似合ってねーぜ」 「黙れプー太郎。甲斐性無しのニートが」 「そのプー太郎にこれからも一緒に居てほしいって言ったのはどこのどいつだよ?」 溢れそうになる涙を必死に抑え、ギルの背中に腕を回して耳元でおもいっきり叫んでやった。 「それは私だよ悪いかコノヤロォオオオ!!」 いつから私はこんなに人の存在を頼りにしなくては生きていけなくなってしまったんだろう。 「それはギルベルトさんが来られてからですよ」という本田さんの返答が頭を過ぎり、スッと胸の奥に染み渡った気がした。 . ←|→ |