お祭りにやってきた。

お婆ちゃんが以前から買っておいたという新しい浴衣に袖を通し、身支度を整えていると目をキラキラと輝かせたアーサーとトニーさんがこっちを見ていた。


「ええやんなぁ浴衣…。そそるわぁ…」

「和服は日本女性の象徴だよな…。知ってるか、昔着物の下はノーパンだったらしいぞ」

「うっそぉお!?ちょっ、お前なんでそういう無駄な知識ばっか知ってんねん!!逆に尊敬するわ!!」

「褒めてんのか?」


うわぁ、トニーさんとアーサーが仲良く喋ってるよ…。
その話題は最悪だけどな。


「OH!!前の紺色のも可愛かったけど白い浴衣も似合うじゃないか!!キュートだぞ!」

「ありがとう」

「知ってるか、浴衣が似合うやつって寸ど「お前のケツにロケット花火ぶちこんでやろうか」嘘です。なんでもないです」

「じゃあ皆、そろそろ日も暮れてきたし行こうか」

「あぁ!!」

「気をつけて行ってくるんだよ〜」


家から少し離れた場所にある神社で行われるお祭りは地元以外の人も訪れるようなわりと大きなお祭りだ。
打ち上げ花火もあるんだよね。
行くのも久しぶりだなぁ…。


「うっわー。人多いなぁ」

「ほんとだねぇ。迷子にならないようにしないと。特にギルとアルフレッド君」

「もー!ギルベルトはともかくなんで俺もなんだい?」

「二人はちょこまか好き勝手行くでしょーが」

「おいギルベルト!!射的があるぞ!!前回の決着をつけようじゃないか!!」

「おう!!望む所だぜ!!」

「って聞いてねーし!!」

「あー、俺もやりたいわぁ〜」


言ってるそばからあのガキ共は…。


「おい」

「んー?」


浴衣の袖を引っ張られて振り返ると、いたずらっ子のように笑ったアーサーが私の腕を掴んで「抜けるぞ」と言って三人とは反対方向に私を引っ張って行った。


「って、ちょっとアーサァアア!?何してんすか!!」

「別にあいつらに構ってやることないだろ。お、俺と一緒に見て回るのは嫌かよ…」

「嫌じゃないけど…大丈夫かなぁ、あの三人」

「お前ちょっと過保護すぎるぞ。放っておいても好き勝手やってるって」

「ならいいけど…」


こくりと頷くと嬉しそうに笑ったアーサーは私の手をぎゅっと握った。


「お、お前がはぐれるといけないから繋いでてやるよ…」

「それはどうも」

「べっ、別にお前のためじゃなくて俺の為なんだからな!!」

「うん。そのツンデレ矛盾してるって気づこうな。どんなデレだよ」

「う、うるさい!!あっち行くぞ!!」


ぐいぐいとアーサーに腕を引かれて向かった先は金魚すくいのお店。
ん?なんで金魚すくい?


「アーサー、これやりたかったの?」

「あぁ、一度やってみたかったんだよな」

「可愛いとこあるねぇ。おじさん、二人ぶんよろしくねー」

「あんちゃん男なのに可愛いとこあるじゃねーかい。彼女にいいとこ見せてやんな!!」

「可愛くねーよバカァ!!」


ノリいいなぁこのおっちゃん。
それぞれ渡された金魚をすくうポイを手に取り金魚の入っている水槽の傍にしゃがみこむ。


「多くすくった方が相手の命令をなんでもきくってルールはどうだ?」

「アーサーってば…この私に勝負を挑む気…?金魚屋泣かせの名前ちゃんと呼ばれたこの私に挑もうとは100年早いわぁあああ!!!」

「なんだよそれ!?」

「ね、姉ちゃんもしかしてあの伝説の少女かい!?やべぇ、とんでもねー客に目ぇつけられちまったぁあああ!!」

「え、お前有名なのか!?どんな称号持ってんだよお前!!」

「この勝負…私が勝つ!!!」

「お、俺だって絶対まけねーからな!!」


金魚すくいのポイントはまず角を取ることだ。
暗い場所に集まってくる金魚の習性を生かし、自分の体で影を作る。
そこに集まってきた金魚を手早く正しい角度で救う事ができれば一枚のポイで何度もすくう事ができるのだ…!!!


「すげぇえええ!!二匹どりだ!!」

「おま、それ犯則だろ!?」

「犯則じゃありません。ちゃんとした技ですから!!っていうかギャラリーできてるし!!」

「兄ちゃん諦めなって。この姉ちゃんには誰も敵わねぇさね」

「やってみねーと分からないだろ!!」

「頑固だねぇアーサーも」


沢山のギャラリーの中繰り広げられた戦いの結果は勿論大きな大差をつけて私の勝利。
こうして私はまた新たなる伝説を残したのだった。


「お前にあんな特技があったとは…」

「久しぶりだから腕がなまってたなぁ。アーサーも始めてのわりには上手だったよ」

「ん。で、お前は俺にどんな命令したいんだ?」

「んー。思いつかないから考えておくよ」

「そうか」


右手には金魚が数匹入ったビニール袋、左手にはぎゅっとアーサーの手が握り絞められていた。
今更だけど、お祭りで手を繋いで歩くなんてちょっとバカップルみたいで恥ずかしくないか…?
祭り事はイチャイチャしてるカップルが多いから軽く殺意が芽生えてくるんだよなぁ…。
昔森林の中でにゃんにゃんしている奴らと見た時はなかなかショッキングだったのを欲覚えている。


「お前何か食べたい物とかあるか?」

「んー。リンゴ飴。リンゴ飴食べたいなぁ」

「ん。リンゴ飴の屋台ってどこだったかな…」

「確かこの先に…って、うおおお!?」

「うわっ!!おい名前!!」


人の波にのまれてついアーサーの手を離してしまった。
もうすぐ花火の時間という事もあってか、見晴らしのいい場所に行くために移動をする人たちの波に飲まれ気がつけばアーサーの居た場所から離れた場所まれ流されてしまっていた。


「あちゃー…これだと遠回りして行った方が早いよね…」


境内の後を通れば早いよね。
薄暗くて怖いけど仕方が無い。
案の定どんよりとした境内の後は人影も少なく、あまり近づきたくないような雰囲気を出していた。
そして進行方向の先に見える見るからにガラの悪そうな人たち。
うげぇ…。絡まれると厄介だ。
目を合わせないように通り過ぎよう…

そんな私の願いも叶わず、ポンと肩に置かれたゴツゴツとした手に背筋に鳥肌が立った。


「お姉さん。ここで何してるの?」

「通り過ぎようとしているだけですのでお構いなく」

「ねぇ、お金持ってない?俺ら帰りの電車賃もないんだよねー。ちょっとでいいから貸してくんない?」


電車賃も無いのに祭りに来るんじゃねぇと拳を振り上げたくなるのを我慢してなるべく刺激しないようにあしらう。
こんな場所で数人の男に囲まれちゃあたまったもんじゃないよ。


「もうちょっといいじゃん。お金なくてもさ、俺らの相手してよ」

「連れが居るので」

「今居ないじゃん」

「私子供も居るので」

「うっそだ〜。お姉さんまだ未成年でしょ〜?」

「とっくに成人してますから。とにかく先を急ぐので」


しつこい。なんてしつこいやつらなんだ。
どうしてお祭りってこういうガラの悪そうなやつらが来るのかなぁ…。
本田さんに言わせて見れば「それがお決まりのパターンというものですよ」と返事が返ってきそうだ。
掴まれた腕をなんとか振り払おうとするものの上手くいかない。
振りほどいた所で浴衣じゃあ全速力で逃げる事もできないし…。
どうしよう、本当に困った。
私がこんな目にあっているというのにあの男共は何をやっているんだ!!
どうせ今頃射的に夢中になっているに違いない。
ちくしょう。別に皆は悪くないけど。ちくしょう。


「テメェ、汚ねぇ手で誰に触ってんだよ」

「誰だよお前」

「誰に触ってんだって聞いてんだ」

「はぁ?テメェ何言って、」


うん。なんだろうこのドラマみたいな展開は。
闇夜に浮かぶ眉毛…じゃなかった。アーサーは私の腕を掴んでいた男の肩を掴んで思いっきり殴り飛ばした。
っておいおいおいおい!!アーサーさんんんん!?
それ暴行!!そんなことしちゃダメェエエエ!!!


「ちょっとアーサーァアア!?次期社長のボンボンが何やってくれちゃってんのぉおおお!?」

「汚い手でこいつに触ったのが悪いんだよ…。おら、立てよ。二度とその面見られないようにしてやるよ…」

「アーサー目ぇ怖い!!目が据わってるから!!ヤンキーに戻ってる!!」


完全にアーサーの一発で伸びてしまった男の体を踏みつけたアーサーは完全にスイッチの入ってしまった目で口角をにやりと吊り上げた。


「こんのアフォォオオオ!!!」

「いっでぇえええ!!なっ、なんで殴るんだよ馬鹿!!」

「祭りで喧嘩してしょっぴかれたいのかお前は!!いいから逃げるよ!!」

「まっ、待て!!俺はまだこいつが許せn「いいから早く!!」


アーサーの腕を掴んで浴衣が乱れることもお構い無しに全力でその場から逃げる。
さっきの男の仲間らしき奴らが追いかけてこないかと心配だったけど、どうやら誰も追いかけてはこなかったようだ。
人通りのある場所まで出てきたところで足を止め、乱れた息を整えた。


「はぁ…もう最悪…何してくれちゃってんのアンタって子は…」

「だってお前が腕掴まれてるとこ見たら頭に血がのぼって、だな…」

「警察沙汰にでもなったらどうすんの!!頭良いなら少しは考えろ!!」

「考えてる暇なんてあるかよ…。お前があんなやつらに絡まれてるとこ見て…冷静で居られるわけないだろ馬鹿」


馬鹿はどっちだと返してやりたいところだったけど、アーサーは私の事を助けようとしてくれたんだもんね。
あの時アーサーが来なかったら、なんて考えると恐ろしい。
今日のところは素直に感謝しておくべきなのか…


「ありがとう。お蔭で助かったよ」

「あ、あぁ…別に当然の事だろ」

「ううん。アーサー居なかったら大変な事になってたと思うし。今頃捕まって金を巻き上げられてたか、それとも…」

「…やっぱもう一回あいつらぶっ飛ばしに行くか」

「行かなくていいから。ほら、そろそろ花火始まるよ?ギル達探さなきゃ」

「あぁ」


どちらともなくつながれた手をぎゅっと握り締め、今度は離れてしまわないよう強く握り締めた。


「あ!!居た居た!!もう君達どこ行っていたんだよ〜!!探したんだぞ!!」

「ごめんごめん。射的はどうだった?」

「俺様の一人勝ちだぜ!!」

「へぇ〜。凄いじゃんギル」

「まぐれやでまぐれ!!俺やて途中まで凄かってんで〜」

「名前、そろそろ花火の時間なんだろう?どこで見るんだい?」

「すぐ近くに穴場があるんだよ。人も少ないし眺めもいいよ」

「やったー!!それじゃあレッツゴー!!」

「お前道も分かってないのに先頭きってんじゃねーよ」

「煩いなぁアーサーは」


その後皆で打ち上げ花火を見て、たまやだのほのやだのとその意味も理解していないアルフレッド君が大いに騒いでいた。
皆楽しんだみたいで良かった。
私はとんでも無い目にあっちゃったけどね…。
うん、本当にアーサーが助けに来てくれて良かった。
さっきはあんな事言っちゃったけど、アーサーが来なかったら本当に大変な事になってたんだよね…。
感謝、しなきゃなぁ。
ドラマみたいなありがちなパターンに不覚にもドキッとしてしまったのも事実なわけでして。
本田さんに教えてあげたらきっとものすごく興奮して「あああああ!!何故私もその場に!!誰かタイムマシン持ってきてぇええ!!」と叫ぶに違いない。
うん、やっぱり黙っておこう。
明日の昼にはもう帰らないといけないんだよね…。
明後日は皆で海に行く約束だし。
実家を離れるのはやっぱり寂しいものがあるけど、皆が一緒だとその寂しさも薄れるってもんだよね。
また皆で川遊びやお祭りに来たいよなぁ…。
今度は本田さんも来られるといいのにね。
そして今日の事は、この夏のいい思い出となった気がする。
アーサーに今度お礼として何か奢らせていただこうかなぁ…

里帰り五日目。
忘れられない思い出が増えた、そんな一日だった。


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