「すみませんでした」

「知らん。死ね。芋に埋もれて死ね」


額を冷たいフローリングに打ち付けたままひたすらに謝罪し続ける俺様の姿はさぞかし不憫なものだろう。
いや、ただの不憫じゃねぇ。大不憫。
酔った勢いとは言えこいつをソファーに押し倒して、あろうことか…むっ胸まで触って…。
右手にあの時の感触がまだ鮮明に残ってるから複雑だぜ。いや、想像以上に柔らかかった。手の平にすっぽりはまるサイズで…。


「あかんで名前ちゃん。こいつ全然反省してないわぁ」

「火あぶりだ!!こんな変態野郎は今すぐ火あぶりにするべきだぜ!!!」

「大丈夫やでギル、最後の情けや。骨は拾ったる」

「お前らっ…!!昨日さんざん俺の事蹴ったり殴ったりしてたくせにまだ言うか!!」

「あぁん?ふざけなや…帰ってきてみたら名前ちゃんの上にお前が乗ってて…しかもその手が胸のとこにあるんやで?許せんよなぁ、普通は許せんわぁ」

「奇遇だな。俺も同意権だ」

「不本意やけどなぁ」


体中いてぇええ…!!だけど今はこいつに謝って許しを得ないと後々大変な事になる。
とにかくこいつを怒らせると厄介なのは今までの経験でなんとなく習得できている経験だからだ。


「ペチャパイ…」

「へ…?」

「胸の大きさってそんなに重要なのかなぁ…。確かに大きい方が弾力もあるし柔らかいし…。エリザの胸も大きくて手に収まりきらないほどだったもんねぇ…」

「ちょいちょちょい、何の話だよ!?」

「だってギル、昨日私の胸あたりを触りながら寝言で”ペチャパイー”って…」

「ちがっ」


こいつそんな事気にしてんのかよ…!!
別にでかさなんてどうだっていい!!
そりゃ俺様はでかい胸好きだぜ!!好きだけどそんなことどうだっていいぐらいにお前の事…その、あれだし…!!


「てかお前寝てる間も触ってたん…?ちょっとギル、表出よか」

「ちょっ、待てトニー!!名前と話が!!」

「お、俺は別に小さくてもいいと思うぞ…。大きさなんて関係ないだろ」

「そうやで名前ちゃん!それに胸ぐらい俺が大きく…」

「トニーさん、それセクハラ発言」

「やっぱダメかぁ〜。って、あっ!!もうこんな時間やん!スペイン語スクールのバイトの時間やぁああ!!」

「あああ、これお弁当!!」

「いつもありがとなぁ名前ちゃん!」

「うん、頑張ってねトニーさん!」

「うん、その笑顔のお蔭で今日も頑張れるわぁ〜。そんじゃあ行ってきまーす!」

「いってらっしゃーい!」


弁当、いつの間に用意したんだ。
そういやこいつって休みの日にも朝早く起きてるよな…。たまには遅くまで寝ててもいいだろうに。


「ちなみにアーサー、今日のご予定は?」

「特に無いな。紅茶を飲んで読書と刺繍」

「それじゃあ空いた時間でもいいから私に編み物教えてくれない?」

「編み物…?」

「うん。マフラー編みたいんだ〜」


マフラーと聞いて、某黒く微笑む巨男が頭を過ぎった。
いや、まさか、ないないない…


「この時季にマフラーって…」

「イヴァンにあげるんだぁ。イヴァンマフラー大好きらしくて、夏用のマフラー作ってあげるの」

「ってイヴァンかよ!!」

「何、ギルベルトさん。そこで土下座してたんじゃなくって?」

「もういだろ!?」

「何自分で決めてんだよ、ああ?正座しろ。正座30分」

「はぁあああ!?それはきつすぎんだろ!!」

「いいからやれ。スコーン食わせるぞ」


皿の上に乗っている眉毛の持ってきた兵器を指差した名前。
あの物体Xだけは免れたい所だぜ


「…どういう意味だよお前…」

「そういう事だよアーサー君。それで、アーサーマフラーの編み方分かるー?」

「あぁ。縦編みでいいんだろう?」

「うん!よろしくお願いします、先生ー」

「せんせっ…」

「何身震いしてんの、気持ち悪いなぁ」

「しっしてねーよ!!じゃあ道具持って俺の部屋来い」

「ラジャー!」

「待てよ!なんでお前の部屋なんだよ!?」

「お前が居たら煩くて集中できねーんだよバーカ。せいぜいそこで正座でもやってろ」

「それじゃあ行ってくるねーギル」


毛糸やら棒やらを入れた紙袋を片手に持った名前は俺に正座させたままリビングをあとにした。
って、俺だけ置いてけぼりかよ…!!
ま、まぁ一人には慣れてるぜ!
せっかくの土曜で一緒に居られるとか思ったけど別に…別に…

ちくしょう、あんな眉毛に持っていかれるなんて…





―――



「ここに通して…」

「ふむふむ」

「これで引っ張る」

「うん、分かった」

「じゃあ次お前がやってみろ」

「えーっと、こうしてここに入れてー…」

「そうそう」

「できた!!」

「筋がいいじゃねーか」


嬉しそうの紅茶を飲んだアーサーの足元の机には丸い木枠がついた刺繍布。
アーサーってこういう可愛い趣味持ってるんだよねぇ


「アーサーって実は可愛い小物とか好きだもんねぇ。パッチワークとか隙でしょ」

「うっ…」

「可愛い趣味をお持ちだねい。まぁそのお蔭で私も助かってるんだけどね」

「ったく…そのまま端まで編めたら引っくり返して編めよ」

「りょーかいです」


通気性のいい毛糸を用意したから、これならきっと夏でも涼しいよね!
イヴァン喜んでくれるかなぁ…。
まさかこんな季節にマフラーを編むことになるなんて思わなかったよ


「な、なぁ名前」

「んー?何?」

「この間の…えっと、月曜の朝の…」

「あぁ、アーサーがズボン履き忘れてた時ね」

「そんな言い方するなよばかぁ!って、違う違う…。その時お前、俺の事一番頼りにしてるって言ったよな?」

「言ったねぇ」

「俺も…俺もお前の事頼りにしてんだからな。お、俺ってお前以外に親しい友達とかいねーし…」


うわぁ、なんかすっごく可哀想な子に見えるよ…
そんな事わざわざ口に出さなくても良いのにね。
だけどどうしてアーサーって友達少ないんだろう。性格はアレだし眉毛だし元ヤンだけど良い奴なのになぁ。
あ、でも初めて会った時の印象は最悪だったっけ。
無愛想で人を見下しているような目で見て。
あの頃がなんだか懐かしいや。


「よし!そろそろ帰るね」

「もう帰るのか?」

「うん。ちゃんと構ってあげないとまたギルが拗ねるし」

「またあいつかよ…」

「晩ご飯、昨日の残りのクリームシチューとドリアだけどいい?」

「あぁ。楽しみにしてる」

「うん!それじゃあ後でねー」


軽く手を振ってアーサーの部屋を後にし、わずか数歩先にある私の部屋の玄関のドアを明ける。


「ギルーただいま〜」

「…帰ってきたかよ馬鹿女」

「何その言い方。むかつくなぁ〜」

「馬鹿女馬鹿女。鈍感。マヌケ。短足。寸胴」

「あぁん?喧嘩売ってんのお前。ちょっと面貸せや」


胸倉を掴みぐいっと引っ張ろうとすると腹部に圧迫感。
ゲームをプレイ中のコントローラーを握ったまま私のお腹辺りに頭を持たれかけたギルは下を向き俯いたままだった。


「ギルー?」

「横、横座れよ」

「…分かった」


よくわからないけど素直に従っていたほうが良さそうだ。


「あの、よ。昨日のアレは悪かったと思ってんだぜ?酔っていたとは言え…」

「別にいいよ。気にしてないし」

「そ、そう、か。怒ってねーのか?」

「チチ触られたぐらいで怒るか。親しくもない人に触られたら往復ビンタどころじゃすまないけどさ、相手はギルだし」

「…んだよ心配して損したぜ」

「考えすぎだよバーカ」

「うっせえ」


あ、なんだろ、これ。
なんだか急にギルが愛しく思えてきた。
いつもは無頓着なふりして実は私の事ちゃんと考えててくれて…
あぁ、いいよなぁ、こういうのって。

ギルがチャンネルを切り替えて放送局の画面へと変わったテレビをじっとみつめる。
あ、あの料理おいしそう。最近ラーメン食べてないなぁ…
ラーメンといえば王耀さんのお店だよね!
こんどギルとトニーさんと、それからアーサーと一緒に食べに行こう。


「お前、眠いのか?」

「んー?」


私が眠そうに見えるのかな…
そう言われてみると確かに眠い気もする。
なんだかんだドタバタしててちゃんと眠れてないからなぁ…


「ん」


ぐいっ、と肩を引かれギルの肩にもたれかけさせられる。
あ、近い。
首まで顔を赤くして、大して面白くもないような料理番組を見ているギルの横顔が間近で見える。

なんだか最近変だなぁ。
なんというか、ギルのこういう顔見てるとすっごく抱きしめたくなるんだよね。
ぎゅっとして包み込んで。

ねぇギル、抱きしめてもいいですか?


「ってうおおおお!!何やってんだよお前!!」

「いや、抱き枕?」


背とお腹に手を回し体を寄せると隣にまで響くような大声が出る。
そんなにビックリしなくてもいいと思うけど…


「なんとなく、抱きしめたかっただけー」

「ったく…それはこっちの役目だろ普通!」

「うおっ!」

「ケセセセ。どうだ、驚いたか」

「うわっ、うっぜぇー」


腰に手を回され引き寄せられる。
ギル、体熱いなぁ。子供体温か。
熱い。だけど心地良い。


「ギルー」

「んだよ」

「もう昨日みたいな事しないでね。これでも一応怖かったんだから」

「ぜったいしねーよ」

「あと今すんげー幸せ」

「そーかよ」



ギルの肩に頭を置いて、特に面白くもない料理番組を見て。
落ちて行く瞼。
だめだ、寝る。寝ちゃう


「おやすみ、ギル」


掠れた声で呟くと、「おやすみ」と返事が返ってきた。

ま、しょうがないから昨日の事は綺麗さっぱり忘れてやろうかな。





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