「眠い…」 「どないしたん名前ちゃん。目の下に隈できてんでー?」 「いや、昨日はちょっと色々ありすぎてさ…帰ってくるのも遅かったし疲れちゃって…」 「大丈夫か?大事をとって会社休んだ方がええんとちゃう…?」 ”トマトはトマト”と書かれたエプロンを 着たトニーさんがお玉を片手に机に突っ伏した私を心配して顔を覗いてきた。 てゆーかそのエプロンなんなんですか… 「はよ…」 「あぁ、ギルおはようさん…って、お前も隈酷いやんか!!どないしてん二人ともー!!」 「いや、ちょっと眠れなくて…」 「私は疲れからきてるのかなー…昨日はアルフレッド君に振り回されたからなぁチクショウー…」 ”アルフレッド” その言葉に反応したかのようにピクリと肩を揺らしたギルは「もっかい寝る…」と言ってソファーに倒れこんだ。 いや、まぁ昨日のあれはビックリしたもんねー… アーサーなんて石化しちゃってたしここまでつれて帰るの大変だったよ。 当の私はというと年下二人に唇を奪われ…なんというか、情けないと言いますか… 「うー…」 「ほんまに大丈夫か?今日俺休みやし看病したんで…」 「ううん、大丈夫だよ。今仕事頑張り時だしねー」 「そっかぁ…。頑張ってな、名前ちゃん!でも無理したらあかんで?」 「うん!」 さて、あんな事気にしないで今日も一日頑張ろう!! 「ギル、行ってくるね」 「…」 無視ですか…。何拗ねてんだ、こいつ。 やっぱり昨日構ってあげなかったからかなぁ? アーサーと二人で喧嘩でもしたんだろうか…。 まぁ帰ってきたら聞いてみよう。 ―ガチャ 「あ、おはようアーサー」 「……おはよう」 「って、うわぁああ!!何、その隈ぁ!!髪もボサボサだし!!っていうか下ズボン履いてないよバカァ!!」 「え?あ、あぁ…うん、暖めてください」 「アーサァアアア!?ちょっ、ここコンビニじゃないから!!とにかくズボン履いて!!なんでズボン履いてないのにしっかりネクタイは結んでんの!!ほらほら部屋戻って!!」 「名前…」 廃人のように死んだ魚の目をしたアーサーはゆらゆらと私に近づき、ぎゅっと手首を掴んだ 「え…何?」 「おまえ…アルフレッドと…アイスと…」 「まだその事を…しょうがないじゃん不意打ちだったんだから」 「お前のファーストキスが…」 「だぁれがファーストキスなんて言ったんだよコラァ。いいからさっさとズボン着て!遅刻するよ!」 「うぅっ…お前のファーストキスは俺がもらうって決めてたのにっ決めてたのにっ…」 「どこで頭のネジ落としてきたんだろうこの子」 ふるふると震えるアーサーの背を押しズボンを履かせに戻る。 こんな状態でちゃんと仕事できるのかなぁ…。そんなに弟のキスシーンを見たのがショックだったのか…。溺愛してるもんなぁ、アーサー。 「ほら、会社行くよ!」 「いやだ…行きたくない」 「子供か!あぁもう髪ボサボサ…直してる時間ないよ〜…」 ピョコピョコと色んな方向に跳ねるアーサーの髪を撫でてなんとか整えようとするものの、意外と剛毛らしくそれだけでは整えられなかった。 でもこのまま会社に行くのは色々とまずいんじゃないだろうか… 「アーサー!!もっとしゃきっとしなさい!!仕事は仕事だろーが!!どんだけ落ち込んだってやらないかん事はしっかりするのが社会人だろうが馬鹿野郎!!!」 「嫌だ行かないもう引きこもるから俺」 「ああもう!!そんな事じゃアルフレッド君のお父さんに怒られるよ!?」 「いいんだ。もう祖国に帰って妖精たちと平和に暮らすんだ」 「幻覚を見るな現実を見ろぉおおお!!!」 玄関先で座り込んでしまったアーサーの頭をバシーンと叩くと「ぐすっ」と涙ぐんだ声が聞こえてきた。 「アーサー…そんなに嫌だったの?私とアルフレッド君がキスしちゃった事」 「嫌とかそんなレベルじゃねーよ…馬鹿…」 「じゃあどうしたら元気になるの。アルフレッド君に無理矢理”あーちゃー大好き!”って言わせようか?」 「それも捨てがたいが…いや、違う。俺が落ち込んでんのはそっちじゃなくて…」 「何」 「俺がどうやったら元気になるか、だったよな」 「え…何、腕掴んで迫ってこないでよ気持ち悪い…」 「何でも?何でもするのか!?」 「息荒いんだよお前!!ちょっと、ほんとにどーしたアーサァアア!?」 「お、俺がお前にアルフレッドみたいに…き、キスしたらどうする?」 「殴る・蹴る・通報する・訴える」 「だ、だよな…ははは。分かってたさ!そぐらい!!どーせ俺なんて眉毛太いし飯も不味いし友達居ないし元ヤンだし…ぐすっ」 「ああもうまた泣く!!これじゃあ埒があかないじゃんか…」 「じゃ、じゃあアルフレッドと俺…どっきが好きか答えろよ…」 「はぁ?好きとか問われると困るんだけど…二人とも大事な人だし」 「そっか、そうだよな…」 「だけどアーサーは特別だよ?今までにも色々お世話になったし…お互いに相談しあったり助けあったりしてきたもんね。私が困ってる時親身になって助けてくれたのアーサーだったし。一番頼りにしてるのはアーサーだからね」 座り込んでしまっているアーサーの肩をポンと叩くと、涙ぐんだ顔をバッと上げた。 うわぁ…涙でぐちゃぐちゃだ… 「ほ、本当にか…!?俺が一番…」 「うん。まぁいろんな人に助けられてるのは事実だけどさぁ。一番最初に頼るのってだいたいアーサーなんだよねー私って」 頼りすぎるのも良くないと思うけど。だけど頼りにされてる時のアーサーってすっごく嬉しそうだから私もつい甘えちゃうとこがあるんだよね… 「ま、まぁ俺は頼り甲斐のある男だからな!!こ、これからも俺を一番に頼りにしていいぜ…!」 「うん、ありがとう。それじゃあ仕事行こうか!!」 「あ…その前に一つ頼んでもいいか…?」 「なに?早くしないと本当に遅刻するよー」 「は、ハグしてもいいか!?べ、別にこれは抱きしめたいとかそんなんじゃなくて!!あれだ、抱擁って言うか!!試合後に皆で抱き合うあれのノリだからな!!」 「あーはいはい分かったよ。これでいいんでしょ?」 「…っ」 アーサーの背に手を回してポンポンと軽く撫でる。一瞬固まったアーサーだったが、ぎゅっと私の背中に腕を回した。 っておいおい、これハグじゃなくて抱きしめてる方じゃないですか…? ったく、落ち込みやすいし泣き虫だし甘えん坊だし…。大人ぶってるけど子供だよなぁ、アーサーって。 まぁ可愛いからいいか。 ―パシャッパシャッパシャッ 「ん?何この音…って、あ…」 「ハァハァハァハァ!!!決定的瞬間ゲットォオオオ!!!おはようございます名前さんアーサーさん!!!あぁそのままで!どうかそのままで!!良いですよお二人ともーう!!朝玄関の前で抱き合っちゃいますか!!良いです、良いですよ二人ともぉおおおっ!!!」 「本田さん…いつからそこに?」 「いやぁ、昨日の文化祭がどうなったのか気になってギルベルトさんに聞きに来たんですが…。いやぁ、まさかこんな奇跡的瞬間に立ち会えるなんて思いませんでしたよ。なんですか名前さん、ギルベルトさんというものがありながら!!だけどそんな名前さん、ナイスです」 「帰れ」 「貴方は無防備だからわらわらと男性が近づいてくるんですよ!?だけどそんな名前さん、アイラッビューです」 「自重しろよ」 会話をしながらもカメラのシャッターを高速な速さで押していく本田さん。 一秒に何枚撮れてるんだろうとどうでもいい事を考えながら大きくため息をつく。 っていうかアーサー、いつまで抱きしめてる気なんだ。どさくさに紛れて手が腰辺りに移ってる気がするんだが。 ったく…このエロ眉毛… 「それでは私はこれで!!」 「ギルに話を聞くんじゃなかったんですかー?」 「いえ、私は急に新しいネタを思いつきましたので帰ります!!写真も早急にプリントアウトせねば…!!」 「あ、菊!!やっ焼き増し頼む!」 「オフコース!!」 「OHブラザー…!!」 「もうあんたらのノリについていけねーよ」 親指をぐっ立てて何かを分かち合う二人。 もう良い。これ以上つきあってたら仕事に行けなくなる。 カメラの画面を見て「うわ、綺麗に写ってんな…」「これなんていいアングルだと思いませんか?」「うっ…こ、これも頼むな」「勿論」「菊…!!」と盛り上がる二人を無視して急ぎ足で会社に向かう。 もう何がなんだかわけわかんないよ…!!! 会社でスーさんとティノ君に慰めてもらって、帰りにエリザのお店に寄って昨日あった事を細かく説明した。 「ぬぁんですってぇえええ!?それで!?それでどうなったの!?もうアルフレッドったらやってくれるわねっ!!!そのアイス君って子も気になるわ〜!!ねぇ、今度ここに連れてきてくれない?ああもうなんで私もその場に居なかったのかしら!!いつも私が居ない所でそんな美味しいシーンが…!!今度は是非私の目の前でやってね!ねっ!?」と詰め寄ってくるエリザに少し目が霞んだ。 家に帰ってみると、ギルは相変わらず朝と同じようにソファーに横になったままだった。 トニーさんに事情を聞いても「朝からあのままやねん。まぁ静かでええんちゃう?」との事らしい。 私もちゃんと構ってあげたかったんだけど、とにかく今日は疲れた。 昨日の疲れも残っている体に今朝のアーサーに加えエリザの爆弾トークだ。 心身共に疲れきった私はお風呂からあがると、そのままベッドに飛び込んで眠りについた。 あぁ、ギルってばどうしちゃったのかな… もしかして私のキスシーン見ちゃって気まずいとか…? ギルならからかってきそうな物なのに…。 明日、ちゃんと事情を聞いてみよう。 あぁもう!なんでこんな事になるかなぁー… . ←|→ |