「なんだか最近ギルベルトさんは不機嫌であられるようですね」


眼鏡に”萌える闘魂”と描かれたTシャツに邪魔な前髪をピンで留めた今の本田は仕事モード。


「別に不機嫌じゃねーし…」

「あ、そこはベタでお願いします。トーンは明日アシさんにやっていただきますので」

「おう」

「私の気のせいでしたかねぇ。しかし最近のギルベルトさんは口数が少ないといいますか…。ちょうどアントーニョさんが名前さんのマンションに来られた頃からでしょうか」


くいっと眼鏡を人差し指で押し上げた本田派パソコンに向かってカチカチと絵に色を付けていく。
やっぱりこいつの絵ってマジで凄いと思うぜ。CGとか色の細かさとか…


「ここもベタか?」

「あ、そこはトーンです。そのページが終わったら少し休憩いたしましょうか。台所にお饅頭がありますので一緒に食べましょう」

「おー」


ちくしょう。完全に見破られてるよな…
認めるぜ。あぁ認めてやる!!確かに俺はトニーが来てからというものすこぶる機嫌が悪い。
あいつ俺の前で名前とイチャつくし図々しいしイチャつくし!!
いつもだったらあいつだってもう少し俺に構ってくるし…。
ま、まぁ別に構ってくれなくても俺様は大丈夫だけどな!
だけど目の前で眉毛と喧嘩おっぱじめるしマジで最悪だぜ。二人の間に挟まれて睨み合いに巻き込まれて飯が不味くなんだよなぁー…。いや、別に怖くねーけど!


「どうぞ、塩饅頭です」

「塩…?」

「お饅頭の生地に塩が練りこんであるんです。塩のしょっぱさと餡子の甘さが絶妙で美味しいんですよ?」

「マジかよ!?カレーとケーキ一緒に食ってる気分だぜ…」

「ギルベルトさんは塩饅頭が苦手のようですねぇ…。ポテチもありますよ?」

「んじゃそっちくれ」

「好きですね、芋」


アニメの絵が描かれている湯のみと一緒にポテチを渡され袋の口を引っ張る
って、開かねぇし…。たまにあるよな、引っ張って開かないやつ。
何度か引っ張ってみるものの、なかなか開きそうにない。
なんか無性にイライラしてきたぜ…


「そういえば先日名前さんの同僚のお二方の誕生日パーティーをしたそうで。どうでしたか?」

「んぁー?別にどうって事はねーけど、っと。まぁ喜んでたな」

「それは何よりですね。名前さんはご友人を大事にされる人ですからその同僚の方もさぞ喜んでおられたでしょう…」

「あ、そういやあいつが入社当時色々あって同僚にもお世話になった、みたいな事言ってた気がすんだけど…あれって何だったんだ…」

「あぁ…あの事でしょうか…」

「知ってんのか?」


袋を引っ張る手を止めて本田の顔を見ると、少し複雑そうに笑っていた。


「私から言ってよいものか…。まぁ済んだことですし名前さんも全く気にしておられないようですしねぇ」

「何の事だよ」

「はぁ…。一応名前さんには私が教えたこと内緒にしておいてくださいね」

「わーった。だから教えろよ」

「えっとですねぇ…」


お茶をズズズと吸った本田の次の言葉に驚き、引っ張っていたポテチを開く手に力が入りすぎた。
宙を舞う、ポテチ達。


「何やってるんですかギルベルトさん!」

「え、ちょっと待て!!い、今なんて…」

「頭にポテチが乗ってますよ!!ったく…。いわゆるセクシャルハラスメントと言うやつです。名前さんの部署は若い女性が圧倒的に少ないらしく、入社当時の上司の方に…」


床に落ちたポテチの残骸を拾い上げながら大きくため息をついた本田。
って、ちょっと待て。あいつがセクハラ?する側じゃなくてされる側?ありえないありえない。そりゃ若い女ってのは間違いないけどあいつだぜ?された本人も黙ってるわけ…


「最初はスキンシップのようなものだったらしいのですが…。それでしばらく相談をうけていたんですよ。やはり社会人になりたての名前さんは弱い部分がありましたし…」

「そ、それでその後…」

「今の上司さん…デンさんと言われている方がその上司を殴ったそうです。それでその事が上に知られてセクハラをした上司は即刻左遷。そしてデンさんが上司になられたとか」

「あいつがかよ!!そういや名前の奴デンには頭が上がらない事があるとか言ってたような…」

「その時同僚のベールさんとティノさんが何かと心配をかけてくださり、会社の方にも証言をしてくださったようで。それをきっかけに今のように仲良く、と言った所でしょうか…」

「マジかよ…」


知らなかった…あいつがそんな…


「まぁ名前さんもああ言った性格の方なのでその後は何事もなかったのように気にしておられませんでしたが…。当時の私は腸が煮えくり返りそうな程な物でした。私の可愛い名前さんの体を触ってあんな事やこんな事まで!!羨ましいんじゃコノヤロォオオ!!」


あいつの体をオッサンが…。ダメだ、考えただけで頭がおかしくなりそうだぜ
どこのどいつだよ。済んだ事とは言え一発…いや、百発は殴らねーと気がすまねえ!!


「まぁくれぐれもこの事は名前さんには内密にお願いします。もしかすると心のどこかでトラウマ…なんて事あり得ますので…。できる事なら掘り返してやりたくは無いのです」

「それって眉毛も知ってんのか?」

「さぁ…。でもご存知ではあられないと思います。当時は名前さんとアーサーさんも今程仲良くはあられませんでしたしね」

「てゆーか何でお前と名前はそんなに仲良いんだよ?ただの近所だろ?」

「まぁその話はまた今度と言う事で。さぁ!残りの原稿をすませますよ!!ベタ塗り頑張ってくださいね、ギルベルトさん!」

「はぐらかしたな!!」



―――



「ただいまー」

「お帰り」

「え、何?玄関までお迎え?珍しいじゃん…。何かあったの?」

「別に…買い物袋よこせよ。閉まっとくからお前は着替えてこいよ」

「え、あ…うん。トニーさんはピザ屋のバイトだよね?」

「10時には帰ってくるだとよ」

「そっか」


じゃあよろしくねと俺に買い物袋を渡した名前はどこか楽しそうに自分の部屋に入って行った。
ちくしょう…本田に話聞いてからなんか調子狂うぜ…!
別にあいつだって気にしてる様子もねーし、俺が今更どうこう言ってもしょうがねーだろ!!
けどその上司ってのは許せねーよなマジで。
眉毛に呪いのかけ方でも教わるか…
あいつの呪いマジ利きそうだしな!


「ギル、ちゃんと野菜冷蔵庫に入れてくれた?」

「入れたっての」

「そっかそっか。ねーギル、ちょっとこっち来て」

「あ?」

「いいからいいから」


ソファーに座った名前に手招きされ、何をされるのかと少し身構えながら隣に座ると、ポンと頭に手を置かれた。


「何すんだよ」

「いや、最近構ってあげられなかったし…。ギルが寂しがってるだろうなぁと」

「んなわけねーだろ!じ、自意識過剰すぎるぜお前!」

「はぁ?拗ねて不貞寝してた奴は誰だっつーの」

「してねーし」

「してた」

「してねーよバカ」


頭に置かれた手の重みが無くなり、代わりに肩に重みが。
俺の肩に頭を置いた名前は「ふぁー」とため息をついた


「落ち着くー…」

「は!?意味わかんねーよ!」

「癒されるわぁーギル。このまま寝ちゃいそう」

「寝るな!!あんまくっつくなよ…!」

「何反抗期?仕事で疲れたご主人を労わってやろうって気はないのかこのやろーめ」


ぬらりと手を伸ばされ髪をわしゃわしゃにされる。
ちくしょう、なんだよちくしょう。
わけわかんねーんだよ、この気持ち。
昔お前の身にあった事だとか、今こうやって俺の肩に頭置いて頭撫でてる事だとか、トニーへの嫉妬だとか。
なんだかわかんねぇんだよ。
ふつふつと湧き上がってくるような、モヤモヤぎゅうぎゅうした感情。
あぁ、やっぱり俺こいつの事好きなんだわ。自分が思ってる以上に心のどこかでこいつの事。

その感情を再確認したら、なんだか気持ちが楽になってきた。
好きなんだ、貧乳鈍感馬鹿女。
どんだけプー太郎と蔑まれようが、こいつと一緒に居られるのならそんな事どうだって良い。こんな感情は初めてなんだよ。
本気で好きになるって、こんな気持ちになるって事だったんだな…


「なーにニヤニヤしてんの気持ちわるー」

「別に何でもねーぜ!ケセセセ」

「何笑ってんの…?ちょっ、本当に気持ち悪い。私に近づかないで」

「なんで避けんだよ!!もっとこっち寄れよ!」

「ぎゃーギルキモい!!変態じゃが芋ヒモヘタレ野郎!!」

「おまえ…ぐさっとくる言葉を…!!」

「あはは。大丈夫、変態じゃが芋ヒモヘタレ野郎でも好きだから。それじゃあ一緒に夕食の準備でもしましょうか〜。もちろんアーサーとトニーさんの分もね」

「あいつらのは要らねーだろ」

「要るから。ほら、さっさと手洗って野菜切っておいてー。手は猫の手だよ、猫の手!かっこつけて早く切ろうとしなくていいから怪我しないようにゆっくり切ってね」

「わーってるっつーの。口うるさすぎるぜお前。嫌われる姑」

「あぁん?夕食時のビール減らすよ。あんんま調子にのんなよ芋野郎が」

「すみませんでした」


ここが、一番居心地が良い。
今まで味わったどの場所よりも、こいつの隣が。


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