その日は朝から土砂降りで、テレビでは『各地で大雨洪水警報が出されています』なんてニュースが流れていた


「そ、それじゃあ行ってくるね」

「どうかしたのかよ」

「え、なんで」

「なんかそわそわしてんじゃねーか」

「なんでもないよー」

「電車止まってんだろ?大丈夫かよ」

「大丈夫、アーサーが車で乗せてってくれるらしいし」

「ま、まぁお前んとこの会社俺の会社に行く道中にあるしな。ついでだついで!」

「はいはいツンデレね。それじゃあ行ってくるねーギル。洗濯物部屋干ししておいてね?」

「わーってる」

「じゃ、行ってきまーす」


アーサーが指した淡い緑の傘の下に入り、ギルに小さく手を振る。
この調子だとすぐに警報でも出ちゃいそうだなぁ…
だとしたら早めに帰らされるかもしれないなぁ。デンさん変なとこで心配性だし。
アーサーの車で会社の前まで送ってもらい、やっぱり土砂降りの中何時もより人の少ないビルの中に入った。


「え。警報出てんの!?」

「そうなんですよ。さっきっからずっとテレビでやってて…」

「電車も止まってんない」

「交通機関がストップしちゃってるんですよー。僕も今日はスーさんとタクシーでここまで来ましたもん。名前さんは大丈夫でした?」

「私は友達にここまで送ってもらったから大丈夫だよ。それにしてもこんな時季に台風?それとも所謂異常気象ってやつか…。とうとう日本も沈んじゃう?」

「怖いこと言わないでくださいよー!だけど心配だなぁ…。家に花たまごを一人にさせてて…。怖くて震えてなきゃいいけど」

「そっか…。心配だね」


ティノ君の話を聞いて、ふとギルの顔が浮かんだけどあいつは多分大丈夫だろう。
私だってこんな嵐ぐらい…。か、雷が鳴らなかったら平気だしね

ノルさんが「仕事はじめんべ」と声を掛け、私達が動こうとしたその直後。
窓の外からライトを照らされたような光が走った。数秒後に何かを割るような騒音が響くき、社内が真っ暗になる


「ひゃっ!て、停電!?今の雷落ちたんですか!?」

「んだな」

「うわぁ、まだ仕事始める前でよかったですね〜!データが飛んじゃってたら大変な事になってましたよ。ノルさんの言う通りちゃんと毎日バックアップとってて良かったですね!」

「そだない」

「すぐに元に戻るのかなぁ…。非常電源とかありますよね。それにしてもビックリしたなぁ〜!ね、名前さん」

「…?」

「あれ?名前さん…?」


私の顔の前で手を振ったティノ君は不思議そうに私の顔を覗く


「あ、あはははー。大丈夫大丈夫、あれだよね、こういう時は机の下に隠れるんだっけ?大丈夫、お姐さんがちゃんと守ってあげるからねーティノ君」

「そりゃ地震時だない」

「名前さんんんんん!?ちょっ、大丈夫ですか!?」

「平気だって。歌でも歌おうか」

「平気じゃないですよねー!?も、もしかして雷怖いんですか…?」


机の下に潜り込んだ私の両手を掴んで引っ張り出そうとするスーさん抵抗するように地べたに尻をつく。
いや、怖くないよ怖くない。ちょっと苦手なだけで決して怖い物ではないのだよ。


「なんだ!?名前、おめ雷なんがこえんだっぺ!?」


顔を覗かせたデンさんを睨むと豪華に笑われた。ちくしょう、マジでこのオッサン雷に撃たれろ。それしきで死ぬような奴じゃないけど


「心配するでね。機械の傍にいねがったら人にはあたんね」

「え、マジすかスーさん」

「んだ。机の下におった方が危ねぇ」

「ぎゃぁあー!」


掴まれた両腕をぐいっと引っ張られ体を起こされる。
ぼすっとスーさんの胸あたりに額がぶつかった。
とりあえずアレだ、電気がつくまで壁にくっついていよう。


「今聞いてきたけんど、非常電源も雷でおじゃんだと」

「マジけ。んじゃおめぇら今日は帰れ〜!仕事になんねぇべ」


デンさんの呼びかけでため息をつきながら帰り支度をする社員


「名前。家まで送ってやっから」

「え、あ…大丈夫だよ。心配しないで」

「でも…」

「平気平気!スーさんもティノ君も帰る方向逆なんだし。それに早く帰ってあげないと花たまご君が待ってるよ?」


鞄に携帯を突っ込んで帰り支度を済ませ、二人に別れを告げる。
スーさんは最後まで怖い顔をしながら「送ってぐ」と言っていたけど丁重にお断わりした。
こんな嵐の中わざわざ送ってもらうなんて申し訳なさ過ぎる。
うん、雷だってずっと鳴ってるわけじゃないんだし大丈夫だよね。


「とは言ったものの…電車は止まってるみたいだしどうやって帰ろう」


タクシーでも拾うか?だけどここからマンションまでタクシー使うと結構な出費になっちゃうよなぁ…
今月は少しでも節約したいところだし…
うーん

傘をさした歩きながら考えていると、視界の端の遠くの空に稲妻が走った


「とととととりあえずどこかのお店に入ろうか、うんそうだよねーそうだよねー」


怖くない怖くない怖くないさーアハハ…

心の中で何度も呟やきながら一番近くにあるお店の中に入る。
あれ、ここって…


「す、すみません…」

「あいやー。まだ開店準備中ある…って、お前あるか」

「アハハ…こんにちは王耀さん」


調理場の服装ではなく中国の普段着のような衣装を着た王耀さんがお店のテーブルで新聞を読んでいた。
良かった、知ってるお店で…


「どうしたあるかこんな時間に。会社じゃねーあるか?」

「それが停電になってしまって…仕事にならないので強制送還です」

「あいやー今のでかい奴落ちたあるね。家に帰らなくていいのかある」

「実は電車がストップしちゃってて…」

「なるほど。まぁ座れある。茶でも淹れてやるから」

「え、いえ!開店前にそんな…申し訳ないですから」

「どうせこの土砂降りじゃ誰もこねーあるよ。それにお前、顔真っ青ある。茶でも飲んで一息つくといいあるよ」


そう笑って厨房に入っていく王耀さん。
え、そんなに私の顔真っ青なのかな…


「……」

「あ…」


何やら気配を感じると思ったら、入り口にびしょ濡れになった少年…いや、青年が立っていた


「えっと、びしょ濡れだけど大丈夫…?」

「ユーは誰だ?」

「え?私は名前って言います。何度かここにきてて王耀さんにはお世話になってるんだ」

「…」


どうでもいいとでも言いたそうにそっぽを向いた青年。
ここの店員さんかな…。若く見えるけど学生さんとかなんだろうか。


「あ、よかったらこれ使って?」

「…」

「びしょ濡れのまま突っ立ってると風邪ひくよ?」


念のために持ち歩いていたタオルを鞄から取り出し彼の頭の上に乗せる。
少し固まった彼は、数秒後に「サンクス」と小さく頭を下げた





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