「名前さーん!今度の日曜に名前さんのマンションに遊びに行ってもいいですか?」 「あ、ごめーん。ちょっとその日は用があるんだー」 「そうですかぁ…残念だなぁ」 「ゴメンね!その次の日曜なら空いてるから!」 「本当ですか!?それじゃあ再来週の日曜に伺わせていただきますね!」 「うん!スーさんも来るよね?」 「ん。行ぐ」 いつもの二人といつもの昼食。 テラスでお弁当を並べておかずを交換し合ったりできるこの時間は私の癒しの時間なのだ。 「名前さんの家に遊びに行くの久しぶりだなぁ!だけど用ってどうかされたんですか?」 「んー、それがいきなり実家の方から連絡があってね」 「ま、まさか不運でもあられたんですか!?」 「違う違う。実はお見合いの話持ちかけられちゃってねぇ…」 少し照れながら言葉を捻り出すとティノ君の膝の上にあったお弁当がずるりと地面に落下し、スーさんの握っていたまだ一口しか飲んでいないコーヒーのスチール缶がなんともいえない音を立てて潰された 「あぁああ!!お弁当がぁー!」 「うわっ、大丈夫!?って、スーさぁあああん!!コーヒー!!それホットだよね!?溢れて手にかかってるよ軽いやけどするよそれぇえええ!!!」 ぼたぼたと手を伝って膝にこぼれるコーヒーを気にすることも無く、ただ眉間に皺を寄せて普段の三割増し怖い顔をしているスーさん。 慌ててハンカチで手と膝元を拭くと「…すまねぇない」と普段より三割減小さな声で呟いた。 「ティノ君、私のお弁当分けようか…?」 「あ、はい。すみません…」 「俺のも食え」 「うわー、ほんとにごめんなさい!!何やってるんだろう僕…」 「ごめんね、私が変な事言っちゃったから…」 「いいんですよ。それよりお見合いって…」 「なんだか実家の近所の人に無理矢理ねー。まぁ結婚なんてする気ないし、一応会って食事をしたらちゃんとお断りする気だしね」 「そ、そうですか…良かったぁ〜。って、アハハ!何で僕が安心しちゃってるんですかね!ハハハー…」 「はいティノ君、好きなだけ食べていいよー」 「あ、ありがとうございます!」 ――― 「えぇえええ!?お見合いぃいい!?まさか、嘘でしょ!?」 「そのまさかなんだよねー…。実家の近所の人がどうしてもってさぁ」 「まだ早すぎるわよ!!ああもうっ!!私の可愛い名前が見ず知らずの男の手によって汚れてしまうかと思ったら居ても立ってもいられないわ!!」 どこからかフライパンを取り出したエリザが目を血走らせた。 いや、怖いですお姉さん。 スーさんと言いティノ君と言いエリザと言い、皆私の事心配してくれてるんだよね…。 いい友達を持って私は幸せだなぁー 「何を騒いでいるのですか?」 「あ、ローデリヒさん!」 フライパンを背中に隠したエリザは先ほどの鬼のような形相を乙女の微笑みにすり替えた 「こんばんはーローデリヒさん」 「おや、お久しぶりですね。相変わらずのお馬鹿面で安心しましたよ」 「ローデリヒさんも相変わらずですねー…。あ、この間来た時にケーキをいただいたんですけど、あれってローデさんの手作りなんですよね!?すっごく美味しかったです!」 「そう、ですか…?」 「はい!サクサクしたビスケット生地がなんとも…。私たまにフランシスさんに手作りケーキもらったりするんですけど、フランシスさんのふわふわした味とは違ってしっかりした味わいと言うか…」 「料理には作る人間が現れますからね。いいでしょう、貴方がそこまで仰るならまた作って差し上げますよ」 「本当ですか?やった!」 「それでは私は調理場をお借りしてきますので」 「って、今から作るんですか!?」 「いけませんか?」 「いや、いけなくないですけど…」 「仕方ありませんね、後で貴方の自宅へ届けて差し上げます。紅茶の一つぐらいは用意しておくのですよ!」 「マジですか…」 ビシッと私を指差したローデさんはそそくさと調理場へ入ってしまった 「ふふふ。きっとローデリヒさん自分の作ったケーキを褒めてもらって嬉しかったのよ。可愛い人」 「そう、なの…?」 私にはよく分からないなぁ…。 だけど毎日一緒に居るエリザが言う事だもんね。 誰よりローデリヒさんを見てる彼女の言う事だから、間違いはないだろう 「それじゃあ私はそろそろ帰るね」 「えぇ。お見合いの件、ちゃんとお断りするのよ!?自分で言えないようだったら私が一緒に行って一暴れするって手もあるんだけど…」 「一暴れってなに!?だ、大丈夫だって!ちゃんと終わったらまたメールするからさ!」 「絶対によ!?ぜーったいに、連絡してきてね!」 「うん!」 不安そうな表情を浮かべたエリザは私の手を両手でぎゅうと握り目を閉じた。 本当に、心配してくれてるんだなぁ… エリザのためにもちゃんとお断わりして帰ってこなきゃね! ――― 「ローデリヒさん遅いなぁー」 「あの坊ちゃんの事だから完璧なやつが作れるまで何度も作り直してんじゃねぇ?」 「まさかー。いや、ありえない事でもないような…」 ―ピンポーン 「あ、来た来た!」 「やっとかよ!」 「再びこんばんはーローデリヒさん!わざわざすみません」 「いえ…」 ホールケーキ用の箱を抱えたたローデリヒさんはあからさまに機嫌が悪そうな顔をしていた 「あれ、どうしたんです?」 「何でもありませんよ」 「いや、あるでしょ。アホ毛が反り立ってますよ」 「何でもないと言っているでしょうお馬鹿さん!」 怒られちゃったよー…。 プスプスと怒っているローデリヒさんは遠慮なんて無しに私の部屋に上がりこんで優雅に紅茶を飲んだ。 私とギルはローデさんにソファーを占領されてしまったため地べたに座って出来たてのケーキを味わった。 うーん、美味しい〜!! 「おや、もうこんな時間ですか。それでは私は寝かせてただきますね」 「はーい…ってちょっと待ったァアアア!!寝かせていただきますって、ちょっ、泊まっていく気ですか!?」 「いけませんか?」 「いけませんかっておい!!」 なんだかそれってエリザに悪い気がする…。 でも下心があるわけでもないしなぁ…ギルだって居るし。 それにしてもローデさんはいきなりどうしたって言うんだ。 普段から傍若無人な人だとは思ってたけど、なんだかここに来た時から様子がおかしい 「えっと、ローデリヒさん…どうかされたんですか?」 「…」 「あ、言いたくないなら…」 「…先ほど…」 この家の中にある中で一番高いアーサーのくれたティーカップをソーサーに置いたローデリヒさんが、相変わらずの口調で「この近所で会いたくない人に遭遇してしまいました。今日はもうここから一歩も外へでたくありません」と呟いた。 会いたくない人って… いや、あまり詮索するのも良くないか…。 仕方ない、ローデリヒさんがそうしたいと言うなら好きにさせてあげよう 「出て行けよ坊ちゃんが!」「叩くのはおよしなさいこのおばか!」口喧嘩をしている二人をよそに、エリザに一応メールで事情を説明しておいた。 数分もたたないうちに返ってきたメールには”そう、ローデリヒさんが心配よね…。わざわざありがとう。大丈夫よ、私に気を使ってくれたのよね。名前とローデリヒさんに限ってそんな素敵な過ち…。って、何を考えているの私!!でもどうしよう、そんな…だとしたらどっちが攻めかしら…?”と絵文字も顔文字も無しの真剣なメールが返ってきた。 …エリザさん、こんなにメールの返事に困ったのは初めてなのですが… その後、ソファーで眠ると言い張るローデリヒさんを無理矢理私のベッドで寝かせて自分がソファに布団を敷いて眠ることにした。 「って、結局俺は床かよ!」とブーブー文句をしつこく言っギルの脳天に肘を振り下ろして無理矢理床で眠らせた。 ローデリヒさん、ちゃんと眠れてるかなぁ… なんとなく彼の言っていた言葉が気になってなかなか寝付けなかったが、むりやり目を閉じて忘れる事にした。 誰にだって知られたくない隠し事や過去があるもんだ。それを無理に詮索したって意味がない。 自分から話してくれる時が車で待つしかないんだよね ふと床で眠っているギルの顔を覗くと、少し寝心地が悪そうに顔をしかめて眠っていた。 手を伸ばしてルームランプの電球に反射してオレンジに光る髪を撫でればへにゃりと締りの無い顔で笑った。 ギルも、そのうち自分の事をさらけ出してくれる時が来るのかなぁ… だけどやっぱり、全てを知ってしまったらギルがどこか遠くに行ってしまいそうで怖くなる。 できる事ならずっとこうしていたいんだけどね 「おやすみ、ギル」 頬を撫でて微笑むと、返事を返すように「名前…」と寝言を呟いたギルが、やけに愛しくなった . ←|→ |