明日から待ちに待った夏休みだ。
毎日10時まで寝て子供アニメ大会を見ながら朝ごはんをとり、お昼はそうめんを食べてから昼寝をする生活が始まるんだ…
うふふ、夏休みバンザーイ!


「なぁ、名前ちゃんは夏休み中どっか行ったりする予定あるん?」

「プールとか海…かな。あとは親戚の家に行ったり」

「ええなぁ。俺も名前ちゃんと一緒に海行きたいわぁ」

「そうですかー…」


何故私はアントーニョ君と二人で帰る事になったのでしょう。
確か就業式が午前で終わって、エリザが生徒会の仕事があるから一緒に帰られないとの事だったので…帰る前にアントーニョ君に例の交換日記を渡してから一人で帰ろうと思っていたんだ。
彼の教室まで出向き、後ろのドアから中を覗くと私を見つけたフランシスさんがアントーニョ君の肩を叩き私の方を指差した。
私を見るなり嬉しそうに目を輝かせたアントーニョ君は飼い主に駆け寄ってくる犬のように勢いよく走って来た。かと思ったら途中で躓いて転んだ。
そのまま成り行きで一緒に帰ることになってしまって…
って、どんな成り行きだよ。


「俺は毎日バイトやからなかなか名前ちゃんにも会えなくなってまうなぁ」

「バイト…?偉いね。バイトやってるんだ」

「俺一人暮らしやねん。だから生活費払わんと生きていけんねんで〜!」

「苦しい現実をそんな輝かしい笑顔で言わないでっ!!」


そうか、彼にもそんな事情があったのか…。
そういえば私ってアントーニョ君のことあんまり詳しく知らないよね。
交換日記を始めてからは知った事といえば、彼がトマトが好きな事と一学年下に可愛い弟分が居るという事ぐらいだろうか。
一人暮らしって、家族は一緒じゃないのかな?
そういえば今こうやって帰ってるのも普通に私の家の方向へ帰っちゃってるけどアントーニョ君の家ってこっちの方向であってんの!?


「あのー…つかぬ事を聞きますが、アントーニョ君のご自宅の方向はこちらであっているんでしょうか…」

「ん?違うで〜。俺ん家はあっち」


振り返って今来た道を指差すアントーニョ君。
っておいおいおいおい、それって全くの反対方向って事じゃないですかぁあああ!?
ちょっ、おまっ、何やっちゃってんのぉおおおお!?


「おいおい!一緒に帰ろうって言うからてっきり同じ方向かと思ってたじゃないか!!自分の家に帰ろうよ!?」

「帰るでー。名前ちゃんえおおくって帰ってからな」

「いいから!!一人で帰れるから!!」

「あははははー」


あははじゃないよぉおお!?
わざわざ自宅から反対方向についてくるなんて…。
アントーニョ君の考えている事は理解し難いです。
これも好き故にというやつなのか。

心の中で誰かにそう問いかけてみるものの返事は帰ってこなかった。


「それじゃあ、ここで」

「うん。ほななー名前ちゃん」

「うん。またね」


胸の前で小さく手を振りアントーニョ君から視線を外す。
玄関のドアに触れたと同時に反対側からの力により開かれたドアにより額を強打した。


「あら、あんた居たの。早いじゃない」

「ちょっ、痛ぁああ!!!!娘のでこぶつけといてあんい居たのってコルァアア!!!!」

「玄関先で喚くな!!ご近所さんに聞かれたら恥ずかしいじゃないの!!ただてさえ最近は以前にも増して近所の付き合いの仲が悪くなってるっていうのに……あら、そっちの可愛い男の子は?」


近所のおばさんへの愚痴を交えつつ家の前に立っているアントーニョ君に気がついた我が母は瞬時に目の色を変えた。


「はじめましてー。俺アントーニョって言います〜」

「やっだイケメン。もしかしてあんたの彼氏!?」

「ちがっ「そうです。はじめましてお母さん」え、ちょっアントーニョ君標準語!!ってそうじゃなくてぇえ!!違う、違うから!!ただの友達!!」

「なに恥ずかしがってんだかこの娘は。あなた達昼ご飯まだなんじゃないの?今から作ってあげるから部屋で待ってなさいなー」

「ほんまですか!?やっぱ名前ちゃんのお母さんやんなぁ〜。めっちゃ優しいし美人やし羨ましいわぁ!!」

「やっだーお世辞言っても何も出ないわよ!!だけどデザートおまけしちゃう!」

「お母さーん!?ちょっ、何話進めてんの!?」

「名前ちゃんの部屋かぁ…。なんやいきなり大進歩やん!!うわぁ、めっちゃ緊張してきた!!フランシスに報告しとこー」

「しなくていいから!!」


携帯を取り出すアントーニョ君の動きを制しキャピキャピと煩い母から逃げるように自室に入った。
ああもう、なんでこんな事に…これも成り行きというものなのか…


「うっわぁああ!!ここが名前ちゃんの部屋かぁ!!めっちゃかわえぇええええ!!うひょっ、ここで名前ちゃんが!!うひょぉおおお!!」

「何もないから!!そんなに喜ぶ要素はどこにもないからね!?」

「あ、俺今名前ちゃんの匂いに包まれてる…。たまらんなぁ…」

「ちょっ、目が怖い。怖いから戻ってきてアントーニョ君!!」


目が据わっているアントーニョ君の肩を揺らすとハッとした顔をして「名前ちゃんに触られてしもたー」と嬉しそうに私が触れて肩を撫でた。
本当にこの人大丈夫だろうか。色々と。


「ま、その辺座って、ください。なんのお構いもできませんが…」

「おおきにな〜。なんや成り行きでここまで来てしもたけどほんま夢みたいやわぁ」


周りに花が咲いているような笑顔を浮かべたアントーニョ君と部屋の真ん中にある丸いテーブルを挟んで地べたに座った。
って…今から何すればいいの…?
ご飯ができるまで時間がかかるだろうし。
残念な事に恋愛経験の少ない私は男の子を部屋に入れたなんて事は近所のクソガキアルフレッドと小学校の時のクラスメイトや親戚のお兄さんぐらいしかないのであるからして。
こ、こういう時は私が気を回したほうがいいんだよね。
とにかく話そう。話題話題。


「な、夏と言えばスイカだよねー」

「そやなぁー。けど夏はやっぱりトマトやで!!俺ん家もトマト沢山できてるから名前ちゃんにもおすそわけするなぁ〜」

「いや、私トマト嫌いなんで」

「そ、そんな…!!」


会話終了。しかもなんかすっごく傷つけてしまったらしい。
涙目になったアントーニョ君は両手で顔を覆って「酷い!!あんなに美味しいのに!!真っ赤でかわええのにっ!!」とこもった声で叫んだ。


「そ、そういえばアントーニョ君って弟分が居るって言ってたけどそれって本当の弟さんなの?」

「ちゃうでー。ロヴィーノっていうやつなんやけどな、小さい頃から面倒みてるからめっちゃかわええねん〜!!せやけど生意気やし俺の事バカにするしナンパ癖あるし…ハッ!!名前ちゃんはあいつに近づいたらあかんよ!?かわええから絶対にナンパされてまう!!」

「いや、それはないと思うけど…。だけどいいね、弟分とか。私なんて幼馴染があれだからなんというか…腐れ縁ってのもあるんだけどね」

「あぁ、あいつなぁ。アルフレッドFジョーンズ。今度会ったら膝かっくんの刑にしたる」


うん。よくわかんないけど会話が続いてよかった。
というかどうして私がこんな気を回さなくてはいけないのだろうか。
成り行きか、全ては成り行きから始まる何かからなのか。
そうこうしている内にお母さんが昼食を部屋まで運んできてくれた。
って、お母さん…カツ丼って…何。


「めっちゃ美味しいなぁこのカツ丼!!」

「うちのお母さん料理だけは上手なんだー。そのほかはダメダメだけど」

「なんや久しぶりにまともな料理食べた気がするわぁ〜。最近はトマト丸かじりとかコンビニ弁当とかばっかで料理する暇もなかったしな」

「え…っていうかそんなに毎日忙しいのに今こうしてていいの!?バイトあるんじゃないの!?」

「あぁ、あるけど…。まぁええねん。名前ちゃんと一緒におりたいから」


恥ずかしい事を真正面から言いやがった。
この顔の火照りどうしてくれよう。
その後も二人で他愛のない会話を続けたりどこからかアルバムを持ってきたお母さんによる私の恥ずかしい過去を解説付きの説明会が開かれた。死にたい。
時間は過ぎてゆき、気がつけばあたりはもう真っ暗。
さすがにアントーニョ君もそろそろ帰らなくてはいけない時間となってしまった。


「夕食までご馳走になってもてほんまごめんなぁ〜。家まで送るだけのつもりやったんやけど…」

「いや、こっちこそうちのお母さんが無理矢理連れ込んじゃってごめんね。あとバイト、本当に大丈夫?」


まぁなんとかなるやろーと笑ったアントーニョ君は私に背を向けて「ほなまたなー!」と大きく手を振った。

また、か…。明日から夏休みだって言うのに今度はいつ会えるのだろうか。
いや、別に会いたいとかそんなんじゃないけどね!?
だけど少しだけ、ほんの少しだけ。

アントーニョ君に惹かれているのは事実で、彼に見つめられると心臓の音が煩く手仕方がないことも事実で、どれもこれもまだ小さく芽生え始めた感情だけど…

確実に、少しずつ近づいているんだと思う。
それがなんだかくすぐったい。


彼の姿が見えなくなるまで見送って、家の中に入ろうとドアを開いた所で駆け寄ってくる足音とドアを開く手を制する日焼けしたその大きな手に心臓が飛び跳ねた。

背中から聞える少し乱した息遣いは紛れもなく先ほど見送った人物であり…。
え、まだ何か用でもあるのかな


「名前、ちゃん」

「どどど、どうしたの!?」


正面に向き合うようにして振り向くと乱れた息を整えるように深呼吸をしたアントーニョ君は少し頬を赤くして「あのな…」と呟いた。


「明日から夏休みやし会えんくなってまうん、めっちゃ寂しいねん。ほんまは毎日でも会いにきたいし今日みたいに沢山喋りたい。せやけど働かんと生活できんしなぁ…」


だめだ、目が…離せない。
じっと彼の瞳に捕らえられ、いつものように反らすことができなかった。

「やっぱ、好きやねん」といつもより低いアントーニョ君の声が聞こえたかと思うと視界が暗くなりそっと手に触れて、重なるだけのそれを唇に落とされた。


「え…」

「俺、あかんねん。こんなになったん初めてで…歯止めきかんようになってまう…」


触れられた手が微かに震えて、そっと離された。


「交換日記、夏休みの間俺が預かっておくな。ほな、また今度」


目を見開いたままの私にそう告げたアントーニョ君は再び暗闇の中へと消えて行く。

あれ、なに、今の。
夢、じゃ…ないよね?確かに今、唇に何かが…

う、うっそーん…


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