こんな想いを知ったのは生まれて始めてだった。
隣に座って雑誌を読んでいるフランシスに恋って甘くて苦いもんなんやなぁと伝えると、愛はもっと甘くて苦いもんだよと返ってきた。


「あー、えっと…アントーニョ君。これ持ってきました、はい」


シンプルな大学ノートに張られたトマトのシールはまぎれもなく俺が張ったもので、このノートは先日ギルから彼女に渡すように頼んだ物だった。
フランシスに”まず相手の事をよく知ることから始めろ”とアドバイス貰って思いついた案やけど、こんなん渡すんもめっちゃ恥ずかしいからギルに頼んで。
ぶっちゃけあいつが名前ちゃんと話してるとこなんて見ぁない。
でも、恥ずかしがって何も言えんままの自分も見たぁない。
恋って甘いけど、苦いんやんで。


「ありがとなぁ。まさかほんまに書いてくれるとは思わんかったわ!」

「え、書かなくて良かったの!?うわー、だったらあんな事書くんじゃなかった…。書き直すから返してくれる?」

「嫌ー」

「え…」

「焦ってる名前ちゃんも面白いなぁ」

「はぁああ?」


あんぐり口をぽかんと開けて俺を見上げる名前ちゃんに、心臓の下あたりがキュンと痛くなった。
ほんまは内心ドキドキやねんで。
こうやって平然と喋ってるふりしてるけど、ほんまは何言えばええんやろとか、どう言えばこの気持ちが分かってもらえるんやろとか、色々考えてんねんで。
せやけど俺考えるん苦手やから、つい思った事口に出して失敗してまうんよ。
鈍感やしなぁ。
せやから名前ちゃんと喋る時はいつもより気張ってんねんで。
少しでも良く思われたいからって、ちょっとかっこ悪いかもしれんけどな


「ありがとなぁ名前ちゃん。そんじゃあ次書いてまた渡すわ〜」

「もう渡さなくていいです」

「そんな事言わんといてぇな〜」

「言います。まぁそういう事だから…。次移動だからもう帰るね」

「えー」

「ここの教室からうちの教室の距離を考えてくれよ。校舎離れてんの気付けよ。それじゃあね」


少し照れくさそうに腹の高さで手を振った名前ちゃんはテケテケと急ぎ足で去って行った。
後姿にさえも見とれてまうわぁ。
緩む口元を隠す事も無く、その場で受け取ったノートを開いた。
見開き右側の白いページに小さく丸っこい字がぽつんと並べてあって、それは確かに名前ちゃんの字やった。

また心臓の下が痛く気がする。
その小さく浮かべられた文字さえも甘くて苦い。
なぁ、恋って凄いなぁ。
誰かを想う事で、こんなにも、


「なぁに突っ立ってんだよトニー。って、お前顔真っ赤だぜ?大丈夫か?」

「放っておけよーギル。そいつ今青春真っ最中だからさ」

「って、そのノート…おいおいおい、マジであいつ書いたのかよ!?わけわかんねー…」

「恋は甘く苦く、そして解けてゆく物なんてね。まるでチョコレートみたいだ」

「なに臭い事言ってんだよ。なんだよその流し目。鳥肌立ったぜ鳥肌」

「ちょっ、お兄さんの悩殺流し目なのに!」

「何が悩殺だ。だったら俺の流し目の方がだなぁ…」

「おーいトニー。そろそろ授業始まるから戻ってこーい」

「ダメだぜあれ。顔トマトみたいに真っ赤」

「純情だなぁ…。まさか、あのアントーニョがねぇ」

「だよな…」


甘くて、苦くて、溶ける。


”とりあえず、もっとアントーニョ君の事が知りたいです”


その一行で、一言で、一筆で、俺はこんなにも。






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