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鬼柳が死んだらしい、という噂を人づてに聞いた。そんなの信じられないと否定的になってみても、真実を確かめる術はない。鬼柳がいる場所はサテライトから遠く離れたセキュリティの監獄の中。私も何か犯罪をやらかして捕まれば、同じ牢屋にぶちこまれて鬼柳の生死を確認できるのかもしれないが、そんなことは偏に無意味な行為だ。だって、よしんば鬼柳が生きていたとしても、もう彼は私のことを仲間と思っていないだろうから。

「ねぇ、クロウ兄ちゃんはまだ帰ってこないの?」
「きっともうすぐ帰るよ」
小さな子どもたちがわらわらと私の周りを囲んでいる。この子たちは大層お腹をすかせていて、彼らを養うのが私とクロウの日常である。クロウは今、セキュリティから食糧やカードを盗みに出かけている。つまり義賊まがいの仕事をしているのだ。私の役目は彼が持ち帰ってきた食材を調理してみんなに与えてやること。あるいは、泣いている子をあやしたり、遊び相手をしてやったり。所謂シッターみたいなものだ。

たまに、なぜこんな毎日を過ごしているんだ、と自分に問いかけたくなる。別に里親行為が嫌なわけではない。チームが崩壊する以前から子供の世話は嫌いじゃなかったし。
ただ、なんで私はクロウと二人でいるのかな、と疑問に思うのだ。
仲間たちの友情が決裂する前も、その後も、同じ子ども好きとしてクロウとは親しかった。だから鬼柳が捕まったあとクロウについていこうと思ったわけだが、もっと言えば、他に選択肢がなかったからだ。
あの無口な遊星と共に暮らせばたちまち声帯が退化してややもすれば言葉を忘れてしまうと思ったし、高慢なジャックについていってもすぐ捨てられてしまうと思った。シティに行ってキングになるような男にとって、女はお荷物にすぎない。
そんなふうに、無愛想で付き合いづらい男たちと暮らして邪険に扱われるくらいなら、朗らかなクロウと共に貧しくも温かい暮らしをした方がいいと思えた。だからこうして今ここにいる。
それなのに時折、何もかもが腹の底から馬鹿らしくなるのだ。この毎日をちっとも幸せと思えない。くだらなくて、底抜けに無意味で、まるで無為徒食しているような気分。それがなぜなのか、本当はわかっているのだけれど、認めたくない。認めてしまえばこの胸を占める恋を諦め、愛惜の念に別れを告げなくてはならないから。

「あっクロウ兄ちゃんが帰ってきた!」
「おかえり兄ちゃん!」
「おかえり!」
突然、子どもたちが私のそばを離れたかと思えば、彼らは玄関扉を開けたばかりのクロウに向かって突撃していった。子どもの全力タックルを受け止めながら「おう、ただいま」とはにかむクロウが私にも笑顔を向ける。私もやおら微笑み返す。
「今日はご馳走だぜ」
クロウがそう言って盗んできた大量の食糧を見せると、子どもたちは狂喜乱舞した。腕がなるな、と思いながら、私は静かに立ち上がって台所へ向かった。

その日の夕食は貧困生活を送る私たちがめったにお目にかかれないほどの豪華さだった。パンや肉を幸せそうに頬張る子どもたちを遠目に見ながら、私とクロウは向き合って食事をする。
「今日もありがとう。おつかれさま」
と私は言った。盗んできてくれてありがとう、なんて言えば途端に聞こえが悪くなってしまうので、無駄なことは言葉にせず、簡潔に気持ちだけを伝える。
「お前もな」
クロウは笑い、「いつもながらめちゃくちゃ美味いぜ」と料理を褒めてくれる。こうしていると、まるで私たちは新婚夫婦みたいだなと思わないでもない。家計を支える夫と家事をこなす妻。そんなふうに思うのは私だけではないらしい。二人で食事をしている私たちのそばへ、食事を終えた何人かの子どもが集まってきて矢庭にこう言った。
「ねぇ、兄ちゃんと姉ちゃんはいつケッコンするの?」
「ぶぉっ」
クロウが飲んでいた水を吹き出した。ゲホゲホと咳き込むクロウを子どもたちが不思議そうに、あるいはニヤニヤしながら眺めている。私はなんとも言えない気持ちで薄笑いを浮かべるしかない。
「お、お前らなぁ、そういう言葉をどこで覚えてくるんだよ」
「絵本!」
「まじかよ……セキュリティは犯罪の取り締まりより先に絵本の検閲をした方がいいんじゃねぇか……?」
おませな少年少女らにからかわれて困ったように頭をかくクロウがチラリと私を見る。その視線が一体どういった意味合いのものなのか、私には理解できない。
「もう、変な話してないで、食べ終わったならお皿を洗わないとだめでしょ」
私は子どもたちに皿洗いを促して話をはぐらかした。聞き分けのいい子どもばかりなので彼らはたちまち台所へ走って行く。
「ったく……ガキの口出しする話じゃねぇっつの」
走り去る小さな背中を眺めながら、クロウがぶつくさ文句をたれた。

「本当に結婚できたらいいね。だって私たち、きっととてもうまくやっていけるもの」
夜。子どもたちが寝静まったあと、二人並んでボロボロのソファに腰掛けていたとき、私はクロウに言い放った。サテライトらしい真っ暗な空には満月が煌々と輝いている。月が綺麗ですね、なんて科白が相応しい透き通った夜だ。しかし私たちの間にそんな空気は似合わない。
「そうは思えねぇけどな」
クロウはじっと月を眺めながら落ち着いた語勢で答えた。
「だって俺たちは所詮……」
そこまで言ってクロウは黙った。自分で自分の首を絞めていることに気づいたらしい。彼は気まずそうに顔を歪める。だから私がその先を口にしてやった。
「上辺だけ?」
「…俺はそんなつもりないけど」
「私だって」
「嘘はいい」
クロウは静かに私の言葉を遮った。そしてゆっくりと立ち上がり、反駁できずに黙っている私を無言で一瞥してから自らの寝床へ向かって歩いていった。最後に小さく、これだけを言い残して。
「死んだやつの後釜なんて御免だ」
「酷い言い方するね」と、もうとっくにクロウの背中が見えなくなってしまってから、私は月を見上げて誰ともなしに呟く。夜半を黄色く照らす玉兎は、私がかつて恋した男の瞳に似ている。

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