予兆はずっとあった。 どこか完璧になりきれない京介がいることを、私は知っていた。 付き合いは他の三人と然して変わらないけれど、圧倒的に違うところが私にはあったからだ。 私は京介が好き。 だから、ちょっとした変化にだって、過敏に反応できる。 それは、嬉しいことでも、悲しいことでもあった。 だって、無知の方が、何も知らない方が幸せじゃない。 近く、京介は暴走する。 顔を見れば分かる。一目瞭然だ。私にとっては。 きっと彼は、目標を達成したことでみんなが離れてしまうと思っているんだ。 バカな京介。 暴走する予知を立ててもなお、京介が好きな私も大概だけど。 夜、私はいまいち寝付くことが出来ず、夜風に当たるために外に出た。 穏やかに流れる風が、私の頬を撫でる。 ああ、気持ちがいい。 長く闇に包まれると、大分落ち着いて、私は身を翻そうとした。 しかし、それは叶わない。 「京、介……」 銀の髪が風に靡く。大きく照らす月明かりに反射する銀が、私の双眸をチカチカと焼いた。 京介が、孤高に浮かぶ月を見上げながら、真っ暗な夜に佇んでいたのだ。 じわじわと溢れ出す冷や汗を感じながら、私は拳を作る。そして、無意識の内に噛んでいた下唇をそのままに、その背中に歩み寄った。まるで、引き寄せられるかのように。 あと少しで触れられるとこまで寄ると、京介が唐突に振り向く。 きっと、足音か気配で察知したのだろう。 「ナマエ」 なぜか安心したような声音で名前を奏でる京介に、私は悪寒を感じた。それと共に、嫌な予感が駆け巡り、私の予知が、「当たり」の道へと進んでいく。どうか、冗談で終わってほしかった予知なのに。今はもう、限り無く正解ね。 「どうしたんだよ、ナマエ。寝れないのか?」 「うん、まぁ、そんなとこ」 京介が浮かべるのは、いつもと変わらない笑顔。一ミリも変わってない。 私はその笑顔に、身を凝らせる。 まったく変わってない笑顔だからこそ、私はそれが作り物であると見抜いた。 声だって少しおかしいじゃない。京介は隠せているつもりかもしれないけれど、私には意味がないよ。分かるもの。 そんなに取り繕ってもダメだよ。私だって、鋭いんだから。京介に関してだけは、鋭いんだから。 でも、それを指摘するほどの勇気は携えていなくて、私も笑顔を作る。 京介が、私の笑顔を作り物だと気付かないのは分かってる。だって、貴方は私を好きじゃないもの。だからこそ、私は貴方を簡単に騙せる。 「ねぇ、京介はどうしたの?」 出来るだけ視線を交差させないように、私は彼を見つめた。綺麗な蒼の目が、ぼやけて見えるよ。 京介は一度目の色を消すと、また月を見上げ、典型文のような言葉を吐き出す。 「"俺も眠れねぇんだ"」 どこかで聞いたことのある台詞。 そんな言葉を向けられる私は、やっぱり京介の眼中に無いんだ。 貴方は私をことごとく蔑ろにするね。 それでもいいよ。私は絶対、京介を嫌いにならないから。 自分の目的しか見てない貴方が好きだから。 貴方が目的以外に、満足する事以外に盲目だと言うのなら。私は貴方以外に盲目よ。事実、貴方を見れないのなら、盲目になってしまってもいい。貴方以外なんて、私の世界には酷すぎるから。淡白に、貴方だけでいいの。 そうね。目覚めたら、きっと京介はおかしくなってる。今のうちに予知しておくわ。これは絶対、当たりよ。 言ったでしょ?私には分かるの。京介が好きだから、分かるの。 ふふ、やっぱり盲目。私は見にくくて、醜い。 京介が私を求めるのなら、私は京介と一緒に壊れる。壊れることが出来る。 陳腐な言葉で言えば、愛の成せる技。 自分勝手な私の、一方通行な愛の成せる技よ。どこまでも真っ黒で、誰が見ても汚いでしょう? それでもいいの。 だからお願い。どうか、私を求めて。 彼に抱き着くほどの勇気も無くて、私は京介のジャケットの裾を引っ張った。 結構強めに引いたのに、京介は上の空のようで、まったく反応を示してくれない。 きっと、私が今、泣いてることだって知らない。 嫌いになれたらなったのに。好きになっちゃったから。好きに慣れちゃったから。 全てがガラガラと崩れていく。 出会ったことが間違いだったなんて、言いたくない。だって、思って無いもの。そんなこと、少しだって思ってない。 私が崩れてしまってもいいから。だから、どうか振り向いて。 そしたら、きっと言える。 貴方に、私の崩壊宣言を。 ←back |