タイトル
名前 ※必須
メール
ホームページURL
本文 ※必須
カラン。氷と硝子の触れ合う音、そして此方へ傾けられたグラスの中は見事に空だった。その光景はまるで示し合わせたかのような丁寧さで、記憶の中のワンシーンとぴったり重なる。俺は器からイナリの相貌へゆっくりと視線を上げ、なんだ、と問うた。すると、客人はごく落ち着き払った態度で答える。 「ところで、おかわりを所望したい。氷も少し追加してもらえないだろうか、マスター」 この間やってきたシャコと、仕草から台詞までまったく同じだ。主人とペットは似るというが、此処まで相似するものだろうか。ひとまずテーブルの上にあらかじめ用意していたおかわり用のピッチャーに手を伸ばしかけて、そういえば氷も要るのだと思い出し、立ち上がった。 しかし、マスターとは何だ、マスターとは。神様である相手からそう大層な呼び方をされると少しばかりビビる。 すると少年はきょん、と目を瞬かせてから、尤もらしく袖の中に自らの手を入れながら腕を組んで言った。 「喫茶店の主をそう呼ぶのが慣わしではないのか?」 「何時から202号室が喫茶店になったんだよ。住人の俺が初耳だぜ」 「シャコが言っていた。202号室は純喫茶タイムだと」 「ああ……だからお前、やってきて早々当たり前のようにカフェオレを注文してきた訳か……用件が茶を飲みにくるだけだとまさか思いもしなかったが、どうやらそれだけらしいな?」 「此処は――喫茶店ではないと?」 「違うね。金取っていいんなら取っちまうがな。お徳用のドリップコーヒーだから、300円も取れば十分儲けだぜ」 「タイム殿は冗談がお上手だな。この飲み物は私に献上したものであろう?」 「あんた……普通の店でもそう言い通してんのか?」 「いいや。此処が喫茶店でないと言ったのはそちらではないか。相手が商う者であるなら、その働きの対価を支払うのが道理だが、そうでないなら善意として受け取るまで。おかわりまで有難く頂きたい所存だ」 「……巧いな」 正論を真正面から論破するのは無理だ。言い包めちまおうとも思いかけたが、正道を行く相手に正攻法で勝てる気は全くしない。何よりあっちに悪意など微塵も無いのだから、むきになる事もあるまい。冗談といえど金をせびろうとしたのは此方なのだから、咎められないだけ寧ろ有難かった。 差し出されたグラスを受け取って座を離れ、氷を入れてから戻る。ピッチャーを並々満たすカフェオレを注いでいる途中、イナリの視線がまっすぐ手中の飲み物へ向けられているのに気づき、つい笑みが零れた。折角つくったものなのだから、不味いと顔をしかめられるより、こうして望まれるのは純粋に嬉しかった。両手で受け取る相手の所作を確認してから、それだけでは流石に水腹になろうと思い至り、茶請けを取るため再びくるりと背を向ける。すると。 「――ありがとう」 届いた一言に思わず振り返りかけた。しかし思いとどまって、それとなく口元へ手をやりながら、俺も一言だけを何でもない風に返す。 「ああ。どういたしまして」 善意を献上と当然に受け取っていた彼が紡いだ、明確なる礼の言葉。果たしてどんな顔で、どんな心境で口にしたのだろう。酷く気になったが今、目視する訳にはいかない。 何故なら、自分の顔が鏡で見ずとも緩みきっているのが分かっていたからだ。なんてこった、してやられた。こんなに快い意外性を見られるなら、純喫茶を気取ってまた客をもてなすのも悪くはないかもしれぬ。戸棚の前まで歩み寄って缶クッキーを漁りながら、暫し満足の余韻に浸るのだった。 === イナリさんをお借りいたしました。なゆたさま、有難うございます! 前回書いていただいたシャコさんとのコラボでの『純喫茶タイム』の流れがとても好きで…これは是非ネタにさせていただきたいと思った次第です。 イナリさんに対し、泰然としていながらも頑なでなく、周囲の影響を緩やかに取り入れるイメージがあり…終始癒されつつ筆を進めておりました♪
編集パス ※必須
ファイル
著作権、肖像権、その他の法律に違反する画像、アダルト画像等のアップロードは禁止です。
発見された場合には刑事告訴、著作権者による賠償金請求の可能性もありますので注意して下さい。
※アップした人の情報は全て記録されています。
編集
記事削除
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -