布の上を走る鋏。滑らかに、滑るように鋏を操る青年。円堂はそんな青年の姿をただ何をするでもなく眺めていた。 「本当、凄いよな」 誰に向けてでなく、思ったことがするりと円堂の口から漏れた。呟きに近い発言だったにも関わらず、それを聞き漏らすことなく耳に入れた青年は視線を布に向けたまま作業する手を止めることなく、そんなことない。と否定する。 「オレなんかまだまだだよ」 青年は笑ってそう答えるが、円堂はそれでも凄いと思った。確かに青年よりも腕前がある職人は沢山いるだろう。しかし今、青年が布に鋏を入れる作業は本来何年…いや、何十年かもしれない。それくらい沢山の修行を積んだ人間にしか出来ないのだ。いや、というよりも許されないと表現した方があっているかもしれない。布に鋏を入れるなんて数少ない人間にしか許されない行為なのだといつだったか青年の師が言っていたのだから。 詳しい事情は知らないが、きっと何年修行を積んだって鋏を握ることが許されない人だっているのかもしれない。それなのにこの青年はまだ20代そこそこの若さで鋏を握ることが許されているのだ。これは凄いと思う。 「…こんな地味な作業見てもつまらないんじゃない?」 何をするでもなくじっと青年の作業を見る円堂を見かねたのか。もしくは退屈なのを我慢していると捉えたのか。青年は外でお茶でもしておいでとの意味合いも込めて円堂に告げるが円堂はそれに気付いているのかいないのか。首を横に振るとどこか瞳を輝かせながら魔法みたいで面白い、と答えた。青年は円堂の思わぬ言葉に驚いたのか。本日初めて鋏を持つ手を止めて円堂を見た。呆気にとられたのかそのまま立ち尽くすが円堂の発言が幼稚過ぎたのだろう、突如笑い出したのだ。それも円堂の顔を見ないよう上半身を捻らせ顔を逸らしながら。 最初は青年が笑う理由がわからず内心首を傾げていた円堂だが、自分の幼稚というか。年齢にそぐわない発言を思い出したらしく羞恥で顔を真っ赤にし、未だ笑う青年を恨めしげに拗ねた様子で睨み付けた。 「そんなに笑うことないだろ」 「ごめん、ごめん」 そっぽを向いてしまった円堂に慌てた青年は直ぐに謝ると違うのだと告げた。 「違うって、何が」 「笑った理由。言って置くけど子供染みてるとかじゃないからね?」 では、何だというのか。そう視線で語る円堂に青年は少し視線を漂わせ躊躇った後、口を開いた。きっとこのまま理由を言わないと円堂が更に拗ねてどこか行ってしまうと思ってだろう。間違ってはいないが。 「一緒だなって」 「何が?」 「……オレが師匠に初めて言った言葉と」 円堂は驚いたように瞬きを二、三度するとまじまじと青年を見た。すると青年は円堂の視線が恥ずかしいのか。もしくは青年の言う師匠との出来事を思い出してなのか。うっすら頬を赤らめると照れたように笑った。 「……フィディオも?」 「うん、魔法みたいに見えたんだ。…なんだか嬉しいな」 「何が?」 円堂の問いに青年は布へ視線を落とし、嬉しげに。愛しげに。誇らしげに。そんな感情の籠った瞳で作りかけの作品を見つめるとゆっくりと目を閉じた。 「オレも、誰かに感動を与えられているのだと思うと、さ。嬉しいんだ…未熟だけどね」 小さく。けれどしっかりと言葉にした。 青年の姿に、他人事だけれども。それでも、円堂は胸が熱くなるのを感じた。 魔法をみせよう。 (きっときらきらと輝いて、美しいに違いない!) (ああ、楽しみだわ!) |