微かな金属音が部屋に響いた。抑えているけれど、緊張しているのか荒い息遣い。そして君の身体から伝わる震え。息を呑む音。
聞こえる筈の鈍い音の代わりに鼻を啜る音が聞こえる。そして、それと同時に頬を濡らす水滴。俺の頬へ何度も何度も落とされる水滴のなんと温かくて、切ないことか。きっとぽろぽろと大粒の涙を君は流しているだろう。ああ、想像するだけで胸が張り裂けそうだ。ねぇ、泣かないで愛しい人。
俺はね、いいんだよ。気にしない。怖くもない。恨むことだってしないよ。だって愛しい愛しい君の手によってこの世を去るんだから。怖いどころか嬉しいんだ。幸せなんだ。ただ少し悲しいといえば、これから君といることが出来なくなることだろうか。けれど、君の為ならばそんな些細なことどうだっていい。どんな理由であれ、俺の死が君の為になるならば喜んであの世へ逝くよ。きっとどんなに痛くたって俺は微笑んで逝ける。だから泣かないで。躊躇わないで。君の幸せは俺の幸せでもあるんだよ。だからどうか、君の、いや、俺の為に俺を殺して。そして、幸せになって。……おかしいな。そう思うのに、いつまで経っても痛みはやってこない。何故だろう。凶器を俺の胸なり腹なりに突き付けるだけなのに。ああ、きっと心優しい君にはとても辛いことだからだろうか。こんなちっぽけな俺なんかに情けなんてかける必要なんてないのに。君があの時助けなければ助からなかった命なのだから。
切に思うのに。君になら俺の命を奪われたっていいと、思うのに。部屋にはカランと、まるで手から凶器が滑り落ちた音が響くだけ。どうして。
「…どうして、やめてしまうんだい?」
ゆっくりと瞼を上げ、目元を赤く腫らした愛しい君を瞳に写す。君は俺が起きていると思わなかったのか、悲しみと絶望の入り交じった真っ青な表情で俺を見た。そんな表情、しないで。これは俺が望んだことなのだから。
けれど、俺が怒るとでも思ったのか。悪事を発見された子供みたいに怯え、逃げようとする君の腕を寸でのところで掴み、じっと見つめる。瞳には怯えと恐怖と悲しみでいっぱいに見えた。それを少しでも拭い去りたくて。ゆっくりと、優しく捕らえていない手で頬を撫でる。
「大丈夫。怒ってない。守に殺されるなら、本望だから」
俺の一言に君は信じられないとでも言いたげな眼差しで見る。あり得ない。そう瞳が語っていた。けれど、嘘なんかではないんだよ。君が望むならこの命捧げてみせるくらい、愛しているのだから。そう呟けば、更に瞳を丸くしてただただ俺を呆然と見つめた。
「本当に愛しているんだ。理由は、知らないけれど。守を死なさない為に俺の命が必要なら、よろこん…………守?」
何故か俺の胸に飛び込むような形で抱き付くと、必死に首を左右に振りだした。名前を呼んでもただ何かを必死に否定するばかり。
「………ら、ない。俺、ヒロトの命なんて、いらないよ。ヒロトがいない世界なんて、いらないんだ…っ」
俺はこの時初めて君の美しい声が聞けたことよりも、その言葉が何よりも嬉しくて。胸の湿りから君が泣いていることに気が回らない程、ただ嬉しくて。その身体を抱き締め、名前を呼ぶことしか出来なかったんだ。






愛しさで、埋め尽くされて。






(物語がバットエンドだなんて誰が決めたの。)
(お話はこんなにもロマンチックに溢れたものなのよ。)







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