人が温かいと知っていた。人は優しいと知っていた。確かに温かい人ばかりではない。優しい人ばかりではない。人は自分と少しでも違えば畏怖し、嫌悪する。それでも、そんな人ばかりではないと、知っている。何者かを知って逃げる者もいれば、狩ろうとする者、蔑む者と様々だ。しかし、その中にも何者かを知っても畏怖や恐怖など全く持たずに以前と接する人間だっている。前者に比べれば圧倒的に少ないだろう。けれど、十分だ。世界にたった一人でも居てくれるだけで、変わらずにいてくれるだけで、それだけで良かったと思える。長い、長い時間を生きてきて。永久に感じる孤独がほんの一時でも和らぐことができて良かったと思えるから。
「そう、思ってたんだけどな」
「何か言った?」
「いや、何も。それより時間はいいのか?もう少ししたら日が暮れるぞ?」
「大丈夫だよ。ほら、こっち」
公園の奥へ奥へと迷うことなく進むのをただ無言で手を引かれるまま歩いた。
木々を掻き分けて歩く中、離されることもなく握られた手は自分と違い温かくて生を感じる。熱を持つことのない冷たい自分の手が、まるでゆっくりと相手の手を通して熱を帯びていくようだ。この瞬間だけ、自分が異質ではなく、相手と同じ生き物のように思う。実際そんなことはなく、ただの錯覚なのだが。
昔は嬉しかったこの温かさが今では自分との違いを見せ付けられているようで辛い。自分はどう足掻こうとも、同じになんてなれやしないのだと言われているようで。それでも、自ら手を振りほどくことが出来ないなんて。なんて、愚かで浅ましいことだろうか。嫌なくせに。けれども永遠に得ることのない熱への焦がれがそうさせるのか。それとも自分が、相手を───。
「キャプテン?」
一人考えに耽っていたのか、相手に呼ばれていつの間にか足が止まっていたことに気がついた。顔を上げれば心配そうに此方を見る眼に申し訳なくなる。心配かけたいわけじゃないのに。慌てて無理矢理笑みを作れば、自分の心情を察したのか。相手は優しく頬を緩ませてみせると再び歩き出す。そんな様子に胸が痛んだ。自分の方が年上なのに。手を引いて、前を真っ直ぐ歩く相手よりもずっとずっと年上なのに。それなのに、年下に心配かけて、気まで遣わせて。情けないにも程がある。
これ以上心配かけまいと気を引き締めて、いつの間にか落としていた顔を上げれば、目の前には空が広がっていた。
それはあまりにも大きくて、広くて。そして何より橙と紫と藍が混ざりきってない空に自己主張するかのように光る星。見慣れて──いや、今人間によって汚染された現代ではあまり見れなくなってしまったけれど。それでも、何度も。何十回、何百回、何千回と見た筈のものなのに。今、目に写る空は生まれて初めて見たかのように輝いて見えた。
綺麗だ、と知らず言葉に出ていたのだろう。相手は隣で小さく笑うと、そうでしょ?と告げてきた。何か言おうにも、目の前の景色に魅入ってしまった身としては返事を返すどころではなくて。ただただ景色を忘れまいとするかのように目に焼き付けるしか出来ない。そんな自分の心情を察したのか。相手は押し黙ると自分と同じように目の前に広がる景色を眺めた。

それからどれくらいだろうか。あの綺麗な色合いは消え、空は闇一色に染まった頃漸く口を開いた。
「ありがとな」
「ううん。僕こそ有り難う。こんなところまで付き合ってくれて」
「別にいいって。俺の時間は有り余る程だしな!」
「………本当に、有り難う」
「吹雪…?」
名前を呼べば相手は一度ゆっくりと瞼を下ろすと優しく、柔らかく微笑んでみせると来たときみたく自分の腕を掴んだかと思えば指に──薬指に、そっと唇を落とした。それに驚いて何も言えずにいると相手は自分を見向きもせず向きを変えれば、帰ろうとだけ呟いた。突然の行動よりも先程のその笑みが。笑っている筈なのに何処か泣いているようで。指への口付けでさえ何か辛いのを耐えているようで。そんな悲痛な心の叫びを聞いた気がして。それを問いたいのに、そうさせまいと振る舞う相手に、自分はただ、手を引かれるまま歩いた。
いっそ、気軽に問える程親しくなかったら。心情など気づかない程相手を知らなかったら。相手の表情一つで胸が締め付けられる程想ってなかったら。そうしたら、こんなにも辛い想いを、押し込めなければならない気持ちを…自分は抱かずにすんだのだろうか。
ぼやける視界に。それでも必死で相手を見続けながら歩いた。










出会う前に戻りたい







(けれど、例え戻れたとしても、俺は後悔するのだろう)







僕は思う。好きになって良かったと。けれども同時に、嫌いになれたらとも思う。
そうすれば焦燥も悲痛も全て全て知らずにすんだのに。何よりも、相手にこんな辛い想いをさせずにすんだのに。
ただ、君と何かを共有したくて。独占したくて。そんな思いから出た行動は、きっと君を縛るのだろう。そんなことをして、悲しませたいわけじゃないのに。
ごめんね。それでも、どこかで君と繋がっていたいと、思ってしまう僕がいるんだ。




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ぶらってぃー×いれぶんさまへ提出させて頂きました。
素敵な企画を有難うございます。



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