これの続編



闇夜の中、ドンドンッと古来より人が魔除けの類いとして扱っていた楽器が遠くから流れてくる。グランは一面の桜以外見えることのないこの社からその音色に耳を傾けていた。
時折聞こえる楽器以外の音──楽しそうな人間達の声に僅かだが表情を歪ませると何かに耐えるよう一度目を伏せれば、まるで音を避けるかのように敷地の奥へ奥へと足を進めた。
敷地の奥は一層暗く、静かだ。先程の騒音も気をつけて聞かなければ耳に入らないくらい静かである。そんな中、グランはゆっくりと地べたへ腰を下ろすと、幾つもの内の一本へ身を委ねた。
外は真夏の筈だというのに、まるでそれを感じさせることのないこの鳥籠は常春の生暖かだが心地好いばかりの風を運ぶ。時折風に乗って舞う花びらを何をするでなくただ眺めて過ごすことにしたのか。グランはただただ視界に広がる風景のみを見る。どれだけ時が経とうとも変わることのない風景に。永遠の常春に。そう考えると胃から何かせり上がるような。暗い思考の波に呑まれるような。遥かなる過去に棄てた筈のものがじわりじわりと内から沸き上がって──気持ち悪い。そう思ったらもう、胃液が。グランは咄嗟に口元を覆う。ぐっ、ぐぐっ、と喉の奥から逆流する感覚に耐えながら身を更に縮込ませる。油断したら吐きそうになるのを必死で堪えて、どうしようもないこの不快感と嗚咽感をやり過ごそうと必死になりながら、考えてはいけない。考えないようにしなくてはいけない想いがグランを襲った。ああ、俺は、ずっと、

「グラン…?」
思わず思考に呑まれ、渇ききった筈の涙が溢れそうになった時、最近漸く聞きなれた声が不意に耳に入った。要らぬ心配を掛けまいと平然を装おうとグランは嗚咽感を堪えて顔を上げ声の主に笑い掛けてみせた。しかし、相手はグランを見るなり大きな目をより一層大きくする。その様子から上手く笑えていないと知るなり、グランは苦笑を浮かべて一言、ごめんと呟いた。一体何に対しての謝罪なのか。おそらくグラン自身もわかってはいないだろうその謝罪に、相手は両膝を付くとそのままグランの頭を抱き込んだ。予想外の出来事に固まるグランを他所に、相手は腕の力を先程よりも強くすると何かを耐えているかのような悲痛を含んだ声で呟いた。ごめん、と。先程のグランと同じ言葉を。しかし、全く違う意味が込められた言葉に、グランは堪えていた筈の。渇ききった筈の涙を一つ、二つと流した。
静かに雫を流すグランを抱き込みながら、相手──円堂は思う。皆、口を閉ざすけれどグランとこの社との関係を。思わぬ出来事で知ることとなったが、あまりにも身勝手な理由で、そして憐れで優しすぎる妖怪に円堂は瞼を伏せた。幾つもの雫が円堂の胸元を濡らす度、グランの優しさが。或いは愚かさが伝わってくるようだ。取り分け何か力があるわけでもない。こんなにも辛いと無言で訴える妖怪にどうすることも出来ない己が悔しい。あまりの無力さに知らず円堂も表情を歪ませた。
いつだったか、誰かが言っていた。グランは出れないのではない。出ないのだと。どうして、そうまでして自分達人間の為にこの社に居続けるのか。こうして泣くというのに。それでも尚、嫌だと言わず、逃げ出さず。全てを犠牲にしてまで贄としているのか。未だ分からない内面に、円堂は歯痒さを感じずにはいられなかった。







鎖の名









(悲しみを全て拭い去ってやりたいのに)









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