楽しそうに。心底嬉しいと身体全体で語りながらサッカーボールを蹴る円堂に吹雪は首を捻る。前々から思ってはいたが、円堂は歌舞伎を嫌っていなければ、女形を嫌がっているわけでもない。当たり前ではあるが、成り行きやらで女装するのに抵抗はあるようたが歌舞伎でのことに関しては特に嫌がってはないのだ。元々が歌舞伎の家系とは言え、聞くところによると凡そ八年もの間歌舞伎を離れていたし、自ら進んで再開したわけではない。歌舞伎の家系だから、でやっているようには思えないのだ。何せ円堂は歌舞伎よりもサッカー大好きであるし暇さえあればボールを蹴っている程のサッカーバカだ。自ら好んで歌舞伎をやるようには見えない。だが、例え成り行きで歌舞伎をやるとなったとしても、サッカーをする時間が削られることに対し多少の不満は言えど昔の吹雪のように駄々を捏ねるでも逃げ出すでもなく歌舞伎を全力でやるのだ。自他共にサッカーバカと認める円堂が何故、歌舞伎をやるのか吹雪は不思議だった。まあ、円堂がこうして歌舞伎をやっていてくれたお陰で吹雪は円堂と出会えたし、アツヤとの思い出も悲しく苦しいだけのもにならずに済んだわけであるの だが。 吹雪は何気なく、サッカーボールと戯れる円堂に問い掛けた。どうして歌舞伎をやるのかと。その質問にボールに片足を乗せて止めると今度は円堂が意図がわからないと首を捻った。 「どうしてって…」 「だって守はサッカーのほうが好きでしょう?なのに成り行きとはいえどうして続けるのかなって」 「うーん…別に続けてるわけじゃないんだけどな」 円堂はそれだけ言うと視線を空へ向けた。どこか遠くを。遠い過去を見るような眼をしたかと思えば直ぐに吹雪の好きな人好きのする笑みをして吹雪に向き直る。何故か感傷を漂わせるかのような円堂らしからぬ笑みを見た気がして吹雪は知らず固唾を飲んだ。そんな吹雪に気付くことなく円堂は口を開いた。 「多分さ、嫌いじゃないんだ。人に喜んでもらえたら幸せだし、嬉しいだろ?それにさ、」 円堂は一瞬何かを口にしようとして。しかしその何かを呑み込むと別の言葉を口にした。 「お前たちとこうして出会えたしな!」 それはきっと本心だろう。けれど、何処かで違うと吹雪は気付く。言葉は本心でも、続く言葉でないことに。それと共に察しが良い自身に嫌気がさした。要らぬことばかりに気付いてしまう。吹雪は愛らしい容姿に似合わず頭に過った緑掛かった碧髪の人物に内心悪態を吐くと、円堂が弱い類いの無邪気な笑みをしてみせたかと思えば、唐突に円堂の胸へと飛び込んだ。驚いて目を丸くする円堂に子が親にする類いの仕草をしてみせる。するといつから居たのか。もしくは丁度居合わせたのか。(恐らく大半が前者だろうが。)良く知る人物達の非難めいた声に怯むことなく。寧ろ自分に下心などないと思わせるような無垢な子供の笑みで。しかし見せ付けるかのように円堂へと更に密着する。戸惑いながらも無邪気な姿の吹雪に心を許したのか些か乱暴に頭を撫で回すと笑いながら抱き締め返した。そんな円堂に照れと、少しばかりの嫉妬心を隠すかの如く胸へ顔を埋めながら吹雪は口を開いた。 「僕も…僕も守と出会えて良かったって思ってるよ」 一人膝を抱えて、全てに目を閉ざして。そんな時、土足で。けれども背中を押してくれた円堂に。そんな円堂とこうしていられることの喜びを、想いを紡いだ。その言葉に、嬉しさからか更に抱擁をきつくする円堂に吹雪は地響きを鳴らさんが如く此方へやってくる複数の足音に、引き剥がされるまでとそっと瞼を閉じた。 心に秘めたままで。 (きっとこれは愛でも恋でもなく。ただの友愛なの) (嘘よ。これは愛でも恋でもあるの。でも、暫くは、夢を見させてちょうだいね) |