いつだったか、仲間内でもしもの話をした。総理大臣になれたら、願いが一つだけ叶うなら、百万円当たったら。幾つものもしも。幾つもの例えばの話。 「じゃあ、もしも、愛する人が先に死んだら?」 笑って聞いてきた仲間内の一人に、皆は幾つもの例えばを語った。後を追うとか、わからないとか、いずれは忘れるとか。そんな話を面白半分に。中には真剣に、皆各々答えていく。そんな中、俺はと言えば、幾つもの例えばの話をどこか他人事のように考えいた。何せそのもしもは今の俺達にとって遠い、遠い未来のことのように思えたし、想像が出来なかったのだ。ただ色々な答えがあるのだと。本当に、それだけの認識しかなかったのだ。だって、誰が想像するだろう。誰がわかるというのだろう。まだまだ俺達は中学生で、本気の恋とか、身が裂けそうな程の焦躁とか、愛してやまない人との一生の別れが待ち受けているとか、誰が想像するのか。誰が想像出来るというのか。俺達は(他校のキャプテン程ではないにしろ)恋や愛よりのサッカーバカで、異性よりはまだまだ同性の仲間とバカやっているのが楽しいというような奴らばかりで、それなのにどうして、そんなことを想像出来るというのだろうか。 「俺は、生きる、かな」 ああ、もしかして。お前だけは、知っていたのだろうか。想像出来たのだろうか。身が裂けそうな程愛すること。愛してやまない人との一生の別れを。きっと嘘や冗談を言わないお前のことだから、想像して、覚悟した上での答えだったのだろう。一体その時のお前が誰を想っての発言なのか今となっては聞くことは出来ないが、俺はお前にそこまで真剣に考えさせた人物がとても羨ましく思う。 …そういえば、俺はそのもしもの話を何と答えたのだったか。 ぼんやりと、過去の出来事に浸ってしまっていたらしく、気付けばあんなに騒がしかったというのに、まるで真っ暗な暗闇にいるかのように室内はとても静かになっていた。何故だろう、真っ白で。どこまでも真っ白な空間は、清潔感や安心感よりも俺に恐怖だけを植え付けていく。白い空間の筈なのにまるで暗闇の中にいるような感覚だ。 少し前まではあんなに忙しなく幾人もが出たり入ったりとを繰り返していたというのに。目の前のそれが人の形をしたただの肉の塊となってしまえば用はないとばかりに一人。また一人と出ていったのだろう。今や室内には俺だけだ。いや、違う。俺だけでない。室内には俺と人であったものがいる。 ふと、いつの間にか綺麗に整えられたそれに目をやった。それは掛けられたシーツを捲れば傷は付いているだろうし、人工的に切られた部分もあるだろう。しかし、あんなことがあったなんて思わせないような何かが目の前の人であった肉の塊にはあるかのようだ。そんなこと、ありはしないと言うのに。 俺はそっと近寄り、綺麗な肉の塊を確かめるかのように恐る恐る指先を頬へと滑らせた。やはりと言うべきか、それは冷たく、生を感じさせない。けれど…何故だろう。生を感じさせない、感じないというのに、それが肉の塊でしかないなど俺には思えなかった。何故なら、触れる肌は生前と変わらない柔らかさがあるようで。綺麗に整えられた顔はまるで眠っているようで。もう、瞼を開くことがないと理解していても俺はそれが、源田が、死んだ、なんて思えないのだ。名前を呼べばまた笑って、馬鹿やって、共にフィールドの上で戦ってくれる気がしてならないのだ。…わかっている。そんな筈はないと。知っている。二度と目を覚ますことなどないということを。でも、俺はわかりたくない。知りたくない。何も、気付かないままで、いたい。 「源田…」 なあ、お前がもし、俺と逆くの立場だったらどうしたのだろう。あの時のもしもみたく、真っ直ぐ前だけを見据えて生きたのだろうか。けど、どうやら俺はお前みたく強くはないらしい。前だけをなんて向けない。時が癒すなんてそんなのは嫌だ。ずっと、いたい。忘れたくない。共にありたい。源田、げんだ、げん…っ──ぽたり。 視界が歪み一滴頬を何かが伝ったかと思えば、馬鹿みたいに涙が溢れた。いくつも、いくつもの滴が源田の綺麗な顔を濡らしていく。顔が濡れても全く目を覚ます気配のない源田に、堰を切ったかのように嗚咽が、声が溢れた。 目を覚ますのを待つ酔狂 (起きて、また名前を呼んでよ) ----- さよならを、あなたにさまへ提出させて頂きました。 素敵な企画を有難うございます。 |