「はぁ」 本日何度目かの溜息が漏れた。そういえばつい先程、最近溜息ばかり吐いているとチームメイトに指摘されたばかりだなとどこか他人事のように考えながら、一人机に突っ伏すと溜息の原因といえる一週間程前の出来事を思い出しだ。 「好きなんだ。付き合ってくれないか?」 控え目と言えば聞こえはいいが、要は度胸がなく今までずっと言えずにいた気持ちを恋愛成就と名高い校舎裏の一際大きい木の下に決死の思いで呼び出し、恥ずかしさで逃げ出したくなるのを必死で抑え、集まる熱に恐らく熟れた林檎より赤くなっているであろう頬に男としてはなんとも情けない態度ではあるが、それでも素直な想いを相手にぶつければ、相手──ディランは元気良く「いいよ!」とまるで遊びの誘いに対する様子で返事を返したかと思えば「で、何処について行けばいい?」と付け足した。ディランの様子から違うとわかってたとはいえ、一瞬でも期待した自分が馬鹿みたいだと激しく落ち込むも、普段の天然さから予想の範疇だとなんとか気を取り直し、油断すればディランの勘違いに話を持っていこうとする弱い自分を叱咤して言い聞かせると、ディランに恋愛的意味で好きであること。ディランと出来ることなら今より親密な関係になりたいのだと度々つっかえながらも懸命に伝えれば漸く気持ちが伝わったのか、ディランは頬をほんのり赤く染め、口をパクパクと何度も開閉したかと思えば一言、 「し、暫く時間欲しいんだけどいいかな?」 と聞いてきた。本人曰く全くもって予想だにしなかった突然の告白に驚いてしまったらしい。自分の気持ちを整理する為にも考える時間をくれないかというお願いに頷いたのが一週間程前である。 あれからというものディランから返事を一切貰っていない。というより、告白したのが嘘かのような普段通りのディランにもしかして遠回しのお断りなのかと考えてしまう程だ。ディランの性格からして、断るにせよきちんと伝えてきそうなものなのだが、如何せんノーリアクションな様子にもしやと思ってしまうのだ。全く、一人意識している自分がなんとも愚かである。自分と違い普段と何ら変わりない態度のディランを些か恨めしく思ってしまうのは仕方ないと思いたい。…いや、違う。というか、わかってはいる。ディランを恨めしく思うなんてお門違いもいいとこだ、と。気になって仕方ないのならば、こんなに気になるならば聞けばいいのだと。一週間程前の告白の返事をディランに直接聞けばいいだけの話なのだ。直接が無理でも電話やメールでだって幾らでも方法はある。それなのに、それを怖がってしないのは自分自身の弱さからだ。恨めしく思う思うべきは己自身であるのだ。 「わかっては、いるんだけどな」 自分のあまりの情けなさに本日何度目から知らぬ溜息を吐く。 知りたくてたまらないのに、聞くことの出来ない自分。こういうとき、ディランならきっと直接聞きにくるだろうに、どうしてこうも自分は度胸がないのだろうか。こうしてうじうじと心では決まり切った悩みを考える自身に呆れるしかない。行動に移せばこんな悩みも、知りたいという焦躁もなくなるというのに。 わかっていて出来ないというジレンマに苛立ちながらのろりと顔を上げた。と、そこへタイミング良く同じチームメイトであり、溜息を指摘した人物であるカズヤが呆れたと言わんばかりの口調で「マーク」と自分の名前を呼んだ。 「…いつまでそうしてるんだか」 カズヤは独り言のように呟くと前の机に腰掛ける。それに対し行儀悪いと指摘すれば「はいはい」と気のない返事を返すだけで机から降りる気はないようだ。そんな態度に眉を寄せるも正す気分にもなれず。かといって目の前に人がいる手間、再び机に突っ伏すのもどうかと思い、肘を突いて頬を凭れさせた。相手がいるのにあまり行儀のいい態度とは言えないが、この際だと気にするのは止めた。というか、どうでもいいというのが本音だが。 カズヤは普段と違いだらしない様子に少し驚いたようだが(何せ普段はきちんと相手の目をみたり、姿勢をそれなりに正したりする為。)、軽く肩をすくませるだけであった。 「あのさ、そんなに気になって仕方がないなら本人に直接聞けばいいじゃない」 「聞けたらとっくの昔に聞いてる」 「…まあ、ヘタレだもんね、マークは。でもいつまでたっても埒が明かないよ?恋に臆病なのはわからなくもないけど、臆病過ぎってどうなのさ」 何だか不名誉なことを言われた気がしないでもないが、カズヤの言わんとすることに何も言えなくなる。わかってる。わかってはいるのだ。ぐだくだ悩んだって仕方がないと。勇気を出せば解決することだと。でもそれが出来ないからこうして無駄に悩んでいるのだ。勇気を持てないくせに、それでも答えが知りたくて気持ちばかりがせいてしまっている。ああ、どうして断られたら。拒否されたらなんて考えてしまうのだろう。たとえ断られたって、拒否されたって自分の気持ちは変わらないというのに。 ほんの少しでもいい。自分に度胸が。勇気が持てたなら。そんなことを一人考えていると、カズヤが「しょうがないなぁ」と胸ポケットから折り畳まれた紙切れを取り出した。 「勇気の出るおまじない」 そう言って差し出された紙切れを内心首を捻りながら開くと、そこには見慣れた字で一行『ミーも!』とだけ書いてあった。走り書きなのか些か汚い字ではあるが、それでも見間違うことなどない特徴のある字に、気付けば勢い良く立ち上がっていた。あまりの勢いの良さに椅子がひっくり返ってしまったが、そんなこと気に留めていられない。だって、これは、 「マーク、ディランなら木の下にいるってさ!」 カズヤは器用にも片目だけを瞑ってみせると早く向かうよう急かす。どうして話してもいないディランとのことをと思わないでもないが、一刻も早くディランに会いたいという気持ちが勝り、急いで教室を後にした。 焦ったぼくがばかみたい (心は既に決まっていたのにね!) ----- Little-letter.さまへ提出させて頂きました。 素敵な企画を有難うございます。 |