04 フィンクスの寝床と約束
▽▽▽
「私の念能力は、触れたものの記憶を読み取るものなの」

 凹んでいるフィンクスの横で意味もわからずオロオロしている私に、パクノダは私の手をそっと撫でてそう教えてくれた。

「じゃ、じゃあ、私の記憶は……」

「そうね。あなたは記憶を失っているから、私の能力では何も読み取ることができなかったわ。フィンクスにかけられているあなたの念についても、同じよ」

「そうですか……」

 パクノダが首を横に降ると同時にフィンクスが肩を落としたので何事かと思ったが、そういうことだったのか。
 私はムッとしてフィンクスを見た。フィンクスは私に記憶が残っている、つまり私が嘘をついていることに期待していたというわけだ。

「私のこと、嘘つきだと思ってたんだ」

「は? あのな、俺の命に関わる問題なんだからそうやすやすと信じられるわけないだろ……お前じゃあるまいし」

「……」

 それはその通りだ。でも、ということは、フィンクスは私のことを信用していないし、パクノダのことは信頼しているということだ。もちろん当たり前だ、パクノダはフィンクスの仲間で、私はそうじゃない。フィンクスにとっては、ほんの数日前に突然現れた正体不明で迷惑な女でしかない。

「……おい、面倒臭えな」

「ちょっとフィンクス、あんた冷たいわよ」

「知るかよ。こんな小娘一人に命握られる立場にお前もなってみろよ、少しは俺の気持ちが分かるだろ」

「御免だし分かりたくもないけどね、なら尚更守ってやらなきゃいけないでしょ。今のところ、この子の念があんたにどう影響するか完全に把握出来てるわけではないんでしょう? 除念師を探すか、それとも本気でこの子自身に念を外させる気なら鍛えなきゃいけないじゃない。どちらにしろ拗ねてる暇なんかないわよ」

「……んなこたぁわかってるよ!」

「そう? ならいいんだけど」

 パクノダは私の頭をぽんぽんと軽く撫でると、立ち上がった。

「私はしばらくホームにいるから、困ったら助けてあげてもいいわよ」

「……」

「それじゃあね、ハルカ」

 パクノダが笑顔で手を振ってくれたが、私は泣くのに忙しくて顔を上げて頷くので精一杯だった。
 しばらく、私はソファで蹲って、声を殺して泣いた。フィンクスが何も声をかけてこなかったので止め時もわからなくて泣き続けたが、落ち着いた頃に隣を見てみると、目が合った。

「満足したか」

「……」

「オーケーわかった、お前が泣き足りないとして、俺も寝足りない」

 別に泣き足りない訳ではなかったが、上手く声が出せなくて黙っていたら、フィンクスがそう続けた。

「ここは俺の家じゃないって言ったよな。家……っつーか寝床はな、ここのすぐそばだ。続きはそこでにしろ」

 おら行くぞ、とフィンクスが立ち上がったので私はソファのスプリングが軋むのに少し身を任せて揺れてから、大きく伸びをして深呼吸をし、降りた。
 フィンクスの後をついて歩きながら、私は強くならなければいけないんだ、と固く心に誓った。





▽▽▽
 確かに、フィンクスの家は溜まり場のすぐそばだった。フィンクスが家でなく寝床と言った意味はすぐに分かった。家と言うには、あまりにも殺風景というか、物がなかったからだ。片付いているというわけではないので、散らかった感じではある。廃墟のイメージが近いだろうか。退廃的な家だなと思った。
 長いこと帰っていなかったのか、机には埃が溜まっていた。

「流石に埃臭いな。はたいてくるか」

 フィンクスは奥の窓際に置いてあるベッドへ近づくと、シーツとマットを軽々と掴んで、外へ出て行った。私も、床へ落ちた枕を拾い上げて、後に続く。
 家の階段の下で豪快にマットをはたいているフィンクスの姿が見えて、段々と気分が戻ってきた。
 降りるのも面倒臭かったので、私は扉の前で強めに枕をはたいた。たくさんの白い埃が宙を待って、風に乗って運ばれていく。もう外は暗かったが、街灯のような灯りがほとんどない分、月明かりに照らされて綺麗だった。

「テキトーでいいぞ。つーかどけ。邪魔だ」

「はいはい……ねえ、いつ振りに帰ってきたの? なんか、大分……カビ臭い感じだけど」

「さあな……3、4ヶ月くらいか? 覚えてねーよいちいち」

「そっか。これ、洗ったりしないの」

 枕とシーツとを指差すと、フィンクスは少し考えるようにして、たまに、と言った。絶対にたまにって頻度ではないなと思ったので、明日朝起きたら洗わせてもらおうと決めた。
 フィンクスが軽く整えたベッドにダイブすると、また埃が舞った。

「あ〜まじで疲れた、お守りは神経使うな……」

「……お疲れ様です」

「よし、ルール決めるぞ」

 フィンクスはベッドに腰掛ける私の顔の前に拳を突き出すと、人差し指を立てた。

「ひとつ、俺に断りなく俺から離れないこと、ただし家の中はその限りでない。ふたつ、俺に逆らわないこと」

「異議あり」

「お前、俺に守られてるって自覚ねえならぶっ殺すぞ」

「……ある。わかった、守られなくても大丈夫なくらい強くなるまでは守る」

「ほう、修行でもする気か」

「するよ。フィンクスから離れたいもん」

「願ったりだな。みっつ、俺とお前のことは他言無用。いいか、お前は言わば、俺の最大の弱点だ。パクノダ以外誰にも知られないようにしろ」

「わ、わかった」

「よし、最後」

 フィンクスの小指が立つ。

「俺とお前は恋人同士だ」

「………………は?」

 即座に、フィンクスの眉間にシワが寄った。馬鹿と言いたげな顔だ。ある意味分かりやすい。

「今言っただろーが、誰にも俺とお前の関係は漏らすなって。てことはだ、こうやってずっとくっついててもおかしくない理由を他に探さなきゃならないわけだが、つまり、」

「こ、恋人同士」

「そうだ。忘れるな」

 以上だ、とフィンクスは仰向けに寝転がると、大の字に手足を広げた。ベッドのサイズは大柄なフィンクスがそうしても十分なくらいに大きかったが、私はなんとなく憚られて部屋に視線を泳がせた。
 ソファもないし、他に寝られる場所は床くらいなものだった。明日、私用の寝られるマットか何かを探した方がいいかもしれない。

「おい、何してる」

「いや……何処で寝ようかと」

「隣に決まってんだろ」

 フィンクスがベッドを叩くと、また軽く埃が舞った。

「え……だって狭いよ? 狭いし、狭いし……狭いじゃん」

「狭い以外の理由は」

「……う、っと」

 言葉に詰まって背中を縮こませると、バーカ、という言葉が私の丸まった背に投げかけられた。

「俺に逆らうなっつったろ」





▽▽▽
 なんとなく寝苦しくて目を覚ますと、フィンクスの足が私の身体の上に乗っていた。あまりに重くて苦労したが、なんとか身体を引っ張り出す。
 外はもう明るくて、聞こえてくる音は朝の雰囲気だ。

「……寒いと思ったらシーツ……」

 すでに役に立っていない足元に丸まるシーツを持って、私はベッドから抜け出そうとした。使ってないなら、洗って干してしまいたい。

「何処行く」

 ぐっすり眠っているように見えたが、そうではなかったようだ。勢いよく腰に腕を回されて、ぐえ、と間抜けな声が出た。

「い、痛いってば……」

「鍛えろ」

「うん……シーツ、カビ臭いから洗いたくて」

「……いいけどな、洗剤とかねーぞ」

「え、洗濯機はあるの?」

 手洗いするつもりだったので、意外で驚いた。まさか洗濯機が使えるなんて思わなかった。
 フィンクスは私を解放すると、寝返りを打ちながら、部屋の隅を指差した。壁で仕切られたところに、確かに水場がある。

「電気は止まることもあるけど通ってるし、水は引いたからな。使える」

「へ〜! あっ! じゃあお風呂とかは!?」

「水で良ければシャワーがある」

「み、水か……」

 ないよりはマシだ、と気を取り直して、私はシーツを抱えて水場へ向かった。フィンクスは早くも再びイビキをかきはじめた。
 洗濯機は想像よりずっと綺麗で、水で流せばそれなりに使えそうだった。洗剤がなくても、水で洗って干すだけで今よりは気持ちよく使えるだろう。シーツを簡単に折り畳んで、洗濯機に放り込む。水は消毒の匂いがキツめだったが、飲むわけではないので許容範囲内だ。
 大きめの音を立てて洗濯機が回り始めた。ついでに手と顔を洗ってから、拭くものがないことに気がついた。

「フィンクスー」

「……」

「タオルとかないの?」

「あると思うのか」

「……だよね」

 私は諦めて、あまり綺麗とは言い難い自分の服で顔を拭った。
 サッパリしたところで、やることがなくなった。洗濯機が止まるまではまだ大分掛かるだろうし、フィンクスは寝ているし。
 とりあえず家の中を探検してみると、水場の外に洗濯物を干すバルコニーを見つけた。中々眺めが良くて、全部ではないが広場も見えた。

「ん……?」

 広場に数人の人影がある。そういえばフィンクスは、子どもたちの遊び場にもなっていると言っていた。ボール遊びでもしているのだろうか、丸い影が跳ねているのが見える。
 水場の外のバルコニーは、直接玄関外の階段へ繋がっていた。
 暇を持て余していた私は好奇心に負けて、フィンクスとのルールなどすっぽり忘れ、早足に階段を駆け下りた。


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