06 楽しい仲間参観日その1
▽▽▽
「ねえクロロ、聞いた?」

 通話を切る間際、シャルナークが自分を名前で呼び、可笑しくて堪らないという声で言うものだから、クロロは興味をそそられて電話を耳にあてなおした。

「フィンクスがホームに女を連れ込んでるらしいよ」

「女?」

「彼女だとか何とか」

「本当なのか」

「さあ。誰に限った話じゃないけど、珍しいこともあったもんだよね。もしかして何か厄介ごとに巻き込まれたかな。どうする?」

「別に……好きにすればいいと思うが」

 耳元でシャルナークが笑った。

「そうじゃなくてさ。もし何か厄介ごとに巻き込まれているなら、助けてあげた方がいいかと思って。だから俺はホームに一度戻るけど、クロロはどうする? って意味」

「任せた」

「クロロ、興味なさそうだもんね。了解。何かあったら連絡するよ」

「ああ、頼む」

 クロロは通話の切れた携帯を机に放って、シャルナークから届いた資料に再び目を戻した。

「……女か」

そういう話に興味がないというわけではなかったけれど、自分には持ちえない感情を持つことに対しての興味、という意味なのだから、やはりそれは人に言わせれば興味がないということになってしまうのだろう。
理屈っぽく考えながら、資料の文字を追っていく。内容はすらすらと頭に入ってくるが、先ほどのことが隅に引っかかって気持ちが悪い。少し新鮮な感覚だ。
クロロは資料も携帯の上に放ると、大きく伸びをした。





▽▽▽
 マチ曰く、フィンクスは彼女なんて作る柄じゃないらしい。団員全員そうでしょう、人殺しの盗賊集団なんだから、と私が内心ボロクソに思っていると、それを察したのか「あんたって見た目通り子どもっぽいんだね」と言われてしまった。遊びで彼女を作る団員はいるそうだ。ちなみに、マチもパクノダも遊びで彼氏を作ったことはないらしい。そこに男遊びが含まれるのかどうかは知らないが。

「何が一番おかしいって、ここに連れてきてるっていうこの状況だよ。遊びか本気かはともかく、ここに誰かが入団希望者以外の部外者を連れてきたのは今回が初だ。しかも、あのフィンクスに恋人だって? へそで茶が沸くよ」

「でも、フィンクスだって気が向いて彼女くらい作るかもしれないし」

「まあ、間抜けなやつなら一日くらい騙せるんじゃないの?」

「い、一日じゃ困る」

「あたしに関係ないね」

 私の腹筋の重しになりながら、マチはベッドの上で寝そべって雑誌を捲る男を睨んだ。

「あんたやる気あるのかい」

「あるって。だから聞いてんだろうが」

 そう言って、フィンクスはまた雑誌を捲る。私の足を掴むマチの手に痛みを感じる程の力がこめられたことに、フィンクスは気が付いているはずだ。 

「そもそも、一日しか騙せないってのは、あたしらがどうこうとかじゃなく、あんたらの方に問題があるんだよ。その調子じゃ団員どころかそこらのガキの一人だって騙せるはずないね」

「え……でも、ウィルたちは信じてくれたよ」

「それはあの子たちがあんたとフィンクスが一緒にいるところを見ていないからさ。いいかい、あんたたち、一ミリも恋人同士になんか見えないんだよ」

 正面からはっきりと念押しをされてしまうと、自分でも薄々感じていたことなだけに耳が痛いし頭も痛い。客観的に見て恋人同士に見えないというのは、秘密を守っていく上で大問題だ。
 フィンクスは相変わらずの知らんぷりだし、マチはそんなフィンクスの態度もあって怖い顔が直らなくなっているし、私はどうしたらいいのかわからないしで、もうダメだ、死ぬんだ、という気分になってくる。そもそも私に恋愛経験が乏しいということも原因の一つだろう。それがまさか命に関わる事態になるとは、昔の私は露ほども思わなかったはずだ。

「お取込み中のところ悪いけど」

 泣きべそをかく私とぐうたら亭主のようなフィンクスと角の生えたマチを見まわして、パクノダはあらあらまあまあとにっこり微笑んだ。

「一応伝えておいた方がいいかと思って。明日、シャルナークがホームに帰ってくるそうよ」





▽▽▽
「はじめまして」

 数日経っても来ないシャルナークに痺れを切らし、私たちの恋人ごっこは早々に終わりを告げていた。はじめは何とか恋人感を出そうとしてやたらとひっついていたが、季節も季節で暑苦しいし、肝心の騙す相手が来ないしで、3日目には倦怠期の恋人かというくらいに私たちの空気は冷え切っていた。元々熱い空気だったわけではないので、仲が悪くなったとか、そういうことではないのだけれど、散歩(と称した特訓)に時々熱が入りすぎていたのは、多分ストレス発散だろうなと思う。いつ来るのか分からない相手を待つのは結構きつい。その矢先だった。
 4日目の朝、いつものように特訓で汚れた服を洗濯してベランダに干していると、急に強い風が吹いて洗濯物が空に舞った。風に乗って舞い上がった洗濯物には私の身長では手が届きそうになくて、仕方ない、と諦めかけていた私の目の前から、突然横から伸びてきた手が洗濯物を掠め取った。見ると、優男然とした金髪の男が、にこりと微笑んでいる。

「これ、危なかったね」

「あ、ありがとうございます……あの、あなたは……」

 一見無害にしか見えなかったが、ここはフィンクスの家のベランダで、今まで一度だって他人がいるのを見たことがなかった。嫌な予感がして、ちら、と家に続く入り口を見て早くフィンクスが気が付いてくれることを祈った。

「警戒しなくていいよ、俺、フィンクスの仲間だから。安心でしょ?」

「も、もしかしてシャルナークさんですか」

「アタリ! シャルナークでいいよ、ハルカ」

「……よろしくお願いします」

「うん、よろしく」

 やっぱり、やっぱりそうだった、と思ってもう一度入り口を見ても、フィンクスが出てくる様子はない。あの馬鹿、こんな時に。
 とにかく、話すのはいつでもできるし、命に関わる情報なだけにあまり大勢には知られたくない、というフィンクスの意見はもっともで、尊重されることになった。幻影旅団のブレ―ンであるらしいシャルナークに隠し通すのは活動上無理が生じるかもしれないという話だったが、そこはパクノダとマチが出来る限りフォローしてくれるという。なんだかんだで優しい。
つまり、今私がすべきことはひとつだ。
 私は努めて笑顔を作ると、受け取った洗濯物を手早く干した。

「フィンクス、呼んできますね」

「しーっ」

「え?」

 シャルナークは口に指をあてて、楽しそうにした。

「少し君と話したいんだ」

 ベランダの端は、そこが屋根ではなくベランダであると主張するように、一段高くなっていた。そこへ腰かけて、私にも隣に座るようシャルナークは促した。
 風の強い日で、だから私たちの声がフィンクスに聞こえないのかもしれない。それか、寝ているか。いずれにせよ、大きな声を出せば気が付くだろうが、フィンクスの仲間相手にそんなことをするのは心証が悪いし、私と話したいと言っているのに失礼だ。なんとかうまいこと起こす方法はないかと考えたが、私の頭では思い浮かばなかった。

「フィンクスがホームに女を連れてきてるって、仲間内で噂になってさ。気になって見に来たら、俺の想像してたのと全然違って驚いたよ。俺、フィンクスの趣味、悪いなと思ってたから。ケバケバしたのばっかり好きで」

「……私、子どもっぽいですよね」

「あれ、今、褒めたんだけどなあ」

 隣で、こっちを見ながらシャルナークが笑う。別に好みの顔というわけでは全然ないけれど、いかつい顔の男ばかり見ているせいか、非常に心臓に悪い。

「あ、ありがとうございます」

「そんなに素直に照れてくれると、俺も言ってて気持ちがいいよ。でも、否定しないってことはやっぱりハルカはフィンクスの……その、恋人なんだ?」

 言うなり、耐えきれないといった様子でシャルナークは噴き出した。二の句がつげずに、腹を抱えて苦しそうだ。

「……なんで笑ってるんですか?」

「いや、ごめん、言ってて面白くなってきちゃって。だって、わかるだろ。フィンクスって、本当に、恋人なんて柄じゃないんだ」

 言い訳しながらも、シャルナークは肩を震わせている。こうなってくると私よりもむしろフィンクスの方が精神的ダメージが大きそうだな、と少し哀れに思った。もし私がフィンクスの立場だったら、そんな風に周りに思われているとしたら、恥ずかしくて演技どころじゃないだろう。
 シャルナークは落ち着いたのか、ふー、と長く息を吐き、ごめん、と私にもう一度謝った。

「話の腰を折っちゃった。ええと、それで、恋人なんだよね?」

「そうです」

「すごく気になるんだけど、馴れ初めとか聞いてもいい?」

「ええと……あの、やっぱり、フィンクスを起こしてきます」

「聞いたらまずかったかな」

「そういうわけじゃ……」

「なら、いいでしょ。教えてよハルカ」

「それは、フィンクスに……ちょ、っと、離してください!」

「しーっ、大声出さないでよ、フィンクスが起きちゃうじゃない」

「なっ……!? いいから、離して!!」

「そう、残念」

 結構な力でつかまれていた腕がいきなり解放されたので、私は勢い余って数歩よろけた。どん、と柔らかい壁にぶつかって、なんとか転倒を免れる。見上げてみれば、眠そうで不機嫌そうで、何でこいつらは俺が寝ているときばかりにくるんだと言いたげな顔のフィンクスがいて、ほっとした。多分、私の腕が掴まれたので起きたのだろう。

「……よう、シャル」

「フィンクス、久しぶり。別に変なことはしてないよ」

「聞いてないだろ」

「怒るかと思って」

「はあ? 怒るわけ」

 ぎゅう、と私は自分の腕を思い切り抓った。寝起きか知らないが恋人設定を忘れてもらっては困る。
 幸いフィンクスは直ぐに飲み込んだようで、私に反撃してくることもなく、ほんの小さく舌打ちしただけだった。

「……時と場合による」

「なにそれ」

「なんでもねーよ……それより、何か用があってきたんじゃねーのか。まさか冷やかしに来ただけとか言わないよな」

 シャルナークはけろりとした顔で、「割とそのつもりだったんだけどね」と笑った。そして、とんでもないことを言い出した。

「実は、三日前から、二人の事を観察してたんだけど」

「はあ!?」

「ハルカはともかく、フィンクスってば全然気が付かないんだから笑っちゃうよなあ。ホームだからって、気が抜け過ぎなんじゃないの? まあ、それは置いといて。どうも引っかかるんだよね。俺に何か隠し事してない?」 

 悪びれもせずそう言って首を傾げるシャルナークに、フィンクスはこっそり見られていたという事が相当こたえたようで、今にも殴り掛かりそうな勢いで食って掛かった。

「当然してるに決まってんだろ! 俺とお前が何でもかんでも話す間柄だったとは初耳だな!」

「あっはは、根に持つな〜。見られて困ることでもあるの?」

「困ることは無くても嫌なことはあんだよ!」

「へえ、そっか。大丈夫、夜は暗くて見えないから」

 フィンクスはシャルナークに口の上手さでは勝てそうにないな、と私はそのやり取りを見ながらそっと肩を落とした。
 私が右手を遠慮がちに挙げるのを見て、シャルナークは喚くフィンクスを制して、「どうぞ」と私を促した。

「あの、パクノダに聞いてもらえば、私が何も企んでないってことはわかる、と思います」

 シャルナークは目をぱちくりさせた。

「どうしたの、急に敬語に戻って。さっき怒った時みたいでいいのに」

「……だって、ずっと見張ってたのは、私のことを信用できないからですよね? それは、仕方ないと思います。でも、それなら私が言うよりも、パクノダに聞いた方が確実だと思うから……」 

「いや……誤解させたかな、そういうわけじゃないんだけど。半分は趣味みたいなもので……ん、いや、ちょっと弄ってやろうと思っただけなのに、話が深刻化してるね? 俺はただ、もう飽きたし仕事に戻ろうと思ったから、挨拶しに来ただけだよ」

「は? ちょっと待て。ていうことはお前、本当に冷やかしに来ただけか」

「いや、だから、それが7割くらい。後の3割は、フィンクスが慣れないことしてるからちょっと心配になっただけ。杞憂だったみたいだけど」

 フィンクスは無い眉をひそめて、いつになく真剣っぽい顔をした。

「……団長か?」

「ううん、クロロは好きにすればいいって言ってたよ」

「……そうか」

 私はどうやら何事も無くこの事態が収束しそうなことに安堵し、そして、クロロって誰だろう、とまたひとつ新たに知った名前を胸の内で反芻した。


▽▽▽
 軽やかな着信音が鳴って、意識が引き戻される。眠気のせいか普段より幾分かゆっくりとした動作で、クロロは携帯を取り出した。

「……シャルか」

「あ、団長! ごめん、寝てた? 仕事の首尾はどう?」

「まあまあだな。特に問題はない」

「そう。良かった。ところで、フィンクスの件だけど」

 フィンクスの件? 何だったかな、と頭の引き出しをチェックして、コンマ数秒で思い出した。確か女がどうとか言っていた。

「何かあったか」

「う〜ん、ないと言えばないかな。なんか、拍子抜けするくらいすっごい普通の女の子でさ。一応念が使えるみたいなんだけど、覚えたてみたい。ああ、あと、彼女の線はナシ。でも、二人して真剣にフリをするもんだからさ、俺、おかしくて笑っちゃいそうだったよ」

 電話の向こうでシャルナークは思い出し笑いでもしているのか、声が震えている。

「どうせ、笑ったんだろう。パクは?」

「聞いたよ。特に問題はないってさ。でも、あの二人、確実に何か隠してる。聞いても教えてくれないから、追求はしなかったけど。パクもグルかな?」

「そうだな……グルだったとして、蜘蛛にとって問題がないという判断だろう。大丈夫そうだな」

「まあ、そうだね。だからもう引き上げたよ。流石に飽きたしね」

「結構長い間調べてたな」

「それなりに楽しかったから。じゃあ、また連絡するよ、団長」

「ああ。ところで、その女の名前は?」

「ん? 何か調べるの?」

シャルナークは至極意外そうにして、クロロってば結構何でもかんでも俺に頼むのに、と軽い嫌味のように言った。

「いや、単に気になっただけだ」

「へえ、珍しい。ハルカだって。名前まで普通だよね。俺、忘れちゃいそうだなあ」


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