ワタシ様なキミ


「だから言っただろ」

だって、俺はキミに――――



「おーい、メガネ!」
廊下を歩いていた俺は、足を止めた。後ろから、バタバタと上履き独特の足音を立てたキミがやってきていることに気が付いたから。それから数秒後。キミは僕の肩を叩いた。息を切らしながら。
「ちょっ、メガネの分際で足早すぎるんだよ!遅くなれ!」
「え、いや。俺歩いてたし。遅くなれとか無――」
「何カナ?」
「…すみません。ゆっくり歩くように心がけます。」
「んっ、よろしい!」
これが、俺とキミの関係。
腰に手を当てて胸を張ったキミ。俺様ならぬ“ワタシ様”で、自分勝手で自己中心的。

そんなキミをなんで俺は―――

「やっほー、メガネ!」
ああ、来た。今の場面、面白かったんだけど。仕方ないな。読みかけの本に栞を挟んで椅子から立ち上がった。
「メガネー!開けるんだー!」
普段はかけられない外側からの負荷にガラス窓が悲鳴を上げている。外から聞こえるキミの声。はっきり言って近所迷惑だ。
でも、俺は違うところが気になる。
おいおい、そんなに叩いたらガラスは割れるんだって言ったじゃないか。何回も。
「今開けるから。ちょっと待ってよ。」
「はーやーくー!」
そう急かさないでくれ。
“ワタシ”様なキミに少しだけ急かされながら、少しだけそんなキミに慣れながら。俺はカーテンをゆっくりとあけた。
「お、やっときたか。メガネ、早く開けてよ。」
結露のせいでキミの顔が良く見えないけど、ニヤリと笑ったのが口調から分かった。
そんなキミに、俺は鍵を開けたガラス窓を開けた。
「おー!ふぅ、寒かった。もうちょっと早く開けてよ。寒かったんだから。」
やっぱり“ワタシ”様なキミに、謝れば、「ジュース。」と右手を俺の目の前にズイッと突き出してくる。
寒かったなら、そこは暖かいものだろ。
あえて冷たい飲み物を要求するキミは、今も昔も、変わらず心配をかけることが苦手だ。
俺は何も言わずに部屋を出た。


お盆に二つのグラスを乗せて部屋のドアを開けた俺を待っていたのは、
「おー、メガネ。遅かったじゃん。」
「…なんで、俺のベッドの上にいるの?」
「べっつにいいじゃーん。怒んないでよー。」
いや、怒っているわけじゃない。キミが何でそこにいるのかを聞いたんだ。
「いや、そうじゃな――」
「あー!その本!私読みたかったんだよねー!それ、読み終わったら貸してよ。いい?約束ね。てか命令。」
口を開こうとした俺の言葉を遮るように、机の上にある先程まで読んでいた本を指さして大声を出したキミ。俺がうなずいたのを見て、ベッドから立ち上がると素早く俺の手にあるお盆の上のオレンジジュースをつかんで一気に飲み干した。決まっていつも、黄色のコップを取るキミ。黄色が好きだって、知ってるからいつもこれを選んでしまう。無意識に。
返ってきた空のコップを見て思わず苦笑い。相変わらず、キミの特技は一気飲みみたいだ。
「やっぱりメガネの家に来るとオレンジジュースがあるよね。」
そういって笑ったキミの自然な笑顔に、トクンと胸が鳴る。

ああ。そうか。そんなキミの笑顔に俺は…恋に落ちたんだ。


キミが出て行った部屋で、俺は一人立ち尽くす。
今になって心臓が暴れ出すなんて。男らしくない。俺、男なのに。
そういえば、キミは昔。運動が苦手だった俺が、男らしくないことで悩んでいた時。散々馬鹿にしたくせに、最後の最後に一番うれしいことを言ってくれたんだ。


『僕は、何で運動ができないんだろう…』
昔からずっと場所は変わらなかったこの部屋で、数年前の俺がベッドの上で丸まってそう呟いている。
この頃、俺はずっとそのことで悩んでいて。今となってしまえば中学のころから人並みにできるくらいの筋力が発達したのもあってどうってことないことだったけれど、当時の俺は本気で悩んでいた。“人と違う”ということに。
『ねえ、いい加減にご飯食べたらどう?』
ドアの向こうで母さんが言っているけれど、無視し続けていた。
そんな俺にしびれを切らしたのか、母さんがキミに相談したらしい。後から聞いたところ“あの子を、助けてほしい。このままでは本当に死んでしまうから。”なんてキミに頼んでいたらしく、その時は顔から火が出る程恥ずかしかった。
幼馴染に、そんなこと言わなくたっていいじゃないか。と。

―――真夜中だった。
急に悲鳴を上げ始めたガラス窓に俺は小さく悲鳴を上げて、恐る恐るカーテンから外を覗いた。
『ちょっと、メガネ!寝てないでしょ。開けてよ。せっかく来てあげたんだから、寝てるとか許さないから。』
“ワタシ”様なキミが来たのは。
驚いて目を見開く僕にキミはニヤリと笑う。当時からキミのニヤリは変わらない。
『開けて。つか、開けろ。来てあげたんだ。開けなきゃ許さない。』
『や、だよ…』
『はっ?何言ってんの。馬鹿なの?メガネ。あんた何ほざいてんの?さっさと開けろよ。締めるぞ。』
小学生のころからキミは口調が素晴らしく悪かった。今は少し改善したかもしれない。理由は…俺には分からない。だって、キミは自分のことを俺に何も言わないから。
暫く渋っていた俺だけど、“締める”と言ったキミに負けて恐る恐る鍵を開けた。
部屋に入ってきたキミは、挨拶どころか入ってきた窓を閉めることなく俺に詰め寄った。そうして開口一番に
『なーにウダウダ迷ってんだよ。メガネのくせに。』
『――イッ!』
そういって、俺の頭に拳骨を振り落したんだ。あの時の拳骨の痛さは、多分鉄パイプで頭殴られるよりも痛かったと思う。胸が。
その後、キミは運動ができないという俺に、『うんそうだね。メガネが運動できないとか当たり前じゃん。』とグサグサと毒を吐いてから。涙を目にいっぱいためた泣き虫だった俺に最後の最後、言ったんだ。
『それでも、メガネはメガネだよ。』
と。
『他の誰でもない。他に誰も変わることができない。メガネはメガネ。もしメガネ以外の人がメガネになってたとしても、私にはわかるし。メガネがメガネじゃないとか気持ち悪いから勘弁。』
不器用なキミが、泣き虫な僕にくれた不器用なりの優しさ。
たしか、キミが二階の窓から入ってくるようになったのもあの日からだった気がするよ。部屋の目の前にある大きな柿の木をよじ登ってきているって言って笑ってたキミに顔が青くなったのを良く覚えているよ。今は、母さんが梯子を用意したって言っていたけれど。



「よっ、メガネ。おはよ!」
今日もまたキミが、廊下を歩いていた俺を呼び止めた。
「おはよ。」
「んーーっ。今日、雨降るんだってね。メガネ、傘持ってきた?」
私持ってくるの忘れたわー、というキミに俺はうなずいた。
今日、天気予報士の人が言っていたから。一応折り畳み傘は持ってきたよ。
「じゃあ入れてよね。」
キミはそういって上履きで俺の前をかけていく。
待ってよ。返事をしてないじゃないか。
「うん。」
小さく返事をした俺。届かないと思っていたそれにキミは振り返って
「よろしく。」
自然な笑顔を浮かべた。


もう、ほんとそういうのやめてほしいよ。
俺だって男だよ?
いくらキミが、気が付いたら自分の部屋のベッドの上で寝ていることに慣れたって。
真夜中になると決まってガラスが悲鳴を上げるほどの勢いでやってくることに慣れたって。

“ワタシ”様なキミは俺なんて眼中にないかもしれないけど、俺、諦めませんから。やっぱり、覚悟しててよ。

「だから言っただろ。」

だって、俺はキミに恋しているのだから。

fin.

   

  
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