7/31 雲がひとつもないが日差しがほんの少し強いある日のこと。 良い天気だというのに、ロンドンのある郊外の住宅街で少年は公園のベンチにため息をつきながら腰をおろした。小柄で細身、緑色の瞳、丸いめがね、くるっくるな黒髪の癖っ毛をもつ少年の名前はハリーポッター。魔法界でこの名を知らない者がいないくらいに有名な人物だ。 額には稲妻のような傷跡があり、これは魔法界の暗黒時代を打ち破った証でもある。史上最強の闇の魔法使いであったヴォルデモート卿、暗黒時代をつくった張本人がまだ赤ん坊だったハリーに呪いをかけたが―そこで何がおきたかわからないが―呪いを打ち砕き、ヴォルデモート卿を倒したのだ。稲妻形はそのときにできた傷跡らしい。 そんなハリーが家から逃げるように抜け出し公園にきたのには理由がある。ヴォルデモートが自分に襲い掛かる前に両親を殺してしまい、住まうべき場所がないので、引き取られた先が母親の姉のところだった。それがハリーの中で”最悪”という言葉以外見つからず、またその事意外で最悪と思ったことがないくらい最悪な人生を送ることになっている原因でもある。 おばさんとおじさんはマグル―非魔法族―で勿論その息子―同い年だが体格で比べると年上に見えるくらいご立派な―ダドリーもマグル。非科学的な魔法など信じない存在などしない「魔法」なんぞ知らない、と言い切り、魔法族であるハリーを恥さらしだと毛嫌いし、近所の人たちに魔法使いがいるんだとばれない様に―自分たちは至って普通な家族だ―と見せるようにしている。 今朝だって客人(おじさんにとって人生最大の商談相手らしい)の接待について、来るのはまだ先だというのにおじさんたちはイメージトレーニングをし始めて、僕のする行動は”自分の部屋で音をたてず、じっとしている”ことだ。 部屋にはペットであり、手紙の配達をしてくれる白梟のヘドウィグがいる。夏休みの間おじさんが南京錠をわざわざかけて閉じ込めているせいで、自由に飛び回れないヘドウィグがじっとなどしていられるものか。少しでも夜だけでもいいから放してあげられたらいいのに…。 「ハッピー・バースデー、ハリー…」 それに今日は7月31日。自分の誕生日だ―期待はしていないが今年も嬉しくない誕生日になりそうだ―。不思議と、ホグワーツ魔法学校でできたとても仲がいい友達から誕生日カードが来ていない…。夏休みだからこんな自分の誕生日なんて忘れられているに……、 「ハッピー・バースデー・トゥーユー、ハリー」 「!、ミリア!!」 自分の声以外で誰かが祝ってくれた! 誰かなんてわかって、顔をあげて声がきこえた方へむくと少女―ミリア―が笑ってまた祝ってくれた。ハッピーバースデー、ハリーと。 そしてミリアは腕を守るような皮製の長い手袋をつけた左手を前につきだし、ばさばさとその腕目掛けて綺麗にとまったイヌワシのラルフをつれてベンチにやってきた。 「おはようハリー。朝早いわね」 「君こそ。これから仕事なの?」 「少し散歩してからしようと思ってたところよ」 ミリアは僕と同い年なのにもう仕事をしている。本人がいうにはこの仕事に年齢は関係ないっていうけど。 仕事っていうのはタカジョウ―非常に聞きなれない―名前で、おじさんやおばさんに聞いてみても知らないと口を揃える。彼女は最近この街にやってきて、この住宅街に多くいる鴉を追い払う事を任されたとか。 腕にとまっているラルフをとばして鴉を襲わせ、二度とこないように軽いトラウマを植えつけて追い払う。そんな仕事だと話してくれたような、そうじゃないような…(自分でも実はよくわかっていなかったりする)。さっきから僕を凝視しているラルフがちょっぴり怖いのは心のうちに留めておく。まさか、襲わない、よね? 「ところでハリー、今日は貴方の誕生日なの? 私前もって知っていたら…」 「言ってくれただけでとても嬉しいよ! ありがとうミリア」 「そう? ハリーがそう言ってくれるなら私も嬉しいわ」 すると突然激しく羽をばたつかせたラルフを見てミリアが空を見上げた(驚いて肩を揺らした僕にミリアは気づかなかった。良かった)。そこにはちょっとした群れになって飛び交っている獲物のがいる。ラルフはもうやる気満々のようだ。 ああ、僕のヘドウィグも外に出してあげられたらいいのに。鍵はバーノンおじさんが持っているし、未成年の魔法使いは魔法を使うのを許されていないから開ける魔法も使えないー。 「今日も一緒に回る? なにやら元気のない私の友達をこのままほっとけないし」 「え、あ。ありがとう!」 差し出された右手をかりて立ち上がったとき、ミリアの顔が一瞬何かに耐えるように歪んだが見間違いだと思う程にほんの一瞬だった。僕そんなに強く握ってしまっただろうか? その時、誰も、ベンチの向こう側の生垣に2つの緑色の目が光っていたなど知る由もなかった。 |